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天然の展望台・ヤキナ・ヘッド特別自然地区

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2009年02月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

大陸のとげが太平洋に刺さったようなこの岬に立つと、頭上の空はひときわ大きく
眼下の海は丸く見える。アザラシや海鵜の繁殖地である離れ岩を見ていると 
全く「Outstandingな自然の地」という名前の通りだと思う。

アウトスタンディングな岬

この岬の正式名称はヤキナ・ヘッド・アウトスタンディング・ナチュラル・エリア(Yaquina Head Outstanding Natural Area)と言う(以下ヤキナ・ヘッド)。ポートランドから南西方向に車で約4時間、太平洋岸の港町ニューポート。その北の街外れに位置する。“Outstanding”の訳は、辞書には「突出した、離れた、飛び抜けた、目立つ、未解決な、手の付けられていない……」と書いてある。実際そのどれもが当てはまりそうな自然景観だ。この自然を守り、公園として管理しているのが連邦土地管理局(Bureau of Land Management =BLM)である。

地球の姿を、ゆっくり変形していく粘土の塊に模して見てみよう。北米大陸の地殻を成す北米プレートの下へ、西からの地殻である太平洋プレートが沈み込んでいる。その沈み込んだ一帯が、私達の住んでいる北西部の地である。北米プレートが東へ押されてできた「しわ」がコースト山脈だ。さらに深く沈み込んだ両プレートの間に、莫大なゆがみと摩擦エネルギーが起こり、これが熱エネルギーとなりマントル層にマグマ溜まりを作る。数千万年の間、このプレートの運動で地殻変動が絶え間なく起こり、地下のマグマが地上へと上ってきたものが、米北西部の背骨のような現在のカスケード山脈の姿である。

この山脈中の多くの山が噴火して溶岩流を四方に押し出した。そのうちのひとつ、1,400万年前に噴火した火山から、西へ流れた溶岩流が冷えて固まったものがヤキナ・ヘッドの岩である。大きな塊の岩は、太平洋プレートの沈み込みに引き込まれず、打ち寄せる荒波と海流に洗われ侵食されつつも現在まで残った。ヤキナ・ヘッド以外にも、オリンピック半島の北西海岸や、キャノン・ビーチのヘイスタック・ロックなど、ノースウエストの海岸線にはワシントン州からカリフォルニア州に至るまで、このようにして残った岸辺の岩や岬が点在している。

ヤキナ・ヘッドは1980年に国の特別自然地区=Outstanding Natural Areaに指定された。

岩の上に寝そべるアザラシの群れ
▲岩の上に寝そべるアザラシの群れ
ペリカンと海鵜
▲ペリカンと海鵜
アザラシ
▲タイドプールの岩に上がって昼寝をしているうちに潮が引き海に戻れない、人間でもどこかにいそうなアザラシ


太古からのルッカリー(繁殖地)

太平洋に突き出たこの岩の岬は、何万年も続いてきた原始景観そのものであり、そこで繰り返されてきた海鳥や動物の営みを、今日の私達にも見せてくれる。
コロニー・ロック(Colony Rock)は、岬の突端にあるヤキナ・ヘッド灯台の北側の海中にある。多くの種類の数万羽もの海鳥の繁殖地(Rookery)となっており、灯台の真裏にある展望台からは、じっくりそれを観察できる。岬からは海面で隔てられているため、営巣する海鳥は狐や蛇など陸からの天敵から逃がれることができる。……が、敵はそれだけではない。猛禽類のタカ、ハヤブサなどにはいつも狙われている。

この地で繁殖する海鳥は、海鵜、カモメ、海ガラス、ペリカン、ツノメドリ、ツバメなど。春から秋に掛けてが繁殖期である。冬場にはヒバリ、千鳥、クロカモ、シギなども見られる。猛禽類は白頭ワシ、タカ、ハヤブサ、ハゲタカなどである。早朝が彼らの食事タイムで、ルッカリーの卵やひな鳥が狙われる。and・アザラシ岩)と呼ばれる大きな岩礁があり、大体いつもアザラシの群れが寝そべっている。ここは彼らのルッカリーだ。このほかにも岬からは、クジラ、シャチ、トドを見ることもできる。ことにクジラは地球上でいちばん大きな生き物であり、オレゴン・コースト沖を回遊している群れを見るチャンスは多い。体長十数メートルの大きさのコククジラは、メキシコ沖からアラスカ沖を群れで回遊。11~2月には南下し、3~5月に北上する群れを岬から見ることができる。また、オレゴン・コースト一帯には、回遊しない「居つき」のクジラが150頭ほどいる。しかも回遊する群れより、かなり岸に近い所まで近付いてくる。これらは通年で見る機会がある。※1

タイドプール その後

ノースウエスト自然探訪」の連載第1回(2002年7月号)は、このヤキナ・ヘッドにあるタイドプール※2
を紹介した。その結びはこうであった。
《5月に訪れた時は、水が濁っていた……年々砂が入ってきて、次第に水が循環しなくなり……元に戻すには、2~3年掛かるそうだ。》キャラバン #1:「オレゴン・コーストのタイドプール」 www.youmaga.com/odekake/eco/2002_7.php
今はどうなっているのだろう? 2008年の夏に訪れてみると、残念なことに事態はさらに悪くなっていた。タイドプールの中心部分をなす遊歩道が、半分以上砂で埋まっている。7年前は岩礁だったが、今や砂浜の中にちょこっと岩が出ているという風景だ。見た限りでは、湾口を拡げる工事は未だ始まっていない。ヤキナ・ヘッド灯台のRestorationプロジェクトのほうが優先順位が高かったようだ。

タイドプールの復活はこれからだろうか? オレゴン・コーストの南北500キロの海岸線には、25カ所のタイドプールがあるが、車椅子で海までアプローチできる設計の場所は、このヤキナ・ヘッドしかない。車椅子で海の中に入っていけるという、世界でも初めての試みは、多くの人々に夢を届けるプロジェクトであるだけに、早く以前の景観に戻って……と願う。国立公園局などに比べると、いたって「地味~な」連邦土地管理局だけに、この素晴しい試みの灯は絶やさないで欲しいものだ。

もっともここヤキナ・ヘッドには、もう1カ所タイドプールがある。岬の先端の南岸コブル・ビーチ(Cobble Beach)である。岩壁の階段を50メートル昇降しなければならないため、残念ながら車椅子では行けないが、干潮時には広く大きいタイドプールが出現する。

タイドプール
▲砂で大半が埋もれてしまったタイドプール
オレゴン州最古の灯台
▲築140年、オレゴン州最古の灯台だが、補強改修工事を経て現在も現役灯台として使われている


ヤキナ・ヘッド灯台とBLMのこと

日本では明治維新の1868年、灯台塔と周辺の管理棟や宿舎が建った。1873年から現在まで、沖を航行する船のために灯をともし続けている。レンズは、フランスのフレネル・レンズ※3が用いられ、今も現役だ。19世紀の末まで、光源はラード・オイルを燃料に用いた四芯のランタンであった。これだと、明度がいちばん明るいレベルに達するまで点火してから約1時間掛かるので、日没の1時間前に点火された。消火は日の出の時間。そして石油が広く使われだした20世紀に入り、灯油ランプが使われるようになる。ヤキナ・ヘッドに電気が来たのは1933年。最初はわずか500ワットの電球だったが、1939年に1キロ・ワットの電球になった。同時にそれまでの常時点灯が点滅式点灯に変わる。

その後、灯台の運用は無人化され、現在は灯台塔のみ残っている。この塔の高さは地上から28メートルあり、オレゴンの灯台で最も高い。そして岬の上端は、海面から約50メートルの高さにある。つまり灯台の光は海面からおよそ80メートルの高さから放たれているので、約35キロの沖合を通る船までこの灯台光は届く。
灯台内部には104段のらせん階段があり、一般の訪問者は発光部まで上ってレンズとバルブを見ることができる。階段の途中に何カ所かある窓からの海の眺めは素晴らしい。なお、灯台はBLMに属するが、管理と運用は沿岸警備隊(US Coast Guard)が行っている。

BLMは、アメリカで最大の土地管理者でありながら年間の予算は少なく、当然人手不足だ。国民へのPRも至って地味であり、国立公園局やフォレスト・サービスに比べ私達にはなじみが薄いが、この部局だけで全米の国土の約1/8、日本の面積の3倍以上にあたる2億7,000万エーカーの国有地と5億7,000万エーカーの鉱物資源の発掘権を管理する。BLMの発足当初(1946年)は、国有地内での商・産業活動に対する許認可がその業務の主なことであったが、近年は資源と自然の保護、レクリエーション利用、生態系の維持・回復の機能を果たすことを求められるようになってきた。※4

BLMの管理する土地のほとんどは、ロッキー山脈以西のユタ、ワイオミング、ネバダ、アイダホ、オレゴンなどの内陸部に分布している。※5ヤキナ・ヘッドは、自然保護と一般開放という、BLMのごく少ない海洋編のいわば虎の子の表看板を背負っているわけだ。頑張って欲しい。

これまで10回近く隊長はここを訪れたが、どんな天気の時でも、フィールドではいつも親切なレンジャーが熱心に説明をしてくれる。また、この岬で潮風に吹かれ、波の音を聞きながら見る野生と自然は格別なものがある。だから隊長はオレゴン・コーストを通る時、ヤキナ・ヘッドには何度でも立ち寄ってしまう。

※1 クジラを見つけるにはちょっとしたコツがある。詳しくはキャラバン #6:「クジラを見に行こう」を参照のこと。www.youmaga.com/odekake/eco/2002_12.php
※2 引き潮の時に岩場の海岸の窪みにできる潮溜まりのこと。海草の間に棲むウニやイソギンチャクなど、いろいろな海の生物を見ることができる。
※3 通常のレンズを同心円状の領域に分割し、厚みを減らしたレンズ。軽量に造ることができる。
※4 そのための法律「国立景観保護制度」が定められ、国定記念物、国立保護地区、国立原生自然保護区、国立景観道・河川などの区域、ルートが開発から法律で守られるようになった。だが、実際の運用では、開発、利用、自然保護の狭間で苦悩する場面が多い。
※5 ワシントン州内で一般の人にかかわるのはChopaka Lake、Fishtrap Recreation Area、Yakima River Canyonの3カ所の自然公園(下記のウェブサイト参照)。その他はごく少ない面積である。
www.blm.gov/or/districts/spokane/recreation/index.php

Information

■ヤキナ・ヘッド特別自然地区
BLMのオフィシャル・ウェブサイト。開園時間、アクセス、年間のイベント、灯台、動物、鳥、海の生物、ビジター・センターの紹介などを閲覧できる。ビジター・センターには研究部門も併設されており、地域一帯の自然、野生生物、人文、歴史などの研究を進めている。
Yaquina Head Outstanding Natural Area
ウェブサイト:www.blm.gov/or/resources/recreation/yaquina/

■BLM連邦土地管理局
ワシントン州は全州でひとつ、オレゴン州内は8つの地区に分かれている。ウェブサイトでは、北西部にあるBLM所属の公園、キャンプ場の情報が得られる。
Bureau of Land Management
ウェブサイト:www.blm.gov/wo/st/en.html

■米北西部の灯台
あたかも日本の百名山ファンのように、アメリカには趣味のひとつとしての“灯台”ファンがいて、彼らによる“灯台”巡りも盛んだ。以下は、そんな同好の士が作るウェブサイトのひとつ。ワシントン州、オレゴン州の灯台を大変わかりやすく紹介している。
Rudy and Alice’s Lighthouse Page
ウェブサイト:www.rudyalicelighthouse.net/NWLts/

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。