2004年06月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎
学校は夏休み。日差しも日増しに強くなり、暑い昼下がりにはかき氷が恋しくなる。
夏の涼を求めてエコ・キャラバン隊が行くこのノースウエストは、実は世界で最も人々の身近に氷河があるエリアでもある。
今回は地球のかき氷、氷河を満喫しようというお話。
▲チュガッチ山脈(Chugach Mt, AK)のクロウ峠からレーブン氷河の源頭部を望む
氷河はどこにある? 氷河ってどんなもの?
まずは簡単なクイズから。次の氷河の説明で正しいものはどれでしょう?
- 氷河は北に行くほど多くなる
- 氷河は白い
- 氷河から流れ出る水は澄んでいる
- 氷河の氷は何万年も前にできたもの
【答えと解説】1. 誤り:氷河は60~70度の高緯度地方に多いが、極地圏に近づくにつれて少なくなるから。世界地図でギザギザの海岸線(フィヨルド)を探してみよう。スカンジナビア半島、グリーンランド、米西海岸の北部、チリの南端などですぐに見つかるだろう。このギザギザは氷河がある、あるいは氷河があった証だ。 アルプスやヒマラヤにも氷河はある。深く積もった雪が毎年溶けずに自重で圧迫され、硬い氷となって集まり、河のようにゆっくりと流れ下るのが氷河である。それには大量の降雪量が必要で、その条件は冬でも凍らない海が近くにあることと、雪雲を遮る高い山(脈)があること。地図をいま一度見直すとわかっていただけるだろう。
2. 誤り:氷河の美しい写真や映像は多く(このページの写真も。自画自賛?)、確かに氷河の源頭は白い。しかし、莫大な氷の圧力が両岸の山を削り崩して下流へ運ぶので、氷河の表面の大部分は岩屑(モレーン)に覆われて黒くなっているのだ。内部の氷は白い半透明で、光が入ることによって実際は青く見える。
3. 誤り:上記と同じ理由で、氷河から流れ出る水は氷河が削り出す岩の細かい粒子を大量に含み、いつもココア状に濁っている。
4. 誤り:氷河も川の水と同じで、ゆっくりとだが循環している。氷河の氷は毎年の積雪が層を成したもの。だから表層にあるのは今年の氷だし、下層は何十年、何百年、何千年前の積雪が氷になったものだ。それも絶え間なく下流へ流れ、消失していく。
▲デナリ国立公園(AK)の上空から見た氷河。真ん中に黒く見える筋がモレーン帯
▲マタヌスカ氷河(AK)を歩く。アンカレッジから日帰りのハイキング・コースだ
▲キーナイ・フィヨルド国立公園(AK)のイグジット氷河の舌端にて。セルフガイデッド・トレイルで行ける数少ない氷河
▲シアトルから最も手軽に見に行ける氷河、ニスカリー氷河とレ二ア山(WA)。パラダイスからニスカリー・ビスタト・レイルを約1時間歩くだけで、この氷河の全貌を眺めることができる
氷河を楽しむ方法(アプローチ)はいろいろある。ただし、このコラムでこれまで紹介した山や森を歩くトレイルとは、少し趣を異にする。氷河の上は滑りやすく、クレバス(氷河の表面にできた割れ目)があり、不安定に岩も載っている。安全に氷河ウォークを楽しむには、山歩きの足回り、装備、経験と技術が必要になる。北西部の氷河について国立公園(以下NP)を軸におおまかな紹介をしたい。
前号で紹介したグレイシャーNPには、グリンネル氷河を訪れるトレイルがある。ワシントン州の3カ所のNP(オリンピック、ノースカスケード、マウント・レ二ア)にはそれぞれ数十の氷河がある。オレゴン州にはマウント・フッドの山頂から全方位に氷河が延びている。以上はいずれも山岳氷河で、氷河のすぐ近くまで(一部は氷河の上も)歩けるトレイルがある。
ブリティッシュ・コロンビアのカナディアン・ロッキーにあるコロンビア氷原は日本でも有名な観光スポットで、ハイウェイから雪上バスに乗って氷河体験を楽しむことができる。
そして北西部の奥座敷アラスカには、世界で最も多くの氷河があり、スケールもケタ違いに大きい。その多くは山麓から海に流れ込んでいる。アラスカでの氷河へのアプローチは大きく3つ。車や自分の足を使って陸から。船やカヤックを使って海、もしくは湖から。そして飛行機やヘリコプターを使って空から、氷河を眺める方法である。陸・海・空から見る氷河はそれぞれに異なるが、群盲象を撫でている(対象が大き過ぎて一部分しか見えない)感がなくもない。アラスカの氷河はそれほど広大なのだ。
アラスカのグレイシャー・ベイNPは世界遺産にも登録されており、またランゲル・セント・エライアスNPのマラスピナ氷河は世界最大で、幅は80kmもある。アラスカ半島の南岸にあるキーナイ・フィヨルドNPは、ラッコやトドなどの海の生き物が多数生息するフィヨルドと氷河が織りなす美しい公園だ。また、プリンス・ウィリアムズ湾へと注ぐコロンビア氷河を始めとするチュガッチ山群の氷河群はアンカレッジに近く、クルーズ船やハイキングで訪れる人も多い。一方、内陸にあるマタヌスカ氷河へは、車と徒歩でのアプローチが可能だ。四国ほどの大きさを誇るデナリNPは、マッキンリー山麓の氷河群がまことに美しい。
氷河からのメッセージ
氷河ができる、または過去に氷河があった場所には「氷河地形」と呼ばれる独特の地形がカタチ造られる。「モレーン」、「U字谷」、擦り鉢状の「カール」、岩の塊が氷河で削られた「ホーン」(アルプスのマッターホーン、ヨセミテNPのハーフ・ドーム、グレイシャーNPのレイノルズ・マウンテンなど)、「氷河湖」(クレセント・レイク、レイク・シュラン、レイク・マクドナルドなど)。そして、U字谷に海面が入ってできた「フィヨルド」などの大地形。これらのダイナミックな彫刻を目にした時、氷河の持つ莫大なエネルギーを感じる。同時に、この半世紀で多くの氷河がどんどん後退・消失しているという事実もよく理解できるだろう。
氷河の周りには極小の氷河地形もある。氷河の置き土産である湖沼や巨岩、「迷子石」、「砂礫錘」、「擦痕」、「テーブル・ストーン」、「ペニテント・スノー」……。紙面の都合があるので、それらの説明は割愛させていただくが、名前を聞いただけで好奇心が頭をもたげてこないだろうか? 日頃、見たこともない景色を前にして、「これは何なんだ!?」と思いを巡らす楽しみもあるのだから。
Information
■アメリカ国立公園局
国立公園局(NPS)の公式サイトで、ここから各国立公園のサイトへ入る。ビジターセンター、氷河へのガイデッド・ツアー、氷河クルーズ、トレイルのルート、キャンプ場などの情報はここで確認を。以下は氷河への主なアプローチ。
ウェブサイト:www.nps.gov
●グレイシャー国立公園(MT) Glacier National Park
グリンネル氷河(Grinnell Glacier)のハイク
●マウント・レ二ア国立公園(WA) Mount Rainier National Park
ニスカリー・ビスタ・トレイル(Nisqually Vista Trail)
●オリンピック国立公園(WA) Olympic National Park
ホー・リバー・トレイル(Hoh River Trail)を経て、ブルー氷河(Blue Glacier)へ。往復37マイル
●グレイシャー・ベイ国立公園(AK) Glacier Bay National Park
クルーズ、遊覧飛行
●ランゲル・セント・エライアス国立公園(AK) Wrangell – St Elias NP
トレイル、遊覧飛行
●キーナイ・フィヨルド国立公園(AK) Kenai Fjords National Park
イグジット氷河トレイル(Exit Glacier Trail)、クルーズ
●デナリ国立公園(AK) Denali National Park
トレイル、遊覧飛行
■マタヌスカ氷河(AK) Matanuska Glacier
氷河上を散策でき、アンカレッジから日帰りでも可能。
ウェブサイト:www.matanuskaglacier.com
■アメリカ&パシフィック・ツアーズ(AK) American Pacific Tours
アラスカで氷河クルーズ・ツアーを催行している日系の旅行会社。
ウェブサイト:www.aptoursalaska.com
■アラスカ州観光協会
ウェブサイトには氷河観光、ハイキング、遊覧飛行、クルーズについての情報が満載。日本語のページもある。
ウェブサイト:www.travelalaska.com
Reiichiro Kosugi 1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。 ウェブサイト:http://c2c-1.rocketbeach.com/ ̄photocaravan |
コメントを書く