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インサイド・パセージ「クルーズ」やぶにらみ

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2014年01月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

クルーズと聞いて「贅沢な旅」と思う人は、
少し古い日本の考えをまだ引きずっている。
クルーズ船の旅はアメリカではすでに大衆のものだ。
インサイド・パセージはカリブ海、地中海と並び
風光明媚なクルーズとして近年世界中の人々が集まる

アラスカクルーズの北の折り返し港スキャグウェイ
▲アラスカクルーズの北の折り返し港スキャグウェイには、夏の間たくさんの船と人が集まる

やぶにらみ=お断り

最初にお断りする。隊長はクルーズ船には乗ったことがないしクルーズ旅行もしていない。が、アラスカへの旅ーことにインサイド・パセージの旅ーで訪れるルートには、いつもクルーズの船影があり多くのクルーズ客と出会った。エリアはもっぱらアラスカ・クルーズ、特に東南アラスカ(≒インサイド・パセージ)である。だからこの「クルーズ」考の一文は隊長の独断の「外から見たクルーズ」考(=やぶにらみ)である。

クルーズの人気

2013年の5~9月、夏の5カ月間でシアトルを発着したアラスカ・クルーズ船は延べ185隻だった。1500~4000人/船の乗客数ゆえ1隻あたり2000人と試算すると昨夏ざっと37万人あまりの人々がシアトルから東南アラスカに行った見当だ。空港、港の利用、宿泊、観光、買物など、一人当たり300ドルを使うとすると直接にざっと111億円あまりの消費となる。間接的効果も考えると相当な経済の恩恵をシアトルにもたらしている。

クルーズ船はバンクーバーBCからも、ほぼ倍の船数が発着するし、なにより目的地の東南アラスカの街々、ケチカン、ジュノー、シトカ、スキャグウェイなどにとっては、もはやそれなしには立ち行かない「クルーズ船経済」が出来上がっている。

アラスカ・クルーズには、ほぼアメリカ全土から老若男女がやって来る。最近は東アジア、インドからの人が増え、中南米、ヨーロッパ、ロシアから来る人も多い。もちろん日本からも。

東南アラスカにはそれだけ世界中の人々を魅了する素晴しい原始景観が広がることは間違いない。が、それだけではない。

近年クルーズが大衆化している背景には、なんといっても旅行費用が安くなったことがある。一週間の高級ホテル並みの宿泊と全ての食事、なにより荷物を持たなくて済む全行程の移動、船内の数々の設備とアトラクション、サービスなどを考えると500ドル~の費用は、はっきり言って格安だ。

荷物、移動、泊まり、交通機関のことや、運転など一切気にしなくていい。お手軽で気楽である。バーで飲んで部屋に戻りベッドにもぐれば翌朝には次の目的地に着いている。一切の旅の苦労と無縁の楽な旅が安全、安心、便利、格安でできるのである。

大は小を兼ね…られず

しかし、Travel=Troubleである。根があまのじゃくな隊長は、本当のTravelがしたいので、クルーズ旅行には興味がなかった。それぞれの地の宿や人々との出会いも魅力だが、一つだけもっと具体的な理由を挙げると「旅の船は小さいほどいい」というのが隊長の船旅の経験則である。

肉眼で陸の山羊やクマ、クジラ、ラッコ、アザラシ、トドなどの声を聴き、姿を眼近に見られる感動は、大型船では絶対に得られないものだ。"Look! 2 O’clock! Bears" の一声に船が回り、引き返し、停まり、機関を止め静寂のうちに動物達の足音や水音、鳴声や息づかいまで感じられることは無上の楽しみだ。氷河の崩落も大きなうねりと共に感じる。

船が小さいことはもう一つ大きな役得がある。それは氷河や太古の森など東南アラスカの景勝の一つ、狭あいな水路、ナロウズ(Narrows)を船が通ることである。ことにランゲル・ナロウズ、シトカ・ナロウズの次々と眼前の景色が新しく開け移り変って行く様には時間の経つのを忘れてしまう。インサイド・パセージの真髄だと思う。

道具としてのクルーズ

ここで隊長は手段としてのクルーズを提案したい。まず、未知の地の概論実習としてはうってつけだ。次には、ピンポイントで下船地のエッセンスを楽しむことだ。そのためには、現地のオプショナルツアーや移動手段をうまく使い、しっかり歩くつもりで降りる。ここぞという見所ではボート、飛行機やヘリも選択肢に加える。入念な下調べが大事だが、それはむしろ旅の楽しみだろう。

もう一つは、じっくり写真を撮る機会としての乗船だ。しっかりした三脚、長いズームとワイドレンズ。夜は船室でその日のうちに選別、加工、発信できる。

あるいは、この機会とばかり日頃読みたかった本を持ち込んで読書三昧もいい。

ただしあれもこれもと欲張らないことだ。そして一回行っただけでその地を知った気にならずに何度でも行くことをすすめる。

手段としてのクルーズの究極は、これを移動の枠組みと考え、ジュノーやシトカなど泊まってゆっくりしたい街で船を降り(離団して)自分の旅を始めることだ。帰りの片道をフェリーか飛行機に乗るわけである。

自分の旅行観に合った旅こそいい旅である。旅の主役は自分なのだ。

 

クルーズ船
▲カリブ海へ向けてマイアミを出航するクルーズ船。1船に2000~3000人の乗客が乗る
ベリングハムからインサイド・パセージに向うアラスカ州営フェリー
▲ベリングハムからインサイド・パセージに向うアラスカ州営フェリー。2624トン、全長107メートル、全幅22.6メートル、乗客数370人。狭あいな水路ナロウズを通れる最大幅の船
シトカ・ナロウズを行く州営フェリー
▲シトカ・ナロウズを行く州営フェリー。最狭部では民家の犬の声が聞こえ、両岸の人とキャッチボールができるほど岸に迫りながら進む
グレイシャーベイ国立公園の最奥部マージェリー氷河前面の海
▲グレイシャーベイ国立公園の最奥部マージェリー氷河前面の海で、停泊中のクルーズ船を国立公園局のデイツアー船のデッキより見る


グレイシャーベイのツアー
▲グレイシャーベイのツアーは、軽快で揺れに強いカタマラン船に国立公園レンジャーが乗り組んで行なわれる。定員150人だが1人でも実施 
スキャグウェイの埠頭にて
▲スキャグウェイの埠頭にて。左はフェリー、右にクルーズ船が2隻停泊中。右の船は93,530トン、全長294m、全幅32.31m、乗客数2300人

Information

クルーズ各社
大型船
Holland Americawww.hollandamerica.com
Carnival Cruise Line www.carnival.com
Princess Cruiseswww.princess.com
Celebrity Cruiseswww.celebritycruises.com
Norwegian Cruiseswww.ncl.com
Royal Caribbeanwww.royalcaribbean.com
Oceania Cruiseswww.oceaniacruises.com

中型船
AdventureSmith Explorations
www.adventuresmithexplorations.com

■アラスカ州営フェリー
アラスカ州営フェリーのウェブサイト。総延長3500マイルに及ぶ営業航路の全ての情報が得られる
www.dot.state.ak.us/amhs/index.shtm

■グレイシャーベイ国立公園のボートツアー
隊長推薦のNPSによる現地ボートツアー
www.nps.gov/glba/planyourvisit/tour.htm

(2014年1月)

Reiichiro Kosugi
54年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、77年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て88年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。国立公園や自然公園のエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱する。