第8回 「Seabiscuit」 | |||
世界恐慌に苦しむ1938年、新聞各紙が最も大きく紙面を割いたのは、ルーズベルト大統領でも、ヒトラーでも、ムッソリーニでもなかった。暗く沈んだ人々に希望をもたらしたのは、脚の曲がった一頭の小さな競走馬だった。馬の名は、シービスケット。これは、悲劇の名馬と男達の奇跡の物語である。 1910年、自動車修理工から身を起こした西部の自動車王、チャールズ・ハワード(ジェフ・ブリッジス)は、愛息を自動車事故でなくしたことにより、妻との間に修復できない溝が生まれて別離。赤毛の騎手、レッド・ポラード(トビー・マグワイア)は裕福な家に育ったが、大恐慌を境に家族から見捨てられ、その後旗手としても泣かず飛ばずで自暴自棄な時を過ごす。そして賞金稼ぎのためのボクシングの試合では、自分の片目を失明してしまう。謎めいた野生馬馴らしの過去を持つカーボーイ、トム・スミス(クリス・クーパー)は、自動車が世に台頭するに連れ、馬と共にあった自分の世界を失ってしまった。 チャールズがトムを見つけ、そして調教師トムが、荒馬すぎて誰も相手にできないシービスケットと、孤独で気の強いレッドを見つけ、3人と一頭が運命の出会いを遂げる。3人の男達は心に傷を持っているが、それぞれ強く、優しい。さまざまな逆境を乗り越えて3人とシービスケットの深い絆が生まれる。旗手としては体の大きすぎるレッド、競走馬としては小さく、片足が不自由なシービスケット。そんな彼らが大事なレースを目前にして、ある悲劇に巻き込まれる……。 競走馬が疾走するシーンは迫力満点で、美しい。「スパイダーマン2」の出演が決まっていたトビー・マグワイアだが、この映画で背中を痛め、危うく主役を降りるところだったのは有名な話だ。この映画に懸けた彼の意気込み、そして努力が、映画を観るとじんじんと伝わってくる。また、この映画を一緒に観に行った祖母によると、実際に彼女が子供の頃、シービスケットに誰も彼もが夢中だったらしい。今でもシービスケットをよく覚えている、と懐かしそうに教えてくれた。 そのシービスケット(1933-1947)だが、若い頃は競走馬とは思えないほどよく食べよく寝て、案外ぐうたらな馬だったようだ。ただ強さは格別で、通算成績は89戦33勝、2着15回、獲得した優勝賞金も破格、と歴史に残る名馬となった。この映画は,ニューヨーク・タイムズ紙,ワシントン・ポスト紙のノンフィクション部門で6週連続1位のベストセラーとなった『Seabiscuit : An American Legend(シービスケット:アメリカの伝説)』という本と、事実に基づき忠実に描かれているということだ。 真実に基づいているからこそ余計に、この映画に込められているメッセージが私達の心に直接響き、夢と希望を与える。あきらめないこと、投げ出さないこと、自分を信じること……。今がつらくてもよし、明日も頑張るぞ!とパワーをくれる素晴らしい映画であった。 | |||
石渕裕子 群馬県生まれ。2002年までインターネットの会社(川崎)で勤務。結婚を機に渡米し、シアトルへ。小学校勤務を経た後、現在はコンピュータ会社にて勤務中。 |
Seabiscuit
- 12/07/2020
- とれたて!映画レビュー
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