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オレゴン・デューンで生態学と非日常空間を体験

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2003年10月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

北米最大の砂丘ながら、注目されることが少ない『オレゴン・デューン』。
植物と地勢のたゆまざるせめぎ合いを目の当たりにできて、生態学を学ぶのに適した実例が揃うこの地に
足を踏み出せば、そこにあるのは砂と空だけ。今回はそんな異次元空間にご招待。


▲砂丘から、はるか先に広がる海を望む


雨林を抜けて

I-101は西海岸をほぼ南北になぞるように通っている。ある日の、オレゴン・コーストをフローレンスから南に向かうキャラバン車中の会話。
「砂丘。見ていきますか?」
「え、砂丘があるんですか?」
「あるんです。 でかいやつ」
ハイウェイ沿いのトレイル・ヘッドに車を停め、西へ、つまり海へ向かって歩き出す。
ダグラス・ファー(米松)と下生えのツツジなどの潅木も苔蒸している。シトカス・プルース(トウヒ)も交じり、奥深い立派な森林だ。トレイルの途中に鬱蒼とした雰囲気の湖沼、リリー池(Lily Pond)があり、コースト雨林の景観が続く。
「砂丘って 遠いんですか?」
「もう、この下の地面は砂丘ですよ。 いえ砂丘でした」
たしかに道の段差の所々に砂地が見えている。 表土の厚さは1フィート程だ。
「……」
失望と戸惑いのキャラバン参加者達とさらに数分トレイルを進む。イール・クリーク・キャンプ場(Eel Creek Campground)を過ぎ、木がどんどん低くなってきて、やがて目の前に大きな砂の斜面が広がる。
「あ。……うわぁー、あー、これかー」
我々はインタープリティブ・ループ・トレイル(Interpretive Loop Trail)を通り、アンプカ・デューンズ・トレイル(Umpqua Dunes Trail)に着いたのだった。


▲さまざまに変わる風紋と共に、自分の足跡も残してみては?


砂丘の成立と植物遷移

オレゴン・デューン・レクリエーション・エリア(Oregon Dunes National Recreation Area)はオレゴン・コーストの中央、フローレンスから南のクース・ベイに至る南北56マイル(90キロ)の砂丘地帯だ。海岸砂丘では北米最大級で、幅の広いところは2.5マイル(4キロ)あり、面積は3,200エーカーと鳥取砂丘の約20倍の広さがある。

西端は太平洋岸だが、砂丘の高さは平均76メートル、最大で150メートルもある。アンプカ川(Umpqa River)が百万年以上にわたってコースト山脈から削り出し、運んできた砂の堆積が、波と海流、風の作用によって、現在のこのような広い砂丘の連なりとなっている。

夏、この地に北西から吹く風は、冬は南西からに変わり多量の雨をもたらす。この雨のため、北西部のほかのコースト地域と同じく、温帯雨林の豊かな緑も育まれる。オレゴン・デューンは、有史以前から砂と緑がそれぞれの領分を取り合ってきている最前線でもあるのだ。堆積した砂地は風により表面が絶えず移動して、容易に植物を根付かせない。しかし、“パイオニア(先駆種)”と呼ばれる地下茎で伸びる茅の種類の植物がいったん根のネットワークを広げると、砂が固定されて次のステージ(植物相)の植物の種が落下発芽するための初期の土壌を作る。土壌の層ができるとアルダー(ハンノキ)などの潅木類が入り始め、それらが空気中の窒素を葉や根に取り込んで土壌層を厚くする。潅木の林ができ上がり、やがて森林の生態サイクルが安定した状態である“極相”を形成する陰樹、ここではダグラス・ファーやスプルースの針葉樹が伸びてくる。

砂浜はどんどん沖合いへ堆積を重ね、植生はそれを追い掛けて被さっていく。あるいは風が変わり、昨日までの林をしだいに砂丘が飲み込んでいく。

孤絶した空間

砂丘地帯に入ってみよう。ここから波打ち際までは往復5マイル(約8キロ)の砂地の中を歩くことになる。所要時間は最低でも3時間はみておきたい。海に向かうにつれ、草木が1本もなくなってくる。遠くにすら人工物も動植物も山も何も見えない。砂丘を吹き渡る風のほか、見えるのは360度、砂と空だけ。そうなって初めて人間は、日常の感覚がいろんな物で支えられていることがわかる。今、目の前にあるひとつの砂丘(小山)がいったいどれだけ高いのか、どれだけ遠いのか、あるいは近いのか? これを越すのに1分かかるのか、10分要するのか、それとももっとかかるのか、ぜんぜんわからなくなってくる。自分が小さいのか、大きいのか、砂丘が小さいのか、大きいのか、行っても行っても連綿と続く砂の山ばかり。はたして海までたどり着けるのか、もと来た道へ引き返せるのか、大きな円を描いてグルグル回っているだけではないのか、だんだん自信がなくなってくる。

「宇宙空間に出た宇宙飛行士は、これに近い心もとなさを感じるのではないかしら?」
ふと、そんなことを思ったりする。 北米のほかの砂丘──ホワイト・サンズ、デスバレーなど各地のデューンでも遠くに山や林が見えたり、植生が所々に入っていたりする。きっぱりと“砂と空と自分のみ”というオレゴン・デューンだけの非日常な空間は、実際にここに来て体験してみなければわからないだろう。テーマ・パークのバーチャル・リアリティーが足元にも及ばぬ異次元空間の感覚だ。


▲広い砂丘をバギーで走り回ろう!


■オレゴン・デューンス・レクリエーション・エリア
(Oregon Dunes National Recreation Area)
オレゴン・デューンへのアプローチ、アクセス、砂丘についての説明。トレイル、キャンプ場、バギー用のエリアなどの情報もある。
ウェブサイト:www.fs.fed.us/r6/siuslaw/recreation/tripplanning/oregondunes/index.shtml

■トレイル・ウォーク
●アンプカ・デューンス(Umpqua Dunes)
太平洋に向かって延びる往復5マイル(8キロ)中、解説付きトレイル部分が1マイル。最低3時間はかかる砂丘のトレイル・ウォーク。高低差が1,400フィートある。水、スナック、コンパス、地図、雨具、サングラス、フラッシュ・ライトは必携。砂が飛ぶので、風の強い日はカメラ類はしっかりしたケースかデイパックに入れて保護すること。
ウェブサイト:www.fs.fed.us/r6/siuslaw/recreation/tripplanning
/florcoos/trails/umpquadunes1339.shtml

■アトラクション
オレゴン・デューンではサンド・バギー(Dune Buggy)を楽しめる。『Sandland Adventures(ウェブサイト:www.sandland.com/tours.htm)』といった会社が、レンタルはもちろん、バギー・ツアーなども実施している。

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。