2013年06月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎
ノースウエストの中のノースウエストカナダとの境近くに深い緑の幾百もの島々がある
その青く静かな海と青く高い空の間を時はゆったりと流れている
▲サンファン島の西岸にある、ライム・キルン・ポイント州立公園にて。この岸からホエール・ウォッチ(クジラ、シャチ、イルカ)ができる
国立公園と国定公園
19世紀、ピュージェット湾のその諸島の名をいただくサンファン島に、米・英両国はそれぞれの砦を築き、国立公園局はその史跡を歴史公園として管理してきた。
今年3月、オバマ大統領はサンファン諸島を国定公園とする法案にサイン。報道では約450の諸島、千エーカーが国定公園に指定、連邦土地管理局が管理するそうだ。
今回は、慣用的に「国立公園」「国定公園」と、日本でなじみのある呼び方を用いるが、英語では「National Park」と「National Monument」。直訳すると「国民公園」「国民記念物」だ。日本では、きっと〝国立〟が格上で、〝国定〟はそれに準ずると思われているが、それはあながちハズレではない。両公園の一番大きな違いは、その成立手順と言えよう。国立公園の制定には連邦議会の承認が必要だが、国定公園は内務省(国立公園局)の政令に大統領がサインすれば制定となる。いわばシェリフとポリスの違いみたいなものだ(前者は選挙で選ばれ後者は署長の任命)。
現在アメリカには58の国立公園と400あまりの国定公園がある。中でも国定公園(National Monument)は包括的な呼称で、個別にはNationalに続けて史跡(~Historic Monument)、火山(~Volcano)、河川(~River)、海岸(~Shore)、景勝地域(~Scenic)、保護地域(~Reserve)など、20近くに細分されている。
報道によると、今回のサンファン諸島の名称は、単に「Sun Juan Islands National Monument」とされている
アーキペラゴの魅力
サンファン諸島の成因と歴史については以前、小杉晶子小隊長がわかりやすく書いたので、興味のある方はそちらを読んでいただきたい(Information参照)。ひと言で言えば、最終氷期(2万年~1万数千年前)に北米大陸を覆っていたコルディエラ氷床が残した氷河地形だ。その魅力って何だろう?北米大陸の地図があるならピュージェット湾の周辺をじっと眺めてもらいたい。この群島は、地勢的にはバンクーバー島の南西端が沈水したものだと見て取れる。
南北を見るとサンファン諸島は北米西岸の真ん中3分の1を占める南北千キロのインサイド・パセージの南の一部をなしている。西にあるそのバンクーバー島と、その南のオリンピック半島が盾となり、この諸島と海の一帯を北太平洋の荒波と冬の荒天から守っている。それゆえ、この多島海はきわめて穏やかな内海なのだ。南西太平洋、スカンジナビア、地中海、カリブ海、北極海など、多島海(Archipelago)は世界各地にあり、それぞれ景勝地だが、穏やかな内海の多島海はぐっと少ない。エーゲ海、瀬戸内海、インサイド・パセージ位だろうか?さらに中緯度帯の針葉樹林帯の深緑が景色をキリッと引き締めている。北過ぎず、南過ぎない米西岸独特の雰囲気がある。インサイド・パセージに世界中のクルーズ船が何百隻もやって来るわけだ
氷河州と火山州
北西部に話を戻す。気候も植生も似ているので、ワシントン州とオレゴン州を「ノースウエスト」と私達はひと言で呼ぶ。が、例えば海岸線を見ればわかるが、2州の自然景観のでき方は違う。
ワシントン州の海岸は複雑に入り組み、大小さまざまな山がある。かたやオレゴン州の海岸は、のっぺりと太平洋に面している。乱暴に言えば、ワシントン州は氷河が造り、オレゴン州は火山が造った地勢である。もちろんワシントン州にも火山はたくさんあるが、それぞれに氷河を連ねる。最後の氷河期には、ワシントン州の南端はオリンピアの辺りまで氷で覆われていた。湖や海岸線に氷河が刻んだ地形が残っている。
一方、オレゴン州の山にも氷河はあるが、南ゆえに小さい。氷河期にも跡を残していない。むしろ溶岩原、ビュートなど火山によって作られた地形が目立つ。そしてオレゴン州にはサンファン諸島のようなワシントン州の多様な海の景観は無い。
シアトル=ドーナツ論
今や3つの国立公園(オリンピック、レニア山、ノースカスケード)、3つの国定公園(セントへレンズ、ハンフォードリーチ、サンファン諸島)に、シアトルから1日圏内で行ける。雨林、氷河、多島海、火山、大河、高峰とこれほど自然景観に恵まれた都市はない。だのに日本から訪れる観光客は、「シアトルってスペースニードルとスタバとパイクプレイスを廻ったらあとは見る所が無い」。彼らに隊長はこう応える。「ドーナツの穴を食べに来たの?無いのは見所でなく、あなたの滞在時間です」。 当地に住む私たちは幸運だ。季節を選び、人混みを避け、天気を見極めて自然景観訪ねられる。それは「行く旅」というより「過ごす旅」「何かをする旅」の形だろう。
▲サンファン諸島に限らず、ピュージェット湾とインサイド・パセージの各海で、たくさんのホエール・ウォッチ・ボートが運航されている
▲オルカス島のコンスティテューション山(Mt.Constiotution)。山頂にある石造りの展望台からの眺めはサンファン諸島随一
▲右写真の展望台からの眺め。あざやかな青と緑のコントラストに言葉を失う
▲フィダルゴ島とウィッツビー島の海峡、ディセプション・パス。両島は州道で結ばれ、両岸は州立公園になっている
▲サンファン島でのカヤッキング。対岸の島影はバンクーバー島
▲サンファン諸島を結ぶワシントン州営フェリー。公共交通だが、その世界級の美しい内海の航路は、言わばプチクルーズ
■ワシントン州営フェリー
サンファン諸島を訪れるには必須の交通手段、ワシントン州交通局のウェブサイト。運航ルート、スケジュール、運賃、運航状況など、必要な情報総てを提供している
www.wsdot.wa.gov/ferries/
■サンファン諸島国定歴史公園
国立公園局の公式サイト。今のところサンファン島のみの記述だが、今後リニューアルすると思われる
www.nps.gov/sajh/
■「サンファン諸島で早めキャンプの旅」
サンファン島でのキャンプと自然について紹介した『ゆうマガ』08年5月号掲載記事
www.youmaga.com/odekake/eco/2008_05.php
(2013年6月)
Reiichiro Kosugi 54年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、77年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て88年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。国立公園や自然公園のエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱する。 |
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