2012年12月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎
動物が目的で自然探訪を続けているわけではないけれど
撮った写真をこう並べてみると、行った先々で
随分いろんな生き物達と逢ったなと思う
▲秋の終わり、セントへレンズ山にて。山から麓へ降りるエルクの群れ
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北西部の写真道場
デジタル・カメラが日に日に進化し、高性能なカメラを携えて旅する人が増えた。メールしたりウェブサイトにアップしたり、撮った画像、映像を公開、共有する機会も随分多くなった。そうなると、見せる方も見る方も目が肥えてきて、有名観光地でVサインのありきたりの写真では物足りない。「うわぁ~、すごいね」「ねえ、これどこなの?」という写真が見たいし、見せたくなってくる。
北西部には、内陸の乾いた大平原から温帯雨林、氷河に火山、長大な海岸線に美しい多島海、大河に都会があり、全米で唯一無二の多様な風景を誇る。幸か不幸かそのことは対外的にあまり知られていない。つまり有名ではないゆえにオーバーユースにもならず、これらの原始景観は良い状態で守られてきている。こと日本では、21世紀になっても米北西部の自然が知られることはほとんどなく、日本人にとって未知の景色が広がる白地図のままだ。グランドキャニオンや、ナイアガラとはわけが違う。「へ~、アメリカにこんな所があるの?」未知と無知と新鮮は同根である。
ここの自然を写真で伝えるには苦労する。南西部の自然とは異なり、多様なそれぞれの原始景観の変化は繊細で奥も深いからだ。四季=雪や花、朝夕の太陽の高さ、天候=雨、雲や霧の色と形により、眼前の自然はその時々で全く違った顔を見せる。太陽が動けば青、蒼、紺に変わるクレーター・レイク。見る場所を少し動くだけで山の明るさが変わり、湿度と共に赤、紅、ピンクと色が変わるペインテッド・ヒルズ。同じ山の雨林ながら、谷をひとつ隔てるごとに装いを変えるオリンピック国立公園。いつ、どこを撮っても違う1枚の景色になる。
写真にこだわる人には、ずっと通っても究め尽くせぬ写真道場のような自然がここ北西部のあちこちにある。道場に流派があるように、それぞれの自然にはそれぞれのテーマ(樹、花、山、海……)がある。野生の生き物を見、それを撮るならアラスカのデナリ国立公園と、イエローストーン国立公園が最適だろう。海の生き物ならば東南アラスカのインサイド・パッセージか、サンファン諸島の海がお勧めだ。
▲動物を撮る時は1匹より2匹、2匹より数匹、運が良ければ群れで……。多くの動物は「群れ」でいることが自然の生態なので、できる限り複数でいるところを狙う
▲オリンピック国立公園ホウ・レインフォレストにて、ルーズベルト・エルク。動物の写真を撮る時は目が写るように。バックから浮き立たせる構図
ふたたび小手先の術の幾つか
動物の写真を撮る時の隊長の経験から得た術を、以下と写真のキャプション中で述べてみよう。
○動物の写真は群れ、目、動き
当たり前だが生き物は単体では存在しない。1匹よりつがい、複数、あるいは群れでいるのが自然で、絵にストーリーができる。動物はほとんどがその生息地の保護色なので、背景を工夫してどう際立たせるか考えて撮る。対象に絞り込んでバックをぼかすのも手だ。フォーカスするのは動物の目。瞳孔か目の光をはっきり撮れれば動物が活きてくる。動物=動く物なので、手足や羽根など動きがあればより面白いが、そこから先はプロの領域と心得る。実際の場面では、これらの条件が全部満たされることはまれだ。
○努力すべきひとつはロケハン
夜行性の動物もいるが、多くの野生生物が活発に動く時間帯は、朝夕(日の出、日の入り前後)である。また、その時間は日が斜めに射して景色もひときわ美しい。都会や街中のホテルに泊まっていては、それだけで機会を逸することになる。目的地の自然に近い場所、できればその中に泊まるメリットは十二分にある。
フィールドでは視界の端から端までの原生景観を眺め、風や水や鳥の声に耳を傾けよう。動物を探してキョロキョロする必要はない。遠くの景色を視野全体に収めるつもりで眺める。視界の中に動くものがあったり、周辺の景色と微妙に違ったり、陰があったりすると、それが動物であることがよくある。そういう経験を何回か積めば、次第にうまく動物を見つけられるようになってくる。
○これぞ小手先の技?
国立公園などでは、動物を見つけることもさることながら、動物を見つけた人(時に車)を見つけるほうがはるかに楽だ。実際の自然探訪では、そうやって動物を見ることが往々にしてある。自分(達)が先に動物を見つけた時も、周りの人に教えてあげよう。また、車での移動時に動物に遭遇することも多い。その時は同乗者全員の眼で探してもらうことになる。その際、動物がいる時の方角を示す言い方を決めておく。時計の文字盤を車に見立て、車の正面を12時、真右を3時、後方が6時、真左を9時とする。こんな具合だ。「あッ、エルク、2匹いる。2時半」。
○少し勉強する
訪れる自然にどんな野生生物が住んでいるのか、いないのか、事前に知っておこう。ガイドブック、ウェブサイトをざっと見る程度でいい。できれば簡単なポケットガイドのような図鑑を持って、どの動物がどういう場所(森、草原、水辺、岩場……)に生息して、何を主に食べているのか、冬眠するのか、渡り(南北、高低)をするのか、夜行性かどうかなどの生態や習性について少しでも知っていれば、より彼らと出合うチャンスが多くなる。国立公園などのビジター・センターのデスクには、いつ、どんな動物が公園のどこで見られたかの最新情報が集まっている。そこへ行けば、必ず見られるわけではないにせよ、大いに参考になる。
○トレイルからは外れない
動物に限らず景色を撮る時もそうだが、写真に夢中になり、より対象に近づいたり、構図のためにカメラを構える場所を変えたりする。が、トレイルからは決して外れないように。時に危険でもあるし、微妙な植生を壊すことになる。あくまでトレイルから撮れる行動範囲の中で撮影すること。
次回は無手勝流写真術奥義編
なぜ小手先編の次がいきなり奥義か。それこそ無手勝流で、ようするに隊長には伝えるべき中身=テクニック・理論が無いのである。よって精神論に逃げるしかない。そのさわり、かつ結論をここで言ってしまおう。それは、動物を撮ろうとする人にはすぐに判るはずで、「ほどほどで諦める」ことである。
例えば鳥ならハミング・バード、フクロウ、動物ならオオカミ、ウォルバリン(クズリ)ネコ科など、幸運にこれらの動物を見ることがあっても、それを写真に収めることは自然探訪とは全く別の次元に足を踏み入れることだ。動物写真の道は、それでひとつの厳しい「禅道場」なのである。
▲アラスカ中部にて。ハイウェイの真横の水面に飛来したトランペッター・スワン。1羽より2羽、しかも水面にも映っている。その構図といい、太陽を斜め後ろに背負っていることといい、撮影者には絶好のシャッター・チャンス。そういう構図の写真を撮れるということは、隊長にとってもシャッター・チャンス
▲ハクガン(Snow Goose)の群れ。初冬の南オレゴンにて。どこへ向うのだろうか?
▲人を撮る時と同様、動物の場合でも、できる限り目に焦点を合わせて撮ることで対象が生きてくる。アラスカ、デナリ国立公園のキツネ
▲多くの動物は生息地に似せた保護色の外観(毛、羽、皮膚の色)をしている。写真に収める時には、背景に空とか雪とかを持ってきて動物を際立たせるとよい。レニア山パラダイス上部の花畑にて、モルモット
▲イースタン・ワシントンの田舎で街外れの木に登ってしまったブラック・ベア。麻酔銃を打たれ木から降ろされるところ。こういう場面に出くわすことも、ひとつのシャッター・チャンス
▲シカは、最近は全米各地で生息数が増えてきている。日本でも同様のようだ。生き物の子供はどれも皆愛らしい。親子だとさらに画面にストーリーが加わる。オリンピック国立公園、ハリケーン・リッジにて
▲写真の極意を「絵を撮るな、光を撮れ」とプロのTVカメラマンから教わったことがある。立派ななりをしたバナナスラッグ(巨大ナメクジ)。光りを捉えることで写真で質感を伝える
(2012年12月)
Reiichiro Kosugi 1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。 |
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