2013年09月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎
太古の深い森と美しい内海に囲まれる東南アラスカ
インサイド・パセージには小さな街々が点在している
人々のささやかな営みも遺物も自然と時代の波に洗われつつ
▲暮れなずむシトカ。かつて「太平洋のパリ」とうたわれたこぢんまりとした美しい街
一つ一つの世界
アラスカには73万の人が日本の4倍の土地に散らばっている。アメリカの一州と言うより、アラスカという一つの世界だ。それを「広大な田舎」とは呼べない。どんなに人口が少なくとも、人々が集まって住む所の対人関係は「村」でなくあくまで「街」のそれだからだ。アラスカはどこであれ自然も経済も環境は厳しい。それぞれの土地に、先住民、移ってきた人、その子らが集まって「街」を作っている。どの街にもそれぞれの歴史があり、どの街もが自然(海、森、山)で隔絶されたそれぞれ一つの小世界だ。東南アラスカもそうである。
今回の旅で訪れたインサイド・パセージの街は、どこもが隔絶された港町だ。深い広大な森、氷河、絶壁、海でそれぞれの街は隔てられている。街をつなぐ道がないのだ。人の出入りも物流も主な交通手段は飛行機か船しかない
クルーズ船観光経済
その一つ一つの隔絶した世界であるはずのインサイド・パセージが、たくさんの船と人との訪問によって結ばれ、ある意味均質化してきた。大きな変化要素はクルーズだ。
5月から9月の夏のあいだ、このインサイド・パセージに延べ数百隻ものクルーズ船が集まり世界中から何十万人もの人々が訪れる。それはブームとかではなく、ここが折り紙付きの世界第一級の自然景観と認められたからであることは間違いない。もはや、良きにつけ悪しきにつけ「クルーズ船観光経済」抜きには現代の東南アラスカの街は成り立っていかないし、語れないだろう。
中米コスタリカはその豊かな自然を訪れるエコツーリズムが国の基幹産業だ。今の夏の東南アラスカにも当てはまる面がある。複雑に入り組んだ水路、水道、たくさんの島々、原生林、氷河、海と陸の野生生物たち、一つ一つの街、風土と人文…すべてがかけがえのない、失くしてはいけない資源であろう。
インサイド・パセージ
今回の旅の主眼、インサイド・パセージの景観は素晴しいの一語に尽きる。内海が続き、海面は静かで滑らかだ。船の近くにクジラが泳ぎ、イルカが競走を仕掛けてくる。フェリーは時に広いサウンド(=湾)を走り、そして狭隘なナロウズ(=水路)を抜ける。その変化はどれだけ見ていても飽きない。晴れの日は青い空に氷河を頂いた白い峰々が美しい。悪天候の日でも霧の中に見え隠れする陸地の木々や岩の岸には墨絵のような風情がある。北に向うにつれ、植生(木)の丈がゆっくりゆっくり低くなり、森林限界も雪線も次第に降りてきて、船が高緯度に向かっていることを感じた。
隊長の見た各街の寸評
今回の旅で訪れたインサイド・パセージの街をクルーズ船観光経済の見方も交えて南から順に点描してみよう。なお、人口は2010年アメリカ国勢調査による。
■ ケチカン(8050人)
アラスカの最南端の街で、温暖で雨が多い。まるで米北西部の一角かと思える風土だが、深い森で隔絶された一つの世界、やはりアラスカの街だ。ダウンタウンのクルーズ船向け観光、商業のにぎやかさ(というよりケバさ)にはとまどってしまった。街外れのトーテムポール、古い缶詰工場などが興味深い。
■ ピータースバーグ(2998人)
南からはインサイド・パセージ航路一番の難所、かつ名所のランゲルナロウズを抜けてこの港に入る。古くから漁業と水産の街。街と人々の佇まいの素朴さは、ここにはクルーズ船が寄港しないからだろう。
■ ジュノー(313000人)
アラスカの州都であり小さくも都会の一面を持っている。それでいて家から数分で海と山の大自然に入っていける。ゴリッと手ごわいハイキングコースがたくさんある。いったいジュノーって広いのか狭いのかわからなくなってくる。この街はインサイド・パセージの中心に位置しクルーズ船のハブ港となっている。6隻もの大型船が出入りする日もあり、街は大いに賑わう。
■ ガステイバス(435人)
グレイシャーベイ国立公園の玄関口。アラスカ全体がそうだが、ここもある意味限界集落。公園内(湾内)へのクルーズ船の入航は一日一隻まで。船はガステイバスに寄らず一日かけて湾内を一周する。
■ シトカ(8800人)
19世紀、ロシアがアラスカを支配していた時代の首都で現在もロシア正教の影響が街のそこかしこに残っている。しっとりと美しい街に心が落ち着く。長居したい街だ。漁業、観光、学校(大学、高校)地域の総合病院などの仕事が多い。港は小さく、クルーズ船は沖泊めされ乗客はボートで街に上る。入港船数は週に3~5隻。
■ へインズ(1713人)
世界で最も美しい街かもしれない。静かで落ち着いた風情の街。クルーズ船は週に1、2隻の入港。
■ スキャグウェイ(920人)
インサイド・パセージの北端にあり多くのクルーズ船はここで折り返す。アラスカのゴールドラッシュ時代を街全体で最もよく再現している。この街を起点とするホワイトパス&ユーコンルート鉄道と共に観光地として夏中賑わっている。
隊長のつぶやき
クルーズ船は多くの観光客を各港街に降ろし=お金も落としていく。当然、ストレスも落としていくのである。現地への功罪は計り知れないものがある。また、インサイド・パセージの旅のしかたの面ではクルーズは主流ではあるが、一つの方法でしかない。そこにもまた功罪相半ばするものがある。これらについては別に稿を改めて隊長の考えを書きたい。
▲ジュノーの夕景。入れ代わり立ち代わりクルーズ船が寄航するインサイド・パセージのハブ港
▲街全体がクロンダイクゴールドラッシュのミュージアムと化している。クルーズ最盛期には街の人口の数倍の人でにぎわう
▲5月下旬の午後9時頃、埠頭よりヘインズの街の中心部を望む。それにしても落ち着いた美しい街だ。街の人々は夕食の後、三三五五カヤックでリン・カネルに散歩?に漕ぎ出したりしている
▲スキャグウェイの街を沖から眺める。インサイド・パセージの北端にあたる。ゴールドラッシュ当時の街(現在の街より西に位置した)はもう跡形もない
▲ピータースバーグにて。毎年5月中旬に行われるリトル・ノルウェイ・フェスティバルで、バイキングの民族衣装で盛装した街の人たち
▲それはそれはそれは美しいリン・カナル(水道)と氷河を頂いた山々に挟まれたヘインズの街
■エコキャラバンFacebook
この夏のインサイド・パセージの旅で撮った写真と動画の紹介
www.facebook.com/Ecocaravan
■アラスカ州観光協会ウェブサイト
アラスカの地域情報やトラベルガイドが掲載された日本語ウェブサイト
www.travelalaska.jp
■ホワイトパス&ユーコンルート鉄道
スキャグウェイとカナダのユーコンを結ぶ観光鉄道。絶景の中を特別客車や蒸気機関車が走る
www.wpyr.com
(2013年9月)
Reiichiro Kosugi 54年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、77年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て88年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。国立公園や自然公園のエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱する。 |
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