人はどうして本を読むのでしょう?縦横無尽に時空を駆け巡る物語、生きるヒント、刺激を求めて…?アメリカで活躍する皆さんに忘れられない一冊を紹介していただきました。人生を変えられる読書、始めてみましょ。(2014年1月)
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小説
『1973 年のピンボール』 村上春樹
村上春樹2作目の長編小説。双子の女の子と共同生活を始める僕と、友 人鼠の物語。同小説の英訳は、講談社が日本を中心に販売しているのみ。
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Sakura-Con チェアマン
クリストファー・M・B・ラウクさん
ケント学区の高校教師。中学時代より、日本人の友人の影響で、日本のアニメ、漫画、ゲームにのめり込む。02年よりSakura-Conを主宰するANCEAに参加。
勤務している高校には大阪の高校との交換留学制度があり、 私の家に先生方が泊まることもあれば、私が生徒を引率して 大阪へ行くこともあります。昨年の夏、大阪で私のホストだっ た先生が、 毎朝学校で読む本として、この本の英語版を渡し てくれたのです。とてもわかりやすく訳されており、各キャラ クターの行動は奇妙ながらも、すんなりと共感することがで きました。また、とても内省的な内容なので、いくつかのシチュ エーションに自分自身を重ねました。2週間の滞在中に、読み 終わることができなかったのですが、幸い、ギフトとして頂き、 シアトルへ帰る飛行機で読み終わりました。この本は、昨年の 夏の大阪のシンボルのような本です。
『にぎやかな天地』 宮本 輝
書籍『日本の優れた発酵食品』の編集者が、ぬか漬、かつお節、しょうゆ などを取材し、発酵の神秘のとりこになる様と、周囲の人間関係を描く。
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ともしび文庫をみんなで続けようプロジェクト代表
末吉陽子さん
大阪府出身。 関西テレビ放送でスポーツ中継や取材を担当し、98年に夫の仕事の都合により渡米。趣味はスポーツ観戦、子どもに関わ ること、読書。
05年、主人の日本土産で読みました。「待つことで生まれるも の」「時間だけが作り出せるもの」について再認識し、目に見え ない微生物を慈しんできた日本食文化が日本人気質を育ん だのだと思いました。また、発酵食品とともにこの本の横糸を 織り成している『日本の優れた発酵食品』という豪華装丁本 についての描写もそれらを一度でいいから手にしてみたいと 思わせるもので印象的でした。いつか子どもたちにも読んで 欲しいと思うとともに、日々忙しく過ごしている全ての人にす すめます。食べ物も人の心も、時間にしか生み出せないもの があることを伝えてくれる一冊です。
『モモ』 ミヒャエル・エンデ
「時間貯蓄銀行」と称する灰色の男たちが人々の時間を盗み、心の余裕 も奪ってしまう。不思議な力を持つモモが、人々の時間を取り戻す。
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ジャングルシティ創設者
大野拓未さん
Junglecity.com創 業者。オーストラリアでの高校留学後、90年に シアトルへ。シアトル大学・大学院で経済学を専攻し、自転車業界を経て、98年に起業。
小学校3年生の時に初めて読んで以来、懐かしくなると読み 返しています。幼い頃はただ純粋にモモの冒険にわくわくし ましたが、大人になってからは、忙しさに追われて生きる喜び を忘れてしまった現代人への注意喚起、または作者が意図し ていたような現代の経済システムへの疑問提示といった、い ろいろな読み方でも楽しめる1冊となりました。70年代に書 かれたものであるにも関わらず、古臭さを感じさせないのは、 やはりこの物語が大切なことを訴えかけているからでしょう。 数十年にわたる人生で何度も楽しめる物語はそう多くないも の。息子が小学生になったら、一緒に読みたいと思います。
『天翔る』 (あまかける)村山由佳
北海道とカリフォルニアを舞台に、心に傷を負った少女が過酷な乗馬耐久競技に挑戦する。さまざまな出会いを通して、命の輝きを描く。
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ジュエリーデザイナー
中村奈美子さん
青森県生まれ。東京で服飾レースのパターンデザイナーを経て、01年に渡米。ジュエリーブランドNamiko Abloomを立ち上げ、シアトルを中心に活動中。
辛い時、励まされた一冊。昨年出版された本なのですが、もう2度ほど読み返しました。繊細で無垢な馬という動物を通じて、生き物全てに訪れる生と死。そして、今日を無事に暮らせることの奇跡や挑むことへの大切さを改めて感じる場面がいくつもあります。読んだ後、作品の世界観に背中を大きく押されたような、もう少し自分も前進出来るんじゃないかというような不思議な勇気をもらえる本です。作中には、まるで宝石のようにキラリと光る格言のような台詞が散りばめられていて、読むたびに、新たな発見があります。新たな自分や環境に挑戦している方にすすめたいです。
『ジャン・クリストフ』 ロマン・ロラン著/豊島与志雄訳
天才音楽家の生涯を通し、19世紀後半から20世紀初頭の欧州社会を描く。ロランは、本書を書いた後、ノーベル・文学賞を受賞した。
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エコキャラバン隊長
小杉礼一郎さん
88年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介するエコ・キャラバンを主宰している。本誌で『ノースウエスト自然探訪』を連載中。
私が本書を読んだのは、日本が高度成長期だった高3の秋。将来の可能性も時間もほぼ無限と思っていた。本書はベートーベンがモデルとされる天才芸術家の波乱万丈な心の旅路を描いている。主人公ジャンは近代欧州でのお金、名声、成功、という虚飾な価値観のほぼ真逆を貫いて生きる。これはむしろ現代への問いかけだ!それは「魂の根源」、「心の自由」を私に気づかせてくれた。その後、大学時代、商社時代、渡米後など人生の節目ごとにこの本を開き、その都度深く読め、読むたび心の糧となってきた。米北西部のネイチャーガイドという未開地を行く私に「新しい日に心の底からわく力を信じよ」「悩め、苦しめ、それでも前へ進め」といつも励ましてくれている。
歴史小説・詩
『宮本武蔵』 吉川英治
剣術家宮本武蔵が、武者修行の中で多くの武芸者と出会い、成長していくさまが描かれる。吉川英治の人気を不動のものにした一冊。
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Songs of Hope 創設者 ・ソプラノ歌手
田形ふみさん
東京芸大卒業後、ワシントン大学留学のため98年に渡米。東日本震災後、音楽グループSongs of Hopeを立ち上げ、支援コンサートを続ける。
ただの暴れん坊だった武蔵(たけぞう)から後に『五輪の書』をしたためる武蔵(むさし)への成長は、多くの戦いと出会いを経験し、悩みや痛み、苦しみを伴う一瞬一瞬の選択によるものだった。道を究める厳しさと迷い、しかし周囲になんと言われようとも「他に道なし」と突き進む強さ。私は特別「歴女」ではなかったのだが、新しい世界に身一つで飛び込み、道を切り拓こうとする若者像に大きく共鳴した。ティーン真っ只中にあった私に、この本は生きる姿勢を教えてくれた。またこの作品を通して体験した日本人が生来もつ美意識は、日本人である自分が西洋音楽を演奏する際に、独自の表現として根底に流れている気がする。
『新撰組血風録』 司馬遼太郎
各話ごとに主役が異なる連作短編集で、司馬遼太郎を代表する小説のひとつ。数ある新撰組が題材の小説の中でも、定番、傑作と名高い。
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ワシントン大学日本人学生会会長
成田健太郎さん
アトランタ出身、フロリダ州マイアミ育ち。現在はカークランド在住。ワシントン大学4年生、化学専攻。趣味はスポーツ、音楽鑑賞。
中学、高校時代に幕末の歴史を学んだことで、新撰組に強い関心を持つようになり、この本を手に取りました。最も印象に残っているのは、隊員同士の絆、思いやり、信頼です。私は現在、ワシントン大学日本人学生会会長を務めていますが、時には困難に直面することもあります。そんな時にこの本を読み返すことで、自分自身を見つめ直し、どのようにして集団をまとめるのか、会員からの信頼を得るためにどんな行動ができるのかを考えるようにしています。
『小倉百人一首』 小町谷照彦
藤原定家が京都・小倉山の山荘で選んだとされる小倉百人一首。和歌を専門とする国文学者がひとつひとつの短歌をわかりやすく解説する。
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ギタリスト
黒沢豪さん
大学進学を機に渡米し、西海岸を中心に活動中。”Guitar Player”や”JazzTimes”などさまざまな音楽雑誌で、高い評価を受けている。公式サイト(www.sharpthree.com)。
百人一首は日本語の美を、素晴らしくまとめた氷山の一角のごとくではないかと思います。教育的であり、またゲーム(またはスポーツ)としても、ものすごく楽しめます。本書は学校と家族のすすめで手にしました。百人一首に7つの字「むすめふさほせ」で始まる句は、それぞれ1句ずつしかありません。高校時代に行われた全国大会の予選で、この7句の取り札はほとんど僕がはじいていたかと思います。結果的に全国大会出場権を手に入れましたが、実際には出場しませんでした。大会の日程が、高校時代最大の音楽イベントと重なったため、僕は音楽イベントを優先したのです。人生でやりたいこと全てはできない。当たり前のことです。
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