特集「アメリカで活躍する日本人イノベーターたち」より
■ 今も昔もイノベーション大国であり続けるアメリカ。西海岸では今日も新しい技術や企業が次々と生まれています。そんな中で今回は「空飛ぶクルマ」「自動運転」「スタートアップ支援やAI 農業」「企業マッチング」に携わる日本人をご紹介します。(※このページは、ライトハウス・2025年3月号特集記事に掲載の、「企業マッチング」に携わるワシントン州商務省日本代表、Japan Seattle AI Innovation Meetup主催者 江藤哲郎さんへのインタビューを元に、作成しています。情報は同号の発行時点のもの)
シアトルでは、現在、AmazonやMicrosoftの成功に続けとテクノロジー関係のスタートアップ企業が続々と誕生しています。そんなシアトルのスタートアップと日本企業をつなぐのが江藤哲郎さんです。シアトルの現状や今後のテック産業について伺いました。
![]() Photo by Naonori Kohira ▲ 江藤哲郎 |
”AI、量子、そして核融合発電へシアトルのスタートアップを日本につなぐ ”
ー 江藤さんが始めたジャパン・シアトルAIミートアップとはどんなイベントですか?
2016年に第1回ジャパン・シアトルAIミートアップ(以下AIミートアップ)を開催しました。簡単に言えば企業と企業のお見合いです。私の仕事の一つは日本企業をこの場に呼び込むこと。日本企業にとってはシアトルのスタートアップのCEOやキーパーソンに直接会って生の情報に触れられることがメリットです。シアトル側の参加者は共催している州政府や弁護士事務所、私が設立に関わったベンチャーファンドの推薦企業から選定しています。
シアトルのスタートアップはベイエリアと違い、B2B、つまり企業向けの技術、産業や商業を対象としたイノベーションの開発を手がける企業が多くあります。Microsoft、Amazon、Starbucks、Costcoなどシアトルから日本に出て大成功した企業も多く、アメリカである程度成功できたら次は日本に行きたいと考える企業や、現在の政治的に中国に自分たちの技術を開示するより日本の方が安心という経営者マインドもあります。また、私が呼び込む日本企業の多くは、すでに日本国内のみならずアジアや海外に販路を持っていることが多いので、シアトルのスタートアップにとって非常に魅力的です。さらにワシントン州では州規模としては珍しく、貿易や技術供与を促進する覚書(通称MOU/条約に準ずるもの)を日本国と交わしている上、具体的な商談や拠点開設の支援はJETROが無償で行なっているので、安心感があります。私は、このミートアップを開催して日本企業とアメリカのスタートアップをつなぎ、うまくいきそうな日米の企業同士の初回の会合まで関わります。
ー どのような経緯で始めたのでしょうか?
日本ではだんだんイノベーションが行き詰まっていく一方、シアトルは最新のイノベーションの中でもB2Bが強いので、日本企業とつないではどうか、マッチメイク度が高いのではと思ったのです。例えばMicrosoftはOSを作り、日本のNEC、富士通、東芝などが導入してWindowsが日本や世界に浸透したわけで、シアトルの起業家たちはそういう動きを見聞きしています。私はMicrosoftで働いた後、電通に転職してIT関連の仕事をし、4000億円の買収というビッグプロジェクトが終わったことを機に退職。退職金を資金に2015年に起業しました。起業間もない頃、Microsoftの退職者ネットワークの紹介でワシントン州商務省の方と知り合い、インズリー州知事(当時)の日本出張に同行させていただく機会を得たのです。初回のAIミートアップは自分で資金を出して5社が参加したのですが、その後、知事や関係者との間で話が進み、現在、AIミートアップは州政府との共催になっています。JETROや在シアトル日本国総領事館も共催者です。現在、私はワシントン州商務省日本代表という肩書きで、商務省のイノベーション部門に携わりながらAIミートアップを開催しています。パンデミック中もオンラインで続け、先日、24回目を開催しました。
ー AIミートアップを始めて8年ほどになりますが、これまで、どのような成果がありましたか。
AIミートアップを機にシアトルから東京、横浜、神戸に支社を作った会社が10社、日本の大手企業に販売代理店になってもらうことで日本に進出した会社が7社あります。他に現在進行中の話や、提携を公表していないプロジェクトも多々あります。
ー 江藤さんが、このように頑張る原動力はなんですか?
私は20代でMicrosoftの日本法人立ち上げに携わりました。シアトルのMicrosoft本社に初めて出社したのが1984年。社屋は1986年にベルビューからレドモンドに移転し、たった2棟のビルだけでした。Microsoftとシアトルにお世話になったことへの感謝、自分が日本人であることから、日本企業とアメリカ、シアトルをつなげたい思いは当時からありました。
また、私は子どもを授かったのが遅く、子どものために社会貢献をしながら長く続けられる仕事をしたかったこともあります。次世代という意味では、留学生たちへのさまざまな機会の提供もあります。AIミートアップは多くの日本人留学生のサポートで行われています。シアトルはイノベーションにおいてシリコンバレーに次いで、第2集団の先頭ランナーです。シアトルの良い時代に留学した経験を、将来、アメリカや日本で生かしてほしいと願っています。
ー 10年後、スタートアップ業界、そしてシアトルはどうなっていると思いますか?
今現在、ChatGPTのOpenAIはMicrosoftから巨額の投資を受け、また、Amazonも生成AIの開発を進めていることから、シアトルはAIの首都だと言えます。そして次は量子(Quantum)の首都になる可能性があります。シアトルにある量子コンピューター企業のIonQは、すでに量子コンピューターの量産と出荷を始めました。ワシントン大学は優秀な研究者がたくさん集まってますし、MicrosoftもAmazonも事業として本気で取り組んでいるので、近い将来、彼らのメインコンピューターは量子コンピューターになります。
さらにその後、シアトルは核融合発電(Fusion Power)の首都になると思います。原子力発電で問題なのは核廃棄物とその処理ですが、核融合発電では高レベル放射性廃棄物は出ません。なぜ、シアトルで核融合発電かというと、AIがものすごい電気を消費するからです。我々が日々、ChatGPTを使うだけで小国の電気消費量と同じくらい電気を使ってしまいます。(生成AIでは欠かせない)NVIDIAの半導体は大量に電気を消費して熱くなってしまうんです。量子コンピューターはさらに電気を使います。そこを解決するため、安全かつ効率のいいイノベーションが研究開発されています。電力消費が飛躍的に少ない次世代半導体の研究を、今、日本の東北大学とワシントン大学が共同で始めています。また、アメリカで核融合発電を開発する企業は4社あり、そのうち3社はシアトルにあり、サム・アルトマンやビル・ゲイツが出資する会社もあります。これらが育つと、その周辺企業もたくさん出てくるでしょう。こうしたことから、シアトルではAIの次は量子コンピューター、そして核融合発電の時代がくると考えています。

2024年に行われた「WA State Cleantech Mission to Japan」。ワシントン州のクリーンテックのスタートアップ企業が日本を視察し、日本企業との面談を行いました。右端が江藤さん。
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*情報は2025年3月時点のものです