2014年03月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎
2億年なんて凡人には実感できない。
だが2億年前の木そのままの形と色と質感を「いま」見ている。
触ってみる。重さ、硬さ、感触はまさしく石そのもの。
見ているものは2億年前、触れているのは今。
ちょっと不思議な思いがする
▲氾濫原に倒木が集まった。森というより貯木場のような景観だったのだろう。火山灰の層が幾重にも重なる
翠玉白菜と化石の森
中国彫刻の秀作「翠玉白菜」を故宮博物院で見たことがある。石を刻む技と写実の美しさに、こんなことまでできるんだ!と驚いた。それに近い感動をしたのが化石の森国立公園を訪れた時だった。「自然の造形の妙」「事実は小説より奇なり」とも言う。自然は、「こんなものまで作るんだ!」という驚きを私たちに見せてくれる。
実際、北西部の自然を訪ね歩いているとさまざまな景色に心を揺すられる。大きなものはオーロラのページェントや広大で荘厳な巨木林。さらに宇宙的なクレーターレイクの青色、ペインテッドヒルズの自然の抽象画など枚挙するに事欠かない。
だが、広い大きいばかりが素晴らしいわけではない。「神はディテールに宿る」という真理もある。「翠玉白菜」は父子孫の三代の職人に引き継がれてできたと現地の人が話してくれた。確かにそのディテールに並々ならぬ執念というか神懸っているものが感じられる。
一方、自然という広大な工房が作ったこの化石の森にあっては木の節の一つ、樹皮のひだのひと筋ひと筋まで神のディテールワークが見られる。「神」とは2億年の時間と地球の変化、すなわち自然と言い換えていいだろう
化石の森国立公園
「グランドサークル」とはユタ・アリゾナ州境にあるパウエル湖(Lake Powell)を中心とした直径約300マイルの円(サークル)を指す。米南西部の名だたる10の国立公園、16の国定公園、19のその他自然公園をカバーする、いわばアメリカの国立公園のメッカだ。アリゾナ州にある化石の森国立公園(Petrified Forest National Park)、このサークルのほぼ南端にある。
昨今、日本の観光客が訪れる三大人気の観光地ラスベガス、セドナ、グランドキャニオンからは東に遠く離れているため、日本から訪れる人は少ない。だが、同じグランドサークル東部の国立公園群メサベルデ、キャニオンディシェイ、アリゾナ大隕石孔とこの国立公園は通好みの渋い魅力の公園である。
園内にはブルーメサ(Blue Mesa)、ペインテッド・デザート(Painted Desert)などさまざまな地層が配置され、プエルコ先住民遺跡(Puerco Indian Ruin)や岩絵(Petroglyph)などの先住民文化も今に残す。
そしてクリスタルフォレスト(Crystal Forest)をはじめとする、おびただしい珪化木(木の姿をした石)の森、つまり化石の森が広がっている。なお、「森(forest)」と呼ばれるのは(珪化)木がたくさん集まっている場所のニックネームであり、実際に森そのものが化石化しているわけではない。
世界で珪化木が見られる場所は多くあるが、広さも化石のバリエーションもこの公園が最大である。地球上で最もファンタジックな景観の一つといえるだろう。
プレスリー世代に根強い人気のあるルート66はこの公園を東西に横断している。
木が石に変わる時間
46億年の地球の歴史で見ると、この化石の森ができた正確な年代、2億2500万年前は比較的「最近」と言える。三畳紀と呼ばれる中生代の頃だ。この時代は激しい火山活動、気候変動、すい星や小惑星の衝突など地球環境が激変した。哺乳類や最初の恐竜などの新しい生物が現れたのがこの時代だ。地球には大きな一つのパンゲア大陸があり、それ以外は海だった。今のアリゾナあたりの陸地はその当時の赤道付近に位置していた。
当時は熱帯性の気候で、その後絶滅した南洋スギや松、ソテツ、イチョウなどの直径3m、樹高60mにおよぶ大木が茂っていた。寿命や風水害などで倒れた木の幹の一部は川の流れに入り、次第に最も低い水位の地に集まってくる。地上の他の有機物と同様、大部分の木は腐敗、分解して消えた。
だが偶然、この低い氾濫原一帯に積み重なった分解前の樹木の上に、当時その西にあったとされる火山からの噴煙、火山灰を含む大量の土砂流が覆いかぶさった。深く埋まった木々は酸素の供給を断たれ、腐敗することなく、かつ強い圧力が加わった。
やがて火山灰から水に溶け入った二酸化珪酸(SiO2)が、強い水圧に浸された木の細胞の中に染み入り、次第に結晶化する。何千年という気の遠くなるような長い時間をかけて木が石に置き換わり、珪化木になる。その際、珪酸以外の鉄やマンガンの鉱物は珪化木にカラフルな色合いを与えた。
この地一帯は今から約6000万年前に隆起し始め、コロラド高原の一部となる。地殻変動と水による浸蝕が繰り返され、地中深くにあったこれらの珪化木が次第に地表に姿を現してきた。
地表に出てきた珪化木の大部分は、地震や隆起、浸蝕による直下の地面の変化に耐え切れず自重によりまずヒビが入り、隙間に入った水が凍結し、現在見られるような輪切り状に割れていった。(後編に続く)
▲地中深く、何千万年もの時間を経て、これらの丸太はしだいに石化していった
▲外形と樹皮はみごとに木の質感を保っている。石英が結晶している。硬く、重い
▲億年前この場所は赤道付近だった。四季はなく、そのため年輪もない。内部はクォーツと呼ばれる石英と珪素で満たされている
▲近代には商業用としてダイナマイトで粉砕され持ち出されていった。今は草原一面に広がるその残骸
▲化石の森国立公園(Petrified Forest National Park)内のトレイルを歩く。木は一本も生えておらず、目に入る丸太はすべてが木の化石
▲公園のほぼ中央に広がるブルーメサ(Blue Mesa=青い丘)。火山灰が幾層にも降り積もって独特の青い灰色の地層ができた
■化石の森国立公園(Petrified Forest National Park)
アリゾナ州北東部に位置する世界最大級の珪化木の集積地
www.nps.gov/pefo/index.htm
■ペインテッド・デザート・イン(Painted Desert Inn)
化石の森公園内にある1930年以前に建てられたロッジ。現在は、先住民の工芸品の展示や、書店として機能している
www.nps.gov/pefo/historyculture/pdi.htm
■グランド・サークル・アソシエーション
グランド・サークルの国立公園や国定公園の情報を総合的に網羅したサイト
www.grandcircle.org
(2014年3月)
Reiichiro Kosugi 54年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、77年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て88年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。国立公園や自然公園のエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱する。 |
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