2004年07月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎
「私達って、宝の山の中に住んでるみたいなものですよ。みんなあんまり知らないみたいだけど」
とのたまう隊長。え? また氷河の話かと思いきや
「いえ。今回は自然というより、どちらかというと人間サイドの話です。ノースウエストの自然の素晴らしさが
その通りに私達に伝わっているのかな? ことに日本への情報発信には、そこに何かバイアスのようなものが
あるんじゃなかろうかと。それを『世界遺産』をキーワードにして考えてみようというテーマです」
う~ん、何やらディープな話のようですね、世界遺産って。
▲オレゴン州のペインテッド・ヒルズ。これを創り上げた自然の不思議
「世界遺産」とは?
1972年のユネスコ総会で採択された「世界遺産条約」に基づいて、「世界遺産リスト」に登録された自然や文化のこと。つまり
世界 = 民族、国境を超えて、人類のすべてが、遺産 = 子孫へ残す自然と文化財
ユネスコが主導している自然景観と文化財の保全と維持のためのシステムだ。
この制度は認定制で、当該国からの申請があって審査が始まる。申請に求められるレポートは成立、環境、生態、経済、歴史など多岐にわたり、その対象が人類にとって将来に残す価値がある個所から順に世界遺産リストに登録される。とはいえ、登録されても国連から予算は付かず、逆に道1本、建物ひとつに至って事細かい規制がある。地元(国)にはそのガイドラインに沿って保全義務が課せられる、そういう制度である。
「きれいな景色」だけでは理由にならず、例えば日本からは富士山が申請されたが登録には及ばなかった。理由は「(登山道が)汚いから」と言われているが、おそらく世界レベルでの保全の意義が問われたのだろう。
▲オレゴン州のクレーター・レイク。宇宙の青色をいつまでも残すためには世界遺産に加えるべきなのか否か
▲ユタ州のブライス・キャニオン。人知を遥かに超えている自然の造形の妙は、訪れる万人を魅了する
▲飛行機から眺めたワシントン州のセント・ヘレンズ
ノースウエストと全米の世界遺産
ノースウエストからは、全米計22カ所の世界遺産の1/3にあたる、次の8カ所が登録されている。このコラムで取り上げた所もいくつか含まれている。
ノースウエストにある世界遺産 | ||
地名 | 州 | 登録年 |
イエローストーンNP | WY | 1978年 |
ランゲル‐セント・エライアスNP | AK | 1979年 |
レッドウッドNP | CA | 1980年 |
オリンピックNP | WA | 1981年 |
ヨセミテNP | CA | 1984年 |
グレイシャー・ベイNP | AK | 1992年 |
グレイシャーNP | MT | 1995年 |
ノースウエスト以外のアメリカの主な世界遺産 | ||
メサベルデNP(文化遺産) | CO | 1978年 |
グランド・キャニオンNP | AZ | 1979年 |
エバーグレイズNP | FL | 1979年 |
自由の女神像(文化遺産) | NY | 1984年 |
ハワイ火山NP | HI | 1987年 |
カールスバッドNP | NM | 1995年 |
※NP=National Park(国立公園 |
日米の温度差
アメリカ人に「World Heritage(世界遺産)を知っている?」と聞いても知らない人が多い。説明してもあまり興味を示さない。一方、日本で世界遺産と言えば “国連のお墨付き” “錦の御旗” “世界的に有名な(観光)地” というイメージだ。
ヨセミテやグランド・キャニオンへ日帰り(それも2、3時間)で訪れる観光客はもっぱら日本人と中国人である。世界遺産への登録に突出して熱心なのもやはりこの2国。アメリカとはかなり差がある。この差は官(国立公園局)民(国民)共にあり、日米における「国連」の評価の差にそっくり当てはまる。
デナリのレンジャーとの会話
「これだけのものがあってどうして世界遺産に申請しないのか?」
昨夏、アラスカのデナリNPのレンジャーに尋ねたことがある。彼は何度も両手を広げ、こう言った。
「山ほどのペーパーワーク! そして外(ユネスコ)からのいろいろな口出し。登録して何のメリットがある? 保守が義務付けられて、小屋ひとつ自分達の思うように建てられなくなる。何より、有名になるとやたらオリエンタルの観光客がバスを連ねてツアーにやって来て、環境が余計に悪くなるじゃないか。我々だけでこれまでパーフェクトにマネージしているだろう」
……返す言葉に詰まってしまった。
実際、夏休みの時期になると、世界的に有名なグランド・キャニオンNPやヨセミテNPは“過密観光地”になっている。また、宿泊施設も限られているので来訪者はオーバー・フロー。連邦政府が、それでもなお世界中から多くの人に訪れて欲しいと望んでいるとはちょっと思えない。
しかし、アメリカが環境保護に感心がないわけではない。こと国立公園の自然環境、歴史遺産を大切にするアメリカの姿勢は、世界水準以上。要するに地球温暖化対策と同じで、他国から干渉を受けたくないのだ。
アメリカの“隠し世界遺産”
デナリしかり、“隠し世界遺産”と呼ばれるに値する原生景観がアメリカにはいくつもある。たとえばノースウエストでは……
デス・バレー(CA) クレーター・レイク(OR)
セント・へレンズ(WA) ペインテッド・ヒルズ(OR)
オレゴン・デューン(OR) ニューベリー噴火口(OR)
ノース・カスケード(WA) ヘルズ・キャニオン(OR)
また、アラスカではデナリ、カトマイ、キーナイ・フィヨルドの各国立公園、べーリンジア陸橋。その他の地域では、ブライス・キャニオン(UT)、アーチーズ(UT)、キャニオンランズ(UT)、ダイナソー国定公園(UT・WY・CO)、ゲティスバーグ国定戦跡(PA)、グレート・ソルト・レイク砂漠(UT)などがある。どれも世界遺産級、中には超世界遺産級でありながら申請しない絶妙な自然景観もある。
隊長の独白
子供達を見てみよう。彼らには有名であることも世界的な権威も意味がない。新しい発見の驚きとワァーという歓声は直結している。例えば、荘重な宗教建築物に足を踏み入れた時のように、その場に立ったらおのずと敬虔な気持ちになる── 世界遺産クラスの自然の景観にはそんな風格が漂っている。
隊長は改めて思った。ユネスコのお墨付きとか、有名無名とかに意味はない。(日本では)知られていなくとも「隠れ世界遺産」がノースウエストにはこんなにある。そう、私達は宝の山にいるのだ。
■世界遺産(日本語) www.unesco.or.jp
日本ユネスコ協会連盟の公式サイト。世界遺産の定義、世界遺産の紹介、よくある質問集などがある。
■アメリカ国立公園局 www.nps.gov
アメリカ国立公園局の公式サイトで、ここから各国立公園のサイトへ入る。トレイル・ルートやキャンプ場など、国立公園を楽しむための情報が満載。
Reiichiro Kosugi 1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。 ウェブサイト:http://c2c-1.rocketbeach.com/ ̄photocaravan |
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