2014年12月号掲載 / 文・写真/小杉礼一郎
火山と氷河、紺碧の湖、鬱蒼たる雨林、天を衝く巨木林
北西部の多様で広大な原生自然の前では息を忘れる
時に巨大な人造物を目の当たりにし
感嘆することも多い
自然も人間も知るほどに深く面白く
自然探訪の旅は果てなく続く
▲1977年に作られた約1280kmのアラスカパイプライン。北極海から極北のツンドラ帯を通りアラスカ湾まで原油を送り続けている
「畏れ」というたしなみ
夜の長いこの時季、ふと己の来し方をつれづれに思い返すことが誰にもあると思う。そんなとき、旅の途上ではただ目に入っただけの物事や、漠然とした印象が、ある歳月を経ると結晶したようにはっきりした姿かたちをとるようになることがある。隊長が心動かされたそんな旅の想い出を心に浮かぶまま、ここに、のちのワンコメントとして書き出してみる。
・1975年夏、隊長はバーミアンの石仏の頭に立っていた。2001年春、タリバンは戦車砲でそれを撃ち壊した。 →歴史と宗教の中に自分の立ち位置を考えるきっかけとなった。
・シアトルの埠頭では10万トン超えの巨大クルーズ船がそびえるように見上げられた。同じ船が、アラスカ州グレイシャーベイではまるで波間に漂う柳葉の一枚というふうに小さく見えた。 →自分の目の縮尺なんてあてにならない。いかに自然は大きいか。
・フロリダのケネディ宇宙センターでサターンロケットを目近に見たとき。 →アメリカのフロンティア・スピリットをまじまじと感じた。
・子どもの頃からずっと憧れだったオーロラを初めて見たのは五十の秋、アラスカ、無人の湖畔でただ一人で呆けたように眺めていた。 →宇宙の岸辺に立ち打ち寄せる波を見たと思った。
・ゲティスバーグ最大の激戦地である小さな丘(駆け下りれば十数秒か?)に一人立ち下を見おろした。下に降りおびただしい兵士の血で赤くなったというクリークを見、ふり返って丘を見上げたとき。 →歴史と戦争という「もの」と「こと」が実感を伴って思われた。
・北極海プルドーベイの荒涼とした油田地帯に立ち並ぶ油井を見たとき。 →アメリカの現代文明社会の舞台裏を見た。
・オリンピアの州議会議事堂へは何度も訪れた。重厚な建物に込められ
た当時の州民の思いがひしひしと伝わる。 →「United States」の意味がストンとほぞおちした。
・はるかにかすむ地平線まで広がる北極圏の大地の紅葉を見たとき。このときも一人きり、何分もため息しか出なかった。 →天国に行ってもこれほど美しい素晴らしい景色は見られないと今も思っている。それは「有り」+「難い」という忠実にその字義通りの幸運だった。「ありがたい。ありがとう」が、心の底から分かった。
・インサイドパセージの別格の美しさ。茫漠、豪奢、静寂、幽玄、寂寥、爽快さまざまな形容が当てはまり、どの時もそれが無限に広がっていること。 →地球を旅する歓びを感じる。
「リアル」の迫力は、時にひっそり時に激しく心の琴線を鳴らす。自然の姿、天然の造形だけでない。人間が自然に働きかける、あるいは人間が人間に働きかける営為にも心動かされる。そんなとき通奏低音のようなある種の感覚がある。非日常なだけではない、人が自然に真っ向から挑むときのなにか特別の雰囲気。それは太古から悠久の未来まで時を貫いて人知を超えるものへの「畏れ」なのだろう。いつの時代であろうと人間のたしなみとして忘れてはならないことだと、隊長は思う。
掲載終了にあたり
はじめて隊長が北西部を訪れた80年代、このエリアは日本でまったく知られてない白地図状態で、わずかな観光案内だけが日本語の現地情報だった。だから「米北西部の自然の素晴らしさを、写真と文で現地と日本の人々に伝えたい」の一念で書いてきた。隊長の不得手な分野は、小隊長小杉晶子さんに補ってもらった。いまだ道半ばだが、12年なりの情報のアーカイブができたと思う。この記事を書くことで私は自然や人文社会の多く(動植物地理地学天文海洋歴史文化…)を学んだ。個々の分野の知識を得たというよりは日本の10倍の面積を持つNorthwest Nature CollegeというキャンパスでLiberal Artを修めたような思いである。各地に出掛け多くの人々と出会った。辛い別れもあった。自分の足で調べ、学ぶ機会があり、探訪しながら何かに導かれていたように思う。自然が隊長の指導教授であった。シアルス学(酋)長の語る「…地球は人間のものではない、人間が地球のものなのだ。…全てのものごとはつながっているのだ」という意味が今は分かる。「時の流れ」「内なる自然」ということも学んだ。
先日、隊長は還暦を迎え、今後の己が人生の時間の選択と集中を考えた。
どうにか実用に足るアーカイブを作った今、軸足を実践へと移し、より多くの人に「実際に」北西部の自然を訪れ、触れてもらおうと思っている。目下Ecocaravanのウェブサイトを再構築しており、今後ウェブ展開を軸に、各スタイルのEcocaravanツアーを行っていく予定である。
皆さんありがとう。さようなら。またノースウエストのどこかで会いましょう(隊長)
▲フーバーダム(アリゾナ、ネバダ州境)。巨大構造物が西部住民数千万人の生存と生活と産業を支えている
▲イエローストーン国立公園の地下には超巨大なマグマ溜りがあり、約60万年周期で大噴火してきた。最後の噴火から既に64万年
▲青森県三沢港のドックは2011年3月東北を襲った津波で流され、太平洋を渡りオレゴン州岸に漂着した
▲紺碧の湖面を100年以上も漂っている天然の茶柱「The Old man of the lake」は見た人に幸運が訪れるという。隊長は27年通いやっと見ることができた
▲ ワシントン州コロンビア川中流域にあるドライフォールズは地球史上最大級の川。ナイアガラの5倍規模の滝の前に立ち、氷河期に想いを巡らす
▲ グランクーリーダム(ワシントン州)。言葉にならない迫力
今月号をもって「エコキャラバン 隊長と行くノースウエスト自然探訪」の連載は終了します。
12年余の間の多くの読者の皆さん、「ゆうマガ」時代からの歴代編集担当の方々、共に執筆していただいた小杉晶子さん、取材に応じて頂いた北西部の各地各方面の大勢の方々、そして執筆時、写真の選定など、理解とサポートしてくれた妻と子どもたちにお礼を申し上げます。長い間、本当にありがとうございました。
「自然探訪」は私のライフワークです。「下書きノート」の紹介したいエリア、書きたいテーマは増え続けております。これからの探訪の旅で得る新しい知見はWeb上で引き続き情報発信していく考えです。
読者の皆さん、『Lighthouse』の皆さんとは各地、各場面で今後ともお目にかかる機会が多くあると思われます。有り難い「隊長」の名は返上せず、今後ともお付き合い頂ければ幸いです。
(2014年12月)
Reiichiro Kosugi 54年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、77年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て88年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。国立公園や自然公園のエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱する。 |
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