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デスバレー再訪(中編)

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2011年07月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

「死の谷」へ来て自分の足で歩き
むきだしの大地と大気をヒリヒリと肌で感じる
地球も自分も生きているのだと実感し、なぜか元気になる

車と歩きと

デスバレー国立公園を訪れる一般的な「ツアー」の行程を見てみると、園内での滞在時間は昼をはさんで正味2、3時間ほど。名が知られた2、3カ所の行きやすいスポットを訪れる内容だ。

車から降り、ちょこちょこっと周辺を歩き写真を撮ったら移動。車を降り、ちょこちょこ……を繰り返し、ランチとビジター・センター(での買い物)に主に時間を配分している。無理もない。季節も猛暑も構わぬ通年催行である。いちばん暑い正午頃にちゃんとしたトレイル・ウォークができるわけもないし、その時間もない。冷房のあるレストランとビジター・センターに入るのが無難だろう。「しかし、それでは……」と隊長には忸怩(じくじ)たる思いがある。 

デスバレーを探訪するのに車は欠かせない(自転車やバイクで訪れる人もいるが、なかなかのチャレンジだと感心する)。トレイル・ウォーク以外に、車で回るオート・ルートも多いからだ。自家用車であれレンタカーであれ、自分(達)でデスバレーを訪れる人は、真昼の炎天下に無理して歩き回る必要はない。太陽光線が斜めに差し、谷の景色が最も美しい朝夕の涼しい時間帯にいろんなスポットを訪ね歩けば良い。鳥や動物に出合う機会やシャッター・チャンスも多く、広大な静寂の中をちょこちょこでなく、じっくりしっかり歩ける。そして、究極の自然とも言える「死の谷」という地球の生成の大舞台で、人間の活動を含む多くの動植物がたくましく生きている姿にふれることができ、その元気が自分にも伝わってくるのが感じられる。以下、自分(達)でデスバレーを訪れる人向けの、車で回るトレイルと歩くトレイルいくつかを紹介しよう。

車で行くトレイル

アーティスツ・ドライブ Artist’s Drive(写真 – A)
最も立ち寄りやすい園内のオート・トレイルのひとつで、園内を縦断するカリフォルニア州道190号線沿いにある。南から北への一方通行なので、バッド・ウォーターからファーネス・クリークへ向かう際に寄ると良い。約7マイルの未舗装道の途中には、アーティスツ・パレットを間近に見るショート・トレイルがあるので歩いてみよう。

デス・バレー アーティスツ・ドライブ Artist's Drive
▲園内中央に位置するカラフルな露出地層、アーティスツ・パレットへ向かう – A

ウエスト・サイド・ロード West Side Road
その名の通り、谷の西側を南北に通る約35マイルの未舗装路。ダンテズ・ビューのあるブラック山脈(谷の東側の山並)を眺めながら走る。訪れる人(車)も少なく、この谷の雰囲気を存分に感じるドライブが楽しめる。谷の西側、パナミント山脈の日陰になる午後に通るのが良いだろう。

ザ・レーストラック The Racetrack
園内の北側、スコッティー・キャッスルから南に延びる、片道約32マイルの悪路。終点には干上がった湖があり、大きな岩石があたかも並んでレースをしたように動いた跡(トラック)が見られる。ミステリアスな光景を見て、この広大無辺の谷を吹きすさぶ、岩をも動かす烈風を想像してみよう。

歩くトレイル

■ゴールデン・キャニオン Golden Canyon(写真 – B)
公園中心部ファーネス・クリークの南にある、セルフ・ガイデッド・トレイル。往復2マイル、高度差91メートル。歩行約2時間。ビジター・センターでトレイル・ガイド($1)を購入してトレイルに向かおう。このガイドには、トレイルの各スポットの景観がサインの番号順にわかりやすく載っており、デスバレーの地形の成因やさまざまな鉱物のこと、土地の侵食についてなどを写真入りで解説。このゴールデン・キャニオン・トレイルの折り返し地点から、さらに0.5マイル足を延ばせば、上部の岸壁帯レッド・カテドラル(Red Cathedral)の基部に登ることができる。また、右へさらに2マイル登ると、ザブリスキー・ポイント(Zabriskie Point)の駐車場へ到達する。

インタープリティブ・トレイル、ゴールデン・キャニオン
▲人気の高いインタープリティブ・トレイル、ゴールデン・キャニオン。レッド・カテドラルの赤い岩壁が正面にそびえる – B

■ソルト・クリーク Salt Creek(写真 – C)
デスバレーにある、オアシスとも呼べる緑地。小川が流れ、ボードウォークと案内板(Self-Guided-Trail)が設置。魚も泳いでいる。例えば、この景色がオリンピック国立公園やクレーター・レイク国立公園にあったとしたら、一顧だにされないであろう地味なクリークなのだが、この谷にあってはホッとする貴重な存在である。そのことが私達の環境へのバランス感覚を逆照射して見せてくれる。

デス・バレー ソルト・クリークのセルフガイデッド・トレイル
▲デスバレーのすべてが死の谷ではない。わずかだが水も流れており、オアシスもある。ソルト・クリークには写真のような木道のセルフガイデッド・トレイルがあり、厳しい自然の中に息づく生物が見られる – C

■ハーモニー・ボラックス・ワークス Harmony Borax Works
公園の中心、ファーニス・クリーク・ビジター・センターのすぐ北側にある、1マイルのループ・トレイル。西部の開拓期から、この谷には金銀を始めさまざまな鉱物資源を求めて有象無象の人々が去来した。そのひとつがホウ素※1である。19世紀末、デスバレーはこのホウ素の一大生産地だった。その採掘跡は今も残っている。園内にはこのほかにもたくさんの鉱山跡があり、一部は現在も生産中。

■ダンテズ・ビュー Dante’s View(写真 – D)
園内きっての展望台。ここへ登る車道は1,700メートル以上の標高差を一気に駆け上がるので、オーバーヒートに注意。駐車場から小高いピークに登るトレイルもあり、0.5マイルだが高度感がある。足元に気を付けて登ってみよう。圧倒的なパノラマの景色が望める。

デス・バレー ソルト・クリークのセルフガイデッド・トレイル
▲木がないので遠近感も距離感も心もとなくなるが、眼下の谷と正面の山には3,554メートルもの高度差がある – D

■モザイク・キャニオン Mosaic Canyon
ストーブパイプ・ウェルズのすぐ南に位置する谷。地質学のショーウインドーのような谷を往復するトレイル・ウォークで、その名の通りモザイクのようなさまざまな色の岩肌が、長い年月の水流の作用で美しく磨き削られている。例えるならアリゾナ州のアンテロープ・キャニオンのミニ版だ。約2、3時間、3、4マイルの往復(折り返す場所による)。

さて、デスバレー国立公園のハイライトとも言うべきいちばんの見どころは、バッド・ウォーター(Bad Water)であろう。西半球で最も低い標高(海抜下86メートル)でありながら、深い谷とは正反対の景色が広がる。後編で、塩とバッド・ウォーターについて述べたい。(続く)

※1 ホウ砂(ホウ酸ナトリウム)英語名:Borax ガラス、洗剤の原料。防腐剤、消毒剤として広く用いられ、目下福島第一原発では、放射能を封じる処理剤として用いられている。

デス・バレー アシュフォードの金鉱跡
デス・バレー バッド・ウォーター
▲干上がった広い塩湖が広がるバッド・ウォーターは、ふたつの山脈の間にある盆地が沈降してできた。海抜マイナス86メートル、西半球の最低地点。正面の山は公園の最高地点、テレスコープ・ピーク(標高3,368メートル)
デス・バレー アシュフォードの金鉱跡
▲20世紀の初めにカリフォルニアでゴールドラッシュが起こり、ここデスバレーでも金を探す人々が去来した。これは公園の南端にあるアシュフォードの金鉱跡
デス・バレー 州道178号線
▲灼熱の谷の公園内を州道178号線が南北に通っている
デスバレー散策時の注意事項

■トレイルを歩く際
できれば谷が日陰になる、朝の涼しい時間帯に歩くのがベスト。日が傾く夕方でも日差しは避けられるが、日暮れと共に暗くなるので、戻る時間を念頭に置いて行動する。しっかりした靴を履き、帽子、サングラスなど暑さと日差し対策を入念に。朝夕は気温が下がるので重ね着をして出掛けよう。地図、トレイル・マップ、磁石、ライトを持つ。はぐれても良いように、水は必ず各自が十分に(3リットル以上)持つこと。

■ドライブ時
旅行に出る前に車の点検と整備は入念に行うこと。安全性に確信の持てない車でデスバレーに入ることは避けたい。園内に入る前にガソリンは満タンにしておく。未舗装路を走る場合はスペアでなく標準タイヤを2本積んで行く。グレーダーがならした後の未舗装路を行く時は、砕石が立っているため細心の注意が必要。長い坂道の要所要所の道路脇には冷却水補給用の大きな水槽が設置してあるが、車にも水を積み置くと共に、オーバーヒートへの対処方法を心得ておく必要がある。悪路でのドライブでは視点を高く保ち、より早く障害を視認することが大事。ドライバー・シートを上げ、背もたれを起こし、疑わしい時は車を降りて路面を確かめる。

4WD車に関してひと言、過信厳禁である。未舗装路でのオーバースピードは禁物だ。車高の高い車であっても、凸凹道では足回りへのダメージを避け、慎重にコース取りする。ボディーを擦るくらいは覚悟しておく。引き返す判断も必要だ。街やハイウェイとは違い、動けなくなり助けを呼ぼうにも連絡できないことのほうが多い。あるいは誰も来ない。仮にAAAや911などを呼べたとしても、スタックした場所によっては長い過酷な待ち時間となる。みるみる日が暮れ、あるいはどんどん暑くなるので、それに備えておく必要がある。

Information

デスバレー国立公園
道路情報、レンジャー・プログラム、園内の写真、地質など、必要な情報のほとんどがある国立公園局の公式サイト。
Death Valley National Park
ウェブサイト:www.nps.gov/deva

(2011年7月)

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。