2004年03月号掲載 | 文・写真/小杉晶子
ここノースウエストの春は日本と違ってまだまだ肌寒い日々が続き、桜の下で花見をするより、暖炉の前で温かいコーヒーを飲みながら春の到来を待つ、という過ごし方を好む人も多いかも知れません。
しかし、気温の上昇を肌で感じないこの時期でも、自然はしっかりと季節を感じ、動き出しています。
なまった体をよっこらしょと起こして、今年はノースウエストの春を探訪してみませんか? (文・写真/小杉晶子)
▲腐った匂いがすることからその名が付いた『スカンク・キャベッジ』
ノースウエスト原種樹木
この時期にハイキングや公園へ行くと、まだ葉を出していない大きな木の下で、今のうちに光をたくさん得ようと早々と開花している草花があります。インディアン・プラム(Indian Plam)を筆頭に、スカンク・キャべッジ(Skunk Cabbage)やサーモンベリー(Salmonberry)など、派手さにはちょっと欠けますが、ノースウエストの森林で凛として咲いています。昔から動物達はそれらをうまく利用しながら、自然と共に生きてきました。もちろん人間も、です。
インディアン・プラムは、アメリカでは“Harbinger of Spring(春の先駆者)”と呼ばれ、早咲きのものは2月の下旬頃からポツポツと花を付け始めます。葉より先に白い鈴なり状の花が出て、細い枝先に垂れて咲きます。これを見つけると暗い冬が終わり、春が訪れたことを感じます。7月頃にプラムのような小さい実を付けるこの植物は、公園や森、川沿いなどで見られる落葉低木で、昔はネイティブ・アメリカンの間で食用として使われていました。
スカンク・キャべッジも早咲きで、2月中旬から3月下旬にかけて暗い湿地帯に明かりをともすように、黄色い花を咲かせます。日本の水芭蕉に近い種なのですがアメリカ産は大きく、約1メートルもある葉を見た時は(日本のは一般的に30センチほど)、巨大な“つくし”を見た時と同様に思わず笑ってしまいました。
このスカンク・キャベッジは名前の由来どおり、腐った匂いがするのですが、虫の少ないこの時期はこの匂いでハエなどを誘い、受粉をしているのです。大きな葉は、以前ノースウエストの沿岸沿いに住んでいたネイティブ・アメリカンによって、食べ物を包んだりと、ラップとして使用されていました。
一方その昔、ネイティブ・アメリカンがサーモンと一緒に料理に使っていたことから、その名が付いたサーモン・ベリーは、3月下旬以降、湿地帯や日の当たる森の端などにマゼンタ・ピンクのかわいらしい花を付けます。5、6月頃に木いちごのような実がなるのですが、ヒマラヤ・ブラックベリーほど甘くない、少々酸っぱさのあるベリーが楽しめます。
鮮やかなピンクの花とさわやかな萌黄色の葉が見られるこの季節は、まさに“ノースウエスト春爛漫”という感じです。ガーデニングが好きな人は、これらのノースウエスト原種の植物を庭木にうまく取り入れると手入れが楽になり(一般的にノースウエストの植物は“手間いらず”と言われています)同時にそこに住む動物達に寝床や食べ物を与えてあげることにもなります。
私のように日本種の樹木、例えばツツジやあじさいなどを植えてしまうと夏の水遣りが大変で、いくつかを枯らしてしまうことになります。
ノースウエストの夏は、降水量が多い日本の夏と比べると乾燥しているので、日本の植物にはまめに水やりをすることが必要になるのです。
やっぱりサクラ
日本人にとって春の花と言うと、やはり桜でしょう。ソメイヨシノの開花は、日本ではニュースになってしまうほど。年度替わりの季節でもある春、桜は新しい環境への旅立ちと、それに向けての不安な気持ちを励ましてくれるように鮮やかに咲いてくれます。
ソメイヨシノは江戸末期から明治初期にかけて、東京の染井村で改良されたものです。もともと伊豆大島桜と江戸彼岸桜の交配で生まれた突然種で、それを接ぎ木で増やしていった、いわゆるクローン・サクラ。
私は関西で生まれ育ったので、ソメイヨシノの花の色は白に近いと思っていたのですが、関東のソメイヨシノはもっとピンク色だと知って驚きました。ワシントン大学のキャンパスに咲く桜もソメイヨシノで、鮮やかなピンク色をしていますね。校舎の薄紅色ととてもマッチしていて、毎年見事に咲き誇っています。
たとえ同じ木でも、木々は気候や土地が変わればそれに対応して生きていこうとするので、色や形、大きさが変わってきます。なので、関東のソメイヨシノはピンクで、関西のは白っぽいのです。関西では、奈良県吉野の千本桜が有名ですが、あれは日本原種の山桜で自生しています。
日本人は、古来から桜を大事にしてきました。ソメイヨシノに代表される“一気に咲いて、一気に散る”いさぎよさというものが好まれていますが、本来、桜はその年の気候を予測する不思議な力を秘めています。そのため、昔の農家の人達は作物の豊凶を知るための目安として、各集落に植えたのが花見の始まりです。桜の『サ』は神を意味し、『クラ』は家を意味します。昔の人はそうやって自然と共に仲良く生きてきたのですね。
近所でよく見かける花木
3、4月になると、一般家庭の庭でも咲いている花木を目にします。まずは2月中旬から早咲き桜の勾配種(Prunus × Subhiretella Rosea。彼岸桜の一種)が咲き始め、3月中旬になると白いリンゴの花もあちこちで見かけるようになります。それから、アメリカ・ハナミズキ(Flowering Dogwood)、レンギョウ(Forsythia)、椿(Camellia)、しゃくなげ(Rhododendoron)なども見かけます。
アメリカ・ハナミズキは北米東部で自生している落葉樹です。日本から友好の印として、ワシントンD.Cに桜が送られた話は有名ですが、そのお返しにと東京に送られたのがこのハナミズキです。大きなピンク色の花を付けて秋の紅葉も見事なので、80年代にアメリカで大人気となり、今はあちこちの庭でよく見られるようになりました。
▲ワシントン大学植物園の枝垂れ桜は圧巻!
自然に戻ろう
現在の快適な生活では寒さや雨の被害をあまり受けることなしに、快適に生活することができます。そんな中で人は、つい自分も自然の一部だということを忘れてしまいます。少々雨が降っていても、ちょっとくらい寒くても、自然の中に自分を置いてみるといろんなものが見えてきます。
寒さの中で自分の背を低くしてじっと耐えて春を待っている木々、雨の多い沼地で知恵を凝らして生きることを選んだ植物達……みんな必死に生きようとしています。人間は豊かな暮らしを手に入れた結果、耐えることを忘れてしまった気さえします。これは、人間が自然の一部ということを忘れ、なんでも思い通りにできると思い込んでしまっているからかもしれません。
時に人生では、じっと耐えて我慢する時期も必要。寒い冬ほど樹木の幹を肥やすと言われ、また厳しい冬の後に来る春こそ、鮮やかな花を付けると言われてます。薄寒い中、そんな想いを巡らしながら花々を眺めるのも、ノースウエストでのお花見の醍醐味ではないかと思うのです。
Information
【オススメのお花見スポット】
■ワシントン大学植物園
ハスキー・スタジアムの近くにあり、自然の森の中にうまく溶け込んだ植物園。ノースウエストの原種樹木から、エキゾチックな植物まで多彩なコレクションがあり、中でも早咲きのツツジ、オウバイ、サザンカなどが早くから見られる『Winter Garden』が有名。また、4月中旬に咲き誇る枝垂れ桜も圧巻。日本庭園もある。
Washington Park Arboretum
2300 Arboretum Dr. E., Seattle, WA 1206-543-8800
ウエブサイト:http://depts.washington.edu/wpa
■ベルビュー植物園
『Alpine Rock Garden』や『Water-wise Garden(あまり水遣りをしなくてもよい植物の庭)』、多年草を多く使った『Cottage Garden』、滝と池を取り込んだ庭などがあり、自分の庭作りのアイデア源にもなる。
Bellevue Botanical Garden
12001 Main St., Bellevue, WA 1425-451-3755
ウエブサイト:www.bellevuebotanical.org
■マウント・スピガー植物園
オレゴン州のユージーンにある大きな植物園で、草原地帯からオークの木がある森など、ノースウエストの自然が作った景色が見られる。4~6月にかけてはワイルド・フラワーがきれいに咲き誇る。
Mt. Pisgah Arboretum
33735 Seavery Loop Rd., Eugene, OR 1541-747-3817
ウエブサイト:www.efn.org/ ̄mtpisgah
■日系アメリカ人史跡公園
ポートランドのダウンタウンに位置する、日系アメリカ人のためのメモリアル・パーク。百本以上の桜が植えられた並木が続いている。
Japanese American Historical Plaza
NW Naito Expressway, OR
ウエブサイト:www.geocities.com/runker_room/hanami2.htm
Akiko Kosugi Phillipps トレッキング好きの両親の影響で3歳から関西近郊の山々を歩き始める。エコ・キャラバン隊長も認めるトレッキングの達人で、現在はSouth Seattle Comminity Collegeで Landscape & Horticulture(園芸学)を学ぶと同時に、『シアトル日本庭園』でインターンシップをしている。 |
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