2004年12月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎
キャニオンと言えば“グランド・キャニオン”と誰もが思うけれど
それより更に600m深い北米最深のキャニオンは、ここ北西部にある。
日本では見られない荒々しい大渓谷の原始景観は、アメリカを代表する自然のひとつだ。
さまざまに異なる北米各地と北西部の見応えあるキャニオン風景の紹介。
▲ブライス・キャニオン。谷の斜面にはパイン(松)が生えていて気持ちのいい風が吹きわたる
▲キャニオン・ランズ。三段構えのこの大峡谷は、広大で晴れていても対岸が霞んで見える時がある
▲ドライ・フォールズ。グランド・クーリー・ダムへ向かうハイウェイ沿いの風景
「崖」(がけ)という字
司馬遼太郎は著書の中で、漢字の「崖」はキャニオン地形の谷のことを指す、と書いている。なるほどそう言われてみると、崖という字面をじぃ~と眺めているだけでキャニオンのイメージが湧いてくる(だろうか?)。よくできている字だとほとほと感心する。この字を中国から輸入した日本は急峻な山のある島国で、「ガケ」はあるものの原典の意味に相当する『崖(ガイ)』を見ることはない。「キャニオン」は地層が古い大陸に見られる地形。ネバダ、アリゾナ、ユタなど、アメリカの南西部の上空を飛ぶ飛行機から眼下を眺めていると、時として平らな土地に深い谷が刻まれた地形が現れる。
初めてキャニオンを目の当たりにすると、「これは、すごい……」とひとしきり感慨した後、「で、一体どうやってできたんだろう?」と思うはずだ。ひと言で答えるなら「地球が創った。そして今も創っている」と言えるのではないだろうか。キャニオン上面の地面は現代の地表だが、側(斜)面はそのまま地球の歴史でもある。
キャニオンのでき方
増水が引いた後の河原の砂地などで、砂や土石のミニチュアのようなキャニオン地形に出会うことがある。実際のキャニオンもこれに近い原理で、以下のように気の遠くなるような長い時間の果てに今の地形になった。
第1段階:何億、何十億年も前、地上に生命が生まれるはるか以前からの地殻の隆起、噴火、移動、侵食、沈降、堆積、隆起などの繰り返しで、今の場所にその地層ができた。
第2段階:地表はやがて侵食され、平野になるか、湖になるか、はたまた沈下して海底になったかして、最後に平らになった。
第3段階:とてつもなくゆっくりした地球の速度単位で、再びその地殻全域が隆起。
第4段階:雨が降り、地表に川ができる。河は流れに沿って地表を削っていく(侵食)。
第5段階:土地の隆起が続く。川も流れの浸食を続ける。谷がだんだん深くなる。
第6段階:柔らかい地層は崩れ、土石は谷に流れ、水が下流へと運ぶ。硬い地層(岩盤やマグマの固まった岩)は侵食されずに残っていく。
こうしてキャニオンの景観ができあがる。また、キャニオン地形は上流域に大きな安定した水源があり、中流域の雨量が少ない所に形成されやすい。中流域の雨量が多いと土地上面全体に侵食が進み、複雑な山地となるか並行して植生に覆われた地勢となる。
▲ヘルズ・キャニオン。スネーク川は上流でも川幅の広い大河だが、
ここからキャニオンの底を見下ろすと小川のようにしか見えない
▲ビリー・チヌーク湖のビューポイント。20年前のフジテレビのドラマ『オレゴンから愛』のロケ地でもある
さまざまなキャニオン
北米各地には、じつにさまざまなキャニオンの景色がある。「男性的な」グランド・キャニオンは、コロラド川が地球に刻み続けた荒々しい大峡谷で世界的な観光地。
「大きさ、広さ」のキャニオン・ランズ。その峡谷の幅、広さはグランド・キャニオンの数倍あり、キャニオンの中にアーチがあるのも珍しい。
「美しさ」のブライス・キャニオン。自然の造形の妙という言葉は、まるでこのキャニオンのためにあるようだ。「暗黒峡谷」ガニソン・ブラックは、コロラド川上流の支流ガニソン川が硬い岩に深く刻んだキャニオン。峻険な谷は昼なお暗く、人を寄せ付けない。これらはすべて国立公園だが、このほか「岩の芸術回廊」と呼ばれるアンテロープ・キャニオンは、何万年もの流れに磨かれた岩肌と光線の織り成す幻想的なキャニオン。スケールは小さいが西部以外にもキャニオンがある。南部のプロビデンス・キャニオンは、ジョージアとアラバマの州境のチャタフーチー川沿いにある。地勢のなだらかなロッキー山脈以東に住む人達にとっては、キャニオン地形は珍しいようだ。
北西部のキャニオン
オレゴンとアイダホの州境にあるヘルズ・キャニオンは、スネーク川が掘り下げた北米最深のキャニオンである。右岸から川面まで標高差が約2,400m(8,043フィート)もある。縁からスネーク川を見下ろすと、川面までは3,000mの広大な斜面が広がり、対岸は遥か遠く。地の果てまで来てしまったと思う。地獄谷とは絶妙の名前だと感じる。これだけの深いキャニオンでありながら、以下2つの理由で訪れる人はとても少ない。
ひとつはアプローチ。キャニオンはワシントン・オレゴン・アイダホの三州が接する地点から南に拡がっているのだが、車でのアクセスでゆうに丸1日掛かってしまう。しかも、キャニオンのリム(岸)へ至る林道は悪路である。だから地元に住んでいる人達でもこの谷へはおいそれとは出掛けられない。2つ目は、南西部のキャニオンと比べて降雨量が多いため、谷斜面が45度くらいと緩く、全面が緑の植生で覆われていること。だから深さほどのインパクトはない。このキャニオンの全貌を見るには空から飛行機で、が最適だと思う。
オレゴン側のビューポイントである『ハット・ポイント・オーバールック』には高い展望台が設けられている。キャニオンの底、スネーク川にはヘルズ・キャニオン・ダムがあり、その上流でジェットボート・ツアーが行われている。キャニオンを下から見上げるわけだ。
セントラル・オレゴンには名もないキャニオン地形があちこちにある。インディアン・リザベーションのカニータ(Kahneeta)周辺もそうだが、ハイウェイの近くで見応えがあるキャニオンの風景は97号線、レドモンドの北にある『ピーター・スケーン・オグデン・ステート・シーニック・ビューポイント』が手っ取り早い。クロックド川のキャニオンをまたいで古い橋が掛かっている。垂直に100mほど切り落ちる眺めは迫力がある。この川の下流にはダムでできたキャニオン湖、ビリー・チヌーク湖がある。ここの東岸のビューポイントからのキャニオンの眺めは素晴らしい。
ワシントン州の内陸部にもキャニオン地形が各所にある。グラン・クーリー・ダムに向かうハイウェイ17号の近辺がそのひとつ。途中のクーリーシティ南のドライ・フォールズは、氷河時代にはナイアガラの滝の10倍というとてつもない大きな滝だった。
次に貴方がキャニオンの近くを通る時は、しばしその前に佇み、太古の昔から悠久の未来へと想いを巡らせてみてはどうだろうか? キャニオンの壁が自然のドラマの大きな舞台に見えてくるかもしれない。
■以下4つの国立公園(NP)のウェブサイトはすべてここから入る
www.nps.gov
■グランド・キャニオンNP(AZ)
Grand Canyon National Park
日本人がブランド志向なのか、観光局の宣伝がうまいのか、日本人の間では一番人気の国立公園
■キャニオン・ランズNP(UT)
Canyon Lands National Park
コロラド川周辺の主な国立公園群『グランド・サークル』のアーチーズNPの下流に隣接する。
■ブライス・キャニオンNP(UT)
Bryce Canyon National Park
ここの尖塔群はフードゥー(Hoodoo)と呼ばれる。この合間をトレイルが通っている。
■ガニソン・ブラック・キャニオンNP(CO)
Black Canyon of the Gunnison National Park
コロラド川の源流近く、大陸分水嶺のすぐ西に位置するキャニオン。
■アンテロープ・キャニオン部族公園(AZ)
Antelope Canyon Tribal Park
ナバホ族が管理するTribal Park(部族公園)。ツアーに参加してキャニオンの内部に入る。
ウェブサイト:www.navajonationparks.org/antelopecanyon.htm
■プロビデンス・キャニオンSP(GA)
Providence Canyon State Park
ジョージア州の州立公園。
ウェブサイト:www.gastateparks.org/info/providence
■ヘルズ・キャニオン国立リクリエーション・エリア(OR&ID)
Hells Canyon National Recreation Area
オレゴンとアイダホ州境にある、北米最深の緑で覆われたキャニオン。
ウェブサイト:www.fs.fed.us/hellscanyon
■ピーター・スケーン・オグデン・ステート・シーニック・ビューポイント(OR)
Peter Skene Ogden State Scenic Viewpoint
昨年新しい橋が完成。旧橋でキャニオンの上を見学することができる。
ウェブサイト:www.oregonstateparks.org/park_50.php
■ビリー・チヌーク湖(OR)
Lake Billy Chinook
園内にあり、キャンプ場、キャビン、ボートハウス、ボートランプ、スイミング・エリア、トレイルなどが整備されている。
ウェブサイト:www.oregonstateparks.org/park_32.php
■ドライ・フォールズ(WA)
Dry Falls
クーリー・シティーの7マイル南西にあるSun Lakes-Dry Falls州立公園内にある。
ウェブサイト:www.parks.wa.gov/parkpage.asp?selectedpark=Sun+Lakes&pageno=1
Reiichiro Kosugi 1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。ウェブサイト:http://c2c-1.rocketbeach.com/ ̄photocaravan |
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