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デスバレー再訪(前編)

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2011年04月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

名の通り「死の谷」「何もないところ」「灼熱地獄」「西半球の最低地点」……
さまざまに紹介されるこの地を再び訪れた隊長。判官ひいきの情を抱き
視点を変え、超絶の谷の尽きぬ魅力を3篇にわたって書く

「なーんもあらへん」

「あんなとこ、見るもん何もあらへん」と言ったのは知人だった。十数年前のデスバレー国定公園時代の話だ。国立公園に昇格したのは1994年。米本土で最大の国立公園となった。が、それで「見るもん」が増えたわけではない。今でも、デスバレーへ行った人からは「暑いだけ。何もない」「ただ広いだけ」という話を聞く。旅行パンフレットに書いてあった“死の谷、草木も生えぬ灼熱、不毛の地”というイメージだけがどんどん膨らんだようだ。しかし、実際何もないわけではない。訪れる人への知名度と情報と選択肢がないのである。デスバレーを訪れる大多数の日本人が、ラスベガスからのツアーで炎天下のこの谷に数時間滞在して帰って行くが、長野県や福島県ほどもあるこの広い谷の面白さや魅力を、数時間の滞在で知ることは難しいだろうと隊長は思う。

この地には、十数億年の地球の歴史が刻まれているし、1万年前からの先住民の生活史、19、20世紀~現在までの開拓と産業の歴史もある。公園内外には数十もの鉱山が分布している(いくつかは現在も生産中)。先に書いたマンザナー史跡まで、20マイルの近さだ。すなわち人口希薄な場所である。カリフォルニア・ネバダ州にまたがる広い公園の周囲を、広大な陸・海・空軍、5つの演習場が取り巻いていて、さらに人里から隔絶している。スターウォーズのロケにも使われた、はるか遠くまで見渡す限り木が1本も生えていない異星のような風景と、広大な塩原が広がる。しかし、この谷をよく見てみれば、春夏には花が咲くし、魚のいる小川やオアシスもある。数百種の野生生物が生息し1,500種もの植物が育つ。今もって不可解な自然現象もある。何より、谷全体の気象そのものが稀有な自然で、興味は尽きることがない。

アプローチの大切さ

ちょっと想像していただきたい。あなたは今からおいしいフルコース料理を食べる。時計は午前10時(エ? さっき朝ご飯を食べたところなのに)。まずミントチョコが目の前にある。これを口にし、ビールを飲み、次にコーヒーが注がれサラダが出てくる。コーヒーをおかわりし、メロンを食べる。続いてチーズ・ケーキを食べてから、スープを飲む。しかる後にアントレーが出てくる。最後にアペタイザーとワイン。一体そんな順序で料理を出されて満足する人が何人いるか? 「料理にも順序がある」。誰だってそう言うだろう。それが、こと観光となると順序も何もなくなってしまう人が多い。「早いか? 安いか? 有名か? 効率的か?」が先立ってしまう。売るほうも買うほうも旅のおいしさは落としてしまうのだ。それでいて、短時間にあれもこれも目いっぱい食べたい。デスバレーを訪れるラスベガスからの多くの日本人観光客はまさしくそうである。

料理も旅もアートだと隊長は思う。オムニバス映画だって、見る人の心の振幅を計ってプロデュースされている。しかし、まだ日本人の観光は「早い、安い……」に流れてしまう。

ラスベガス滞在中、中2日間あれば、夜はカジノとショーで過ごし、昼間1日はグランド・キャニオンへ、もう1日はデスバレーのツアーに出掛ける(あるいは買い物か、市内観光)。それが“効率の良い”旅だと多くの人は思っている。が別の見方がある。日帰りのグランド・キャニオンやデスバレーで、日の高い時間に短時間見る景色と、朝夕景色の移り変わりを見るのとでは、静止画と動画ほどの違いがある。それは景色だけのことではない。2日あれば、どちらかに決め1泊し、朝夕夜を堪能するのが良い。2カ所の日帰り旅行の感動が1+1=2だとしたら、1カ所の1泊旅行のそれは5×2=10位ある。それほど違う。

旅のグルメにはデスバレーへのアプローチは大きな意味を持つ。隊長シェフのコースを提案しよう。何より大事なことは「谷はいつがいちばん美しいか」である。それは日が低い、日の出前から午前8時ごろまでと日没前後だ。それと大平原で街の光もない満天の星空。つまりデスバレーに限らず、自然は泊まるべく設えられた劇場と言える。この朝夕夜は熱暑を凌げる時間でもある。次に大事なことは訪れる人の感性の落差、振幅を考えることだ。乾燥地帯から乾燥地帯へ行っても感動は小さい。3番目は訪れる季節に関して。2~7月に掛けては、谷あいから山の上に掛けて、順に花が咲いていく。また、6~9月の夏の灼熱を体感することも逆に面白い。秋は西のシェラネバダ山脈東麓、ヨセミテの黄葉がきれいである。そして冬がいちばん凌ぎやすい。

隊長の提案するデスバレーへの最善のアプローチは、サンフランシスコからヨセミテを横断し、ルート395へ出て、モノレイク、マンザナーを経由してデスバレーに入るコース。これは道が開いている夏秋しか使えない。次善は、リノからヨセミテ、モノレイク、マンザナー、デスバレーへ向かうコース。秋の黄葉シーズンが良い。三善はロサンゼルスから北に進み、デスバレーに入るコース。途中これといった見所はない。3コース共、午後の後半にデスバレーに着き、公園内で1泊して朝夕夜の景色を堪能する。翌朝は早起きすれば、さわやかな朝の時間にこの谷を歩ける。日が昇ってきたら車に乗り東西南北(LV.SF.LA.リノ)いずれに抜けてもいい。

リシア・パーク
▲ルート395はシェラネバダ山脈の東側を通る眺めの良いシーニック・ドライブ。この稜線をジョンミュア・トレイル(=パシフィック・クレスト・トレイルの一部)が通っている。シェラネバダ独特な透徹した空気が心地良い
リシア・パーク
▲ヨセミテの谷を東側より眺める
リシア・パーク
▲谷の中心にあるオアシス、ファーネス・クリーク。ビジター・センター、宿泊施設などが集まっている
リシア・パーク
▲園内随一のビューポイント、ダンテス・ビューよりデスバレーの谷を見る。視野いっぱいに長く南北に広がる谷の2枚の画像(北方向と南方向)を合成した。中央の白い平原が干上がった塩湖、バッドウォーター
リシア・パーク
▲モノレイクは塩湖である。水面上にある岩の白い部分は塩基成分の固まり。そして岸辺に黒く見えるものは塩湖に生息する水藻に集まってくる蝿の塊
リシア・パーク
▲公園の東側、つまりネバダ州側のゲートシティー、ビーティ(Beaty)は、小さな街ながら複数のホテル、レストラン、ガス・ステーション、ジェネラル・ストアがある

中編、後編について

中編では、園内の歩くトレイルと、車で回るトレイルを紹介する。神はディティールに宿るという。後編は“塩”をキーワードに、広いデスバレーを小さな視点から眺めてみようと思う。(続く)

 

Information

■デスバレー国立公園
道路情報、レンジャー・プログラム、園内の写真、地質など、必要な情報のほとんどがある国立公園局の公式サイト。
Death Valley National Park
ウェブサイト:www.nps.gov/deva

■ヨセミテ国立公園
公園内を東西に横断するカリフォルニア州道120号線(=タイオガ・ロード)の通行状況や、黄葉の時期はここでチェックできる。例年5~10月が通行可能期間。
Yosemite National Park
ウェブサイト:http://www.nps.gov/yose

■ルート395
シェラネバダ山脈の東山麓を南北に通るシーニックドライブ。リノ、モノレイク、ヨセミテ国立公園、マンザナー国定史跡、デスバレー国立公園がこの道路沿いにある。
ウェブサイト:http://www.395.com/

(2011年5月)

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。