2012年07月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎
2002年7月。連載を始めた夏は9・11後のまだ混沌とした世情で10年先など遠いものに思えた。実際、濃密な10年が過ぎた。自然は移りゆき、世界も変わりゆく。見えてきたものは……
▲イエローストーンに1903年に建てられた、世界最大のログ・キャビン、オールド・フェイスフル・イン
雪のイエローストーンにて
今、連載10年目に当たるこの記事をイエローストーンで書き始めましたが、この3日間(2012年のメモリアル・デー・ウィークエンド)断続的に雪が降っています。私(隊長)は1999年に初めてこの世界最古の国立公園を訪れました。今、眼前の銀世界と、この10年間のあれやこれやの思い出の中を、ちょっと感慨にふけりながら、行きつ戻りつしているところです。思いはとめどなく広がり、原稿メモには脈絡のないプロットばかりが並んでいきます。それを辿ってみましょう。
今回の旅では、最初にマンモスのテラス・マウンテンを訪れました。石灰分を含む熱水の湧出はこの2、3年やせ細ってきているようです。一面の広大な石灰岩テラスは、以前のような純白の城ではありません。薄汚れ赤茶けたテラスは、かなりの部分が白い雪に覆われていて、逆に救われた思いがしました。
イエローストーンは1988年の大規模な山火事で、園内の1/3の森林が焼けました。しかしながら、山火事後の天然更新で次世代の木々が一斉に芽吹き、10年前にはまだ若木だったロッジポール・パイン達も、いまや立派に成林し、その回復力にはまったく敬服します。やはり自然のことは自然に任せて正解でしたね。※1
今泊まっているオールド・フェイスフル・インは、1903年に建てられた世界最大のログ・キャビンです。1988年の山火事では、このキャビンの周りまで火が迫り、激しく火の粉が降り掛かりましたが、この建物ばかりは消防隊が必死に水を掛けて延焼から守りきりました。さっきロビーで当時の実写映像を見て、この歴史建造物が残ったことのほうが奇跡だったことを知りました。
間欠泉や温泉が広がるガイザー・カントリーは、世界最大の温泉・熱水現象地帯で、何度来ても見応えがあります。改善なのか進歩なのか?いちばん人気の間欠泉オールド・フェイスフル・ガイザーは、これを囲んで半円状にぐるりと再生プラスチックのデッキと、その上の観客席、コンクリートの広場とトレイルとに固められています。あたかも一大観光地の中心に設えられた祭壇のようにたてまつられています。
>宿泊街とオールド・フェイスフルからもっとも離れた所にあるモーニング・グローリー・プールへ行ってみました。イエローストーンといえば必ず紹介される2番目に有名な写真のせいか、人気スポットのようです。
ここは「トレビの泉」化しており、プールへコインを投げ入れる観光客が後を絶たず、「コインを投げ入れないこと」という無粋なサインが立っていました。このプールの青と黄色の色合いは、温水質と藻とバクテリアの絶妙なエコ・バランスで出来上がっています(いました?)。しかし、コインから溶け出る金属イオンがこのバランスを変えたのか、今回見たモーニング・グローリー・プールには、残念ながら以前に見たはっと息をのむ鮮やかな色は見られませんでした。陽の光が射さなかったからかもしれません(そう思いたい)。
北へ車を走らせ、ビスケット・ベイスンを訪れました。ここのサファイア・プールは神秘的な青色を保っています。大型バスで某新興大国からの観光客が到着し、木道のトレイルからガイザーの近くに降り記念写真を撮っていたので、駐車場へ戻る道すがら注意をしましたが、後から後から大勢の人がやってきて、同じことをしていました。※2(嘆息)
1999年
2012年
▲モーニング・グローリー(朝顔)プール。1999年と2012年、色の変化がわかるだろうか?
スーパー・ボルケーノ
なんか愚痴っぽくなってしまいましたが、どうせなら超豪快愚痴話をしましょう。
地球の間欠泉の半分以上がイエローストーンにあります。極小~巨大な温泉や、さまざまな熱水現象はこの地下にある超巨大なマグマ溜りとその上の薄い地殻(岩石と土砂と水)が造り出しています。マグマ溜りはほぼイエローストーン国立公園全体の広さがあり、公園の中央ほぼ1/4はかつて噴火した超巨大火山のカルデラにあたります。
イエローストーンは地球上で最大級の火山であり、過去200万年の内にほぼ60万年の周期で大噴火しています。いちばん最近の噴火は64万年前なので、次の噴火は地球史時間ではいつ起きてもおかしくない時期に入っています。その噴火の規模は1980年のセント・へレンズ噴火の1,000倍以上で、半径1,000キロの人口の9割は噴煙により窒息死。火山灰は北半球の大気を覆い、地球の気温は8~10℃低下、それが数年続くと予想されています。※3
気象の激変はもちろんですが、気温がそれだけ下がると、まず農作物が出来なくなり、世界規模の飢餓、大動乱が起きるでしょう。温暖化や核戦争や原発事故の比ではなく、現代人類の文明社会は崩れ去りかねません。SFやファンタジーではなく実際の研究がそう予測しています。※4
▲イエローストーンの間欠泉はオールド・フェイスフル・ガイザーが有名だが、その隣のビーハイブ・ガイザーが吹き上がったところ。臨場感はこちらの方がはるかに大きい
たかだか10年、されど10年
たかが10年ですが自然界ではさまざまなことが起こり、人間社会もまた変わってきました。ある自然は姿を変え、ある自然は十年一日のままです。今しがたのニュースでは、東日本大震災の津波で流された青森の20メートルの浮桟橋が、オレゴン・コーストの浜辺に漂着したそうです。このほんの10年の間ですら自然界では、目に見える、あるいは見えない変化が起こっています。それに対して、人は呆れるほど無力なものです。
これまで私は各地に出掛け、いろいろな自然の姿を見てきました。それは結局は、いにしえより人々が幾度も見てきた「無常」という、ーその言葉は知っていたつもりのーたったひとつのことが、私の目にもまた、おぼろげに見えてきただけのように思います。自然と人間が触れ合う場面は、いつも私の興味を掻き立て、それを私は見続けたいと思っています。これがこの連載を続けている力なのでしょう。そして、その場所がノースウエストでほんとうに良かった。実に多様な自然ー海、火山、氷河、森林、砂漠、大河、動物、街、歴史ーがここにはあるからです。これがもし「サウスウエスト自然探訪」だったら連載はおそらく3年と続かなかったでしょう。
イエローストーンから戻ってCaravan#1から#118のアーカイブをしげしげと読み返してみました。私は根っからのバガボンド(放浪者)なので、これはほかのまじめな誰かが「コツコツと」積み上げた仕事としか思えません。10年という節目に、改めて歴代の『ゆうマガ』編集部の皆さんと、共同執筆者の小杉晶子さんにお礼申し上げます。皆さんのサポートがあってここまで来れました。ありがとうございます。
2002年
2012年
▲Caravan #1はヤキナヘッドのタイドプールについて書いた。その当時(2002年)、砂が堆積しつつあるタイドプールを改修してなんとか復元しようとしたのだが、たゆまざる自然の営為の前に人間の力の及ばぬことを見る
(参考:Caravan#1オレゴン・コーストのタイドプール
www.youmaga.com/odekake/eco/2002_7.php)
※11988年のイエローストーン山火事では、「山火事も自然のサイクルのひとつ」として、建物などの延焼を防ぐ以外は自然に燃える、自然に消えるに任せ、結局公園面積の38%が焼け野原となった。 ※2これは国立公園の規則。トレイルからガイザー(熱水)地帯に踏み入ってはいけない。何よりやけどの危険があり、植生や土壌の微妙な環境も壊されてしまう。 ※3大噴火が起きるとデンバー、ソルトレイク・シティーは瞬時に壊滅。シアトル、ポートランド、サンフランシスコ、ロサンゼルス、フェニックスは半径1,000キロ付近に位置する。 ※4イエローストーン火山の地道な観測は常時行われており、それによると、近年の群発地震、地表の隆起、地温の変化が報告されている。 |
■イエローストーン国立公園
ワイオミング州にある世界で最初の国立公園
Yellowstone National Park
http://www.nps.gov/yell/index.htm
■イエローストーン、噴火頻発の可能性
『ナショナルジオグラフィック』日本語版、2012年5月2日の記事
(2012年7月)
Reiichiro Kosugi 1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。 |
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