2012年04月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎
ベタなテーマだが「エコキャラバン隊長と行くノースウエスト自然探訪」そのものずばりで、「こんな自然探訪をやっている」うちのひとつ、ポートランドで行なわれている月例ハイキングを紹介したい
▲ビューローズ・マウンテンからレニア山を望む。この日、下界は朝から雨と曇りだったが、みんなの気迫でこの一瞬だけ雲が切れ、レニアの山頂がその雄姿を見せてくれた。北から見るイモンズ氷河の圧倒的な迫力に見入る我々。2010年8月、撮影者不詳
「お・は・よ・う・ございま~す」
○月×日(日)8:00 a.m.、快晴。集合場所に集まってくるハイキングの仲間達。ポートランド近辺に住む日本人とその家族や知人で、時には犬も加わる。その場で参加費が集められ、各自に弁当が配られる。※1参加者がそろうと車に分乗して目的地へ向かう。1時間ほどのドライブの車中はいつもにぎやかなお喋りタイムだ。トレイル・ヘッドに着いたら、ぐるっと輪になって簡単に自己紹介。当地在住の常連組のほか、駐在や引っ越しなどで「最近こっちに来ました」という人もいるし、「日本から○○さんの家へ遊びに来ています」という人もいる。男女比は半々、年齢は10~60代で、中でも4、50代が多い。
全員でストレッチをして隊長がコースの説明をしたら、早速ハイキングの開始。歩行中も休憩中もソーシャル・タイムで、よく話題が尽きないなと感心するほどに皆お喋りを楽しんでいる。先頭を歩く隊長にはそれがスピード・メーターで、あまりにガヤガヤすると歩調を上げ、静かだとペース・ダウン。やがて、森林限界(海抜1,500~2,000メートル位)を抜けると眺望が開け歓声が上がる。途中何回か休憩を取りながら、昼ごろに最高到達地点(=山頂)に着く。風のない日はそこでランチなのだが、全員の利害(?)が一致すると往々にして早弁タイムとなる。はるか遠くの山々や湖が見える時、隊長のインタープリテーション(解説)が入ることもある。しかし、今まさに目の前の素晴しい景色を堪能中! という時は、あまり無粋なことは言わない。こんな“ゆるゆる”で“和気あいあい”の月例ハイキングの雰囲気をみんな結構気に入っているようだ。
安全に楽しく
ハイキングをする時、隊長が心に決めていることはふたつある。それは「安全に」「楽しく」という「あたりまえでつまんない」と思われるモットーだ。……が、要はこれだけが大事だ。
実際には、隊長は「安全に」だけを心掛けていれば、いつも「楽しい」ハイキングになっている。「楽しく」はコーディネーターである、第一トラベルのすえみさんの天真爛漫なキャラクターによる部分が大きい。「スカートを履いた土建屋のオヤジ」というのは隊長からすえみさんへの尊称だが、旅のプロだけあって参加者への目配りと気配りがいつも行き届いている。
アウトドアのことなので、ハイキング当日は晴れる日もあれば雨の日もある。判断に迷う天気予報と空模様の日もある。そんな時は「安全か? 楽しめるか?」を照らし合わせて決めている。雨で中止と決めたハイキングも何度かあったし(楽しめない)、残雪が予想以上に多く(安全でない)、途中で引き返したこともあった。隊長は以前行った所でも、ハイキング・コースは前もって必ず下見する。車のアプローチ、トレイル・ヘッドの確認、トレイル・ルートのチェック、トイレの有無、状態などをよく知っておくことでハイキングがスムーズにいくからだ。
▲コロンビア・ゴージの秘境、オネオンタ・ゴージでのフリー(無料)ハイキング。ポートランドから近いこのトレイルはその大半が水の中という、ザイオンのナロウズのミニ版だ。左岸にいるのは往生際の悪い我が家の駄犬、マックス。2010年7月、撮影:後籐修二氏
▲ワシントン州南部のインディアン・ヘブンにて、紅葉の中を行く。まるで天上の庭園を歩いているよう。2010年10月、撮影:後籐修二氏
「私達、宝の山にいるんです」
ポートランドでこのようなハイキングの集まりを始めたのは2009年の夏からだ。この集まり(名前はまだ無い)を語る時、今ここでその宣伝や募集をする気はないが、その中心人物に触れずには、話が始まらないので書こう。それは隊長ではない。前出のポートランドの旅行社、第一インターナショナルトラベルのすえみさんがこのハイキングのV8ターボ付きエンジンである。
彼女が第一トラベルを始めた90年代の初めから、かれこれ四半世紀近く隊長は彼女と知り合いである。 とにかく、すえみさんの旅の指向は隊長のそれとは正反対である(あった?)。華やいだ有名な場所へ行くのが旅……泊まる所は一流、食べる物はおいしく、高級、都会志向、これがチャキチャキすえみさんの旅の指向だった。多分90年代の終わりごろ、ある時、彼女は隊長に「オレゴンへ(日本から旅行に)来てくださいと言っても、何があります? グランド・キャニオンみたいな有名な所はないし、ポートランドも全然知られていないし、何も無いじゃないですか」と半ばあきらめた質問を投げてきた。「何を言ってるんですか、すえみさん。無名なだけで、素晴らしい所がいっぱいあるじゃないですか。私達、宝の山にいるんです。見えていないだけですよ……。そうだ、ハイキング・ツアーをやりましょう。まず、地元の日本人が知らないと。……ファミリー・キャンプはどうかな?」と提案。その後、現場に連れ出そうと、何回も機会を作ってすえみさんと同社の人を誘ったのだが、1度もそれは実現せず、すえみさんの心境が変わるには10年の歳月が必要だった。
2009年のある日、すえみさんは私にこう言った。「私、前は季節で夏がいちばん好きでした……夏だけね。でも最近は秋も良いし、春も良いなあと思うようになってきました。やっぱ歳のせいですかねぇ?」続けて「ハイキング行きましょ、どこがいいです?」こうして動き始めたのだ。
オネオンタ・ゴージ・トレイルの終点は、このオネオンタ滝。夏の暑い日は最高のトレイル・ウォークとなる。この後、対岸の細奥部まで滝壺を泳いで到達したのは勇猛な少女3人とマックス。Good Job! 2010年7月、撮影:後籐修二氏
これまで、そしてこれから
ハイキングの目的地、コースの選定は隊長に任されている。適度な負荷の歩行時間&眺望の良い場所ということになると、必然的に山に行くことが多い。日帰りのハイキングでは、1、2時間の車でのアプローチ、3~5時間の歩行時間で5マイル前後のトレイルを歩き、1,000フィート位の上り下りをする。
ノースウエストは広いので、別にオレゴンに留まらずポートランドからのドライブ時間が3時間以上掛かる場合は1泊2日、2泊3日のプランを企画することもある。そうするとレッドウッドからオリンピック半島まで、北西部の広いエリアでハイキングの対象となるコースがぐっと増える。特にレッドウッドは、カリフォルニア州にあるがポートランドからアプローチするほうが早く、しかもクレーター・レイクや南オレゴンの多様な自然と組み合わせて周ることができるので、いろいろなコースで度々訪れたい自然のひとつだ。
この5月にはいよいよ飛行機も使い3泊4日でイエローストーン、グランド・ティトン国立公園でハイキングをする。さらには、アラスカ、コスタリカ、あるいは日本へもこのハイキング仲間と出掛けようと、隊長とすえみさんの夢は広がるばかりだ。
また、逆にポートランドの近場にも隠れた自然はたくさんある。半日でも行ける場所にある近場の自然をなるべく多くの人に知ってもらおうと、シーズンに1回「無料ハイク」と銘打ってハイキングを企画した。これは続けていこうと思っており、今年はポートランドの「4Tトレイル」を廻る。※2
これまで、すえみさんを始め、皆と訪れた場所とコースのいくつかが定番のツアー・コースとなった。自分達が行き魅力を知っているので、顧客に勧める時の説得力がまるで違う。オレゴンの自然を好きになったリピーターも現れてきたし、日本人だけでなく中国や台湾からのツアーも入るようになった。少しずつだが、ノースウエスト自然探訪の魅力が日本とアジアの人々に知られるようになり、うれしい。
一緒にハイキングした当地在住の人達や日本から訪ねてきた家族や友人が「北西部ってなかなか良いじゃないか」「なんだ、自分達でも行ける」と言ってくれる。こうして日本人に北西部の良さが知られ、広まっていくことが隊長の夢であり励みである。
※1 ハイキングの集合/出発場所はポートランド周辺で、山へのアプローチが良く、大きな駐車場がある場所。たとえば東(コロンビア・ゴージ方面)は、トラウトデイルのファクトリー・アウトレット。西(コースト方面)はビーバートン。南(オレゴン・カスケードの山など)はウィルソンビル、北(ワシントン州の山、マウント・フッドなど)はゲートウェイ駅で集合/解散となる。弁当はFood Handler(食品衛生管理)の資格を持つ隊長の家内が“○妻弁当”を人数分準備(○には“愚”または“愛”が入るらしい)。朝は早いし雨だと中止になるしで、なかなか大変なのだが、参加者にはおいしいと好評で、中には「これが楽しみで来ているんです」という不純な動機のハイカーもいる。
※2 4TトレイルはTrail (遊歩道)、Tram(ロープウェイ)、Trolley (路面電車)、Train(Max電車)の4つの交通手段を使ってポートランドのダウンタウンをぐるりと立体的に廻る都市型のトレイル。http://www.4t-trail.org
▲マウント・フッド北面のクーパースパーからエリオット氷河のモレーン帯(堆石帯)を登る。2010年8月、撮影:後籐修二氏
■第一インターナショナルトラベル
ポートランドの旅行会社。国内外の旅行、出張、航空券手配を行なっている。ハイキングの予定などを知りたい人、参加してみたい人は同社に問い合わせを。
Dai Ichi International
www.dai-ichi-travel.com
(2012年4月)
Reiichiro Kosugi 1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。 |
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