| © 2003『座頭市』製作委員会 |
子母沢寛の随筆集『ふところ手帖』でチラッと書かれている、盲目の居合抜き名手。その人物を主人公に、勝新太郎が脚本の犬塚稔、監督の三隅研次と共にストーリーを膨らませたのが1962年の映画「座頭市物語」だった。「不知火検校」(1960年)での盲目の悪党役で新境地を開いた勝新太郎にとっては、まさにスーパー・スターへの登竜門となった作品。社会派・山本薩夫の「座頭市牢破り」、三船敏郎扮する用心棒と対決する「座頭市と用心棒」、香港の空手スター、ジミー・ウォングと対決し、香港では座頭市が負けるバージョンが公開されて波紋を呼んだ「新座頭市 破れ!唐人剣」などが印象に残っているが、1989年の「座頭市」では撮影中に出演俳優が死亡する事故があり、勝自身も大麻所持や癌などの問題を抱え、その後新作が作られることは二度となかった。 勝新太郎の当たり役だった「座頭市」に手を出す俳優は恐らくいないだろういうのが一般的な意見だった。しかし、コメディアンならば話は別である。芸人・ビートたけしが監督・主演をこなした「座頭市」は、殺陣ではオリジナルを踏襲しながらも(テレビ版の殺陣に近い)、勝の「座頭市」シリーズというよりは黒澤映画からの影響が顕著なように思う。例えば、ラストの長尺のタップ・シーンは、「隠し砦の三悪人」のクライマックス“ヤマナの火祭り”のシーンから明らかに影響を受けている。 座頭市が金髪という一見いい加減な時代考証も、「用心棒」で仲代達矢扮する卯之助がタータン・チェックのマフラーをしていた設定に似ている。完全主義者と言われながらも、時代考証に囚われることなく自由な発想で映画を作る黒澤の姿勢に共感した北野武のオマージュなのだろう。勝新太郎もまた、黒澤明の「用心棒」を意識して「座頭市」を企画したことは明らかだ。北野監督は以前、「勝新太郎を主役にした映画を撮りたい」と勝との対談でも語っている。黒澤を崇拝する勝新太郎、その勝を起用して映画を作りたかった北野武。それらを考えると、今回の「座頭市」が製作される布石は十分でき上がっていたのだ。 「Dolls」で映画ファンを唖然とさせたことも記憶に新しい北野監督だが、「座頭市」は立派に娯楽映画として観られた。「BROTHER」について、本人がエンターテイメントとして撮ったと語っていて正直びっくらこいたが、今回はおもしろかった。傑作ですよ。岸部一徳、柄本明などいい役者を使っていたし、そういう意味でも安心して観ることができる。 最近の北野監督は自分の演出に自信が出てきたのか、ベテラン俳優を起用する作品が増えた。ただ、毎作たけし軍団を中心に配役するコメディー・リリーフ(今回はガダルカナルたか)は、芸人としてもそれほど彼らがおもしろいわけでもないし、まったく無駄でしかないように感じる。この点は「用心棒」の加東大介を見習って欲しかった。 |
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