2012年05月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎
この「青さ」を近くで見ようと湖面に降り、水に顔を近付けても不思議さは増すばかり。そして湖上に出ておそるおそる水に手を差し入れたとたん、青い水は世界一透き通った水であることを知る
▲蒼い静かな湖面をボートが進む
誰もが行けるわけではない
隊長にとってイジワルな質問が時々投げ掛けられることがある。「北西部の自然景観がアメリカでいちばん多様なのはわかった。じゃあ、その中でどこがいちばんオススメ?」。隊長はすかさずこう答える。「クレーター・レイクのボート・ツアーです」と。が、実はそれは、相手にもイジワルな答えなのだ。
この国立公園はどの都市からも遠く、おいそれと行ける場所にはない。そしてそのボート・ツアーは気安く参加できるようにはなっていない。気軽な気持ちで来た人をふるい落とす仕掛けが幾重にもしつらえてあり、そうやって俗化やオーバーユースからこの神秘の湖を守っていると言える。
グランド・キャニオンやヨセミテへは毎年何百万人もの人が訪れるが、大半は2、3時間だけの滞在だ。自然を訪ねてというより、有名な観光地だから来たという人達がそういうツアーに参加する。クレーター・レイク国立公園への来訪者数は、それより1桁少ない年間45万人。湖畔まで降りる人はその数%。湖上へ出る(=ボート・ツアーをする)人数はそのさらに半分以下の1万人前後だ。その中で、クレーター・レイクの中にある3つの小噴火口のうち、唯一湖面に頭を出しているウィザード島に降りる人数は年間で千人前後。更にその頂上まで登る人は年間でも数百人と推定されており、レニア山の年間登頂者数よりも少ない。
▲クレーターの内壁は、そのまま7,700年前のマザマ火山噴火前後の歴史を物語っている
▲湖面に屹立する溶岩の固まり、ファントム・シップ
湖面から見上げる国立公園
クレーター・レイクの外輪山(=リムRim)には何箇所もビュー・ポイントがあり、車で訪れる人達は、そこから眼下に広がる紺碧の湖を眺める。それだけでも充分に美しい。湖畔へは標高差215メートルのクレーター壁を昇降せねばならないが※1、クレーター・レイクのボート・ツアーはその降りた湖畔にあるクリートウッド・コーブから発着する。つまりボート・ツアーと200メートルあまりの上り下りの歩きはセットだ。
ボートは7月~9月上旬までの約2カ月間運航されるが、積雪と除雪の進み状況で開始時期は遅れることがある。晴天時の午前10時~午後3時までの各定時、計6便が予定されている。標高2,000メートルの山上にある周囲30キロの広大な湖なので、荒天時(風雨)と特別なイベントがある時には欠航となる。※2
乗船から下船まで約2時間のツアーは、50人乗りのボート(次ページ上中央写真)に国立公園局の船長とパーク・レンジャーが乗り込み、インタープリテーション(解説)を行う。クレーター・レイク国立公園のエッセンスはまさにこの小さなボートの上にある。実際のクレーター(=カルデラ)を目近に見て、それへの解説を聞くことができる。今、目の前にあるこの岩のバットレスとか、外輪山などの自然景観がどのように出来上がったか。水はどこから来てどこへ行くのか。どうしてここの水はこんなに青いのか。水の透明度はどうやって計るか、湖は厳冬期には凍るのか。どんな生き物が居るか、あるいは居ないかなど、どのレンジャーの話も奥が深く面白い。
船は船足を落としウィザード島とファントム・シップ(=幽霊船)と呼ばれている岩峰の周囲を廻り、クレーター内壁に接近したりしながら湖を2時間で1周する。風のある時は波しぶきが飛び、風とボートのスピードも加わって、日が射さないと日本人にはかなり寒く感じられるかもしれない。あっという間のこの爽快な2時間で、クレーター・レイクの成り立ちにうんと詳しくなっている。
▲50人乗りのボートに乗ってクレーター・レイクを1周。まるでインクの海を進んでいるよう
ウィザード島
25セントコインのオレゴン州のデザインにはクレーター・レイクが描かれている。そのほぼ中央に見えるのがウィザード島だ。ボート・ツアーでは、午前9時55分と午後1時の2便でこの島に下船することができる。湖面から234メートルの高さのミニ火山の山頂には、更にミニ・クレーターがある。※3 もし、ボート・ツアーに参加する人にその時間と気持ちがあるのなら、隊長はこの島を訪れることを勧めたい。円錐形の山頂のお鉢巡りをしていると、当たり前のことだが周囲360度すべてがクレーター・レイクの紺碧の水面だ。まるで極小惑星から蒼い宇宙空間をのぞきこんでいるような(そんな経験はないが)気分だ。
地球上に火山は何千とある。複層の火山も世界のあちこちにある。湖も何十万カ所とある。が、これほど蒼い湖の真ん中で登る山というのは、世界中でここクレーター・レイクだけだ。この湖が今の景観に落ち着いてから、たかだか数千年しか経ていない。この景色は、地球45億年の歴史の中でほんの一瞬出現した自然の造形の奇跡と言える。ボート・ツアーでは自分のそういう幸運が腑に落ちる。
飲み水、昼食、行動食、日焼け止め、ウィンドブレーカー(防水)、暖かいジャケット、ハイキングブーツ(特にウィザード島に下船する場合)
●ボート乗船時間の最低1時間前にはトレイルヘッドを出発して船着場へ向かうこと。
●クリートウッド・コーブにはコンポスト・トイレがある。上船前に済ませておく。
●その他、時間、料金などボート・ツアーの細部の情報は事前にウェブサイトや電話で確かめること。
▲クレーター・レイク国立公園のパーク・レンジャー。インタープリテーションに熱がこもる
※1 リム北側のCleetwood Trailが湖畔へ至る唯一のルート。標高差:215メートル、距離:往復3.2キロ、所要時間:1.5~2時間。シャスタファーの原生林を通るジグザグの急斜面。
※2 1便48名の乗船定員のうち、3年前から半数は事前予約で申し込めるようになった。残りの半数は前日、当日にトレイル・ヘッド近くに置かれるチケット売り場で先着順で受け付けるが、ほぼ販売開始と同時に満席となる。
■クレーター・レイク国立公園
NPSの公式ウェブサイト
www.nps.gov/crla/index.htm
■2012年のボート・ツアーについて
国立公園局に運営を委託されているXanterra Park & Resortのサイト
www.craterlakelodges.com/volcano-boat-cruises-8644.html
(2012年5月)
Reiichiro Kosugi 1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。 |
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