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セント・へレンズ山噴火と日本の関係

ノースウエスト自然探訪
2002年10月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

北西部に住む人でレニア山やフッド山を見たことがない人は少ないだろう。ではセント・へレンズ山は? 「名前は知っているけど、見たことあったかな?」という人が多いのでは。この山の山頂はちょっと見えにくい。ひと口食べたプリンのような形をしている。これは、その名を世界中に馳せた、1980年5月18日の大噴火後の姿である。噴火によって、丸かった山の上部400メートルが吹き飛んだのだ。

当時、頻発する地震と山腹の隆起で厳重に監視、警戒されていたものの、爆発の規模は火山学者の予想をはるかに上回り、57人もの人命が失われた。噴煙は20キロ上空まで吹き上がり、偏西風に乗って北半球の空を覆い、その夏の日本は記録的な冷夏となった。

火山列島の日本をはじめ世界中の火山・地質学者が相次いで調査に集まり、様々な角度から噴火前後の観測データを分析した。セント・へレンズ山はそれ以降、現在までの日本の火山活動の予知に多大な貢献をしている。 この山の噴火の日本への影響はそれだけではなかった。

米北西部から針葉樹材(米松、米栂の丸太、製材品)を大量に輸入している日本の木材相場は、噴火直後に急騰、ついで急落した。噴火の一報で、各社は一斉に「買い」に走った。被害の実態が次第に明らかになり、木材最大手ウェアハウザー社の広大な林がなぎ倒された写真が報道されるや、膨大な量の風倒木の処理が予想され、一転「売り」になったのだ。 ウェアハウザー社は、毎年日本の林学、林産学の研究者にスカラシップを出していたが、噴火の翌年はそれも中止された。 米北西部での体感地震は日本より少ないが、2001年2月にはシアトル地震があった。日本列島、千島、カムチャッカ、アリューシャンと続いて、カスケード山脈は環太平洋火山帯の一部を成している。火山の噴火、地震、地殻変動に限って言えば、アメリカの中にあってむしろ日本と似ている。そしてセント・へレンズ山は、カスケードの中で、現在最も活発な火山である。地質学者によると、米北西部一帯では、周期的に見てもマグニチュード9レベルの大規模な地震はいつ起こってもおかしくないのだ。

そして、米北西部で大規模な地殻変動があると、津波は太平洋を越えて日本を襲う。津波は、水面の波が海を渡っていくのではなく、衝撃波が海中を伝わって対岸に至り、大きなウネリとなって押し寄せる。そのスピードはジェット機ほど速い。 1700年(元禄12年)1月27日夜、米北西部でマグニチュード9の巨大地震が起こり、10時間後に日本の各地に津波が押し寄せたことが、各藩の古文書に残っている。今、仮に北西部で大規模な地震が発生したとする。その直後にあなたがシアトルから飛行機に乗り日本へ向かうと、あなたと津波は同時に日本に着くことになるのだ。同じように、日本で大地震が起こると、米北西部の海岸を“tsunami”が襲う。そのため、オレゴン・コーストの“tsunami hazard zone”のすべての学校は、毎年避難訓練を行っている。

セント・へレンズ山は、噴火後、National Volcanic Monument(国定火山公園)として整備が進んだ。ビジター・センターや展望台などが建設され、展示内容も大変充実している。何と言っても多くの角度から記録された1980年の噴火の展示は生々しい。噴火当時の実写映像、模型、遺留品などの豊富なプレゼンテーションと併せ見ると、地殻と火山のメカニズムがよく分かる。人の力などまったく及ばない地球のほんの1コマの動き、大地が放つエネルギーがいかに凄まじいか、人々はどうやってこの大災害を乗り越えてきたのか。そして20年を経て、自然自らがどのようにバランスを取り戻しつつあるか……、ドラマはまさにあなたの目の前で、同時進行する。


Information

■Mt. St. Helens Visitor Center
I-5、Exit. 49から東に5マイル向かった場所にある。この国定火山公園の正面玄関に当たり、セント・へレンズ山の全容が一望できる。内部の展示、映画は大変詳しく、よく工夫して作られていて興味深い。時間のない人は、I-5からこのビジター・センターに立ち寄るだけでも価値はある。
Mt. St. Helens Visitor Center
3029 Spirit Lake Hwy., Castle Rock, WA
TEL: 360-274-2100

■Johnston Ridge Observatory
場所はビジター・センターから山頂に向かい約50マイル、車で1時間余り。標高4,200フィート(1,260m)のところに設置された観測所だ。展望台からは、爆裂火口と爆風でなぎ倒された広大な森林帯をつぶさに見ることができる。このセンター内の展示、映画ともに素晴らしい。周辺には植生が回復しはじめ、花畑が広がっている。
Johnston Ridge Observatory
3029 Spirit Lake Hwy., Castle Rock, WA
TEL: 360-274-2140

■Eruption Trail
ジョンストン・リッジ展望台から、徒歩(約1時間)で往復できる1マイルのトレイル。セント・へレンズ山の爆裂火口に正面から迫る。噴火時の爆風でなぎ倒された森林跡と回復する植生を見ると、自然の力の大きさ、強さを実感できる。

■Windy Ridge Viewpoint
山の東側(Randle、あるいはCougar経由)からのアプローチ。噴火による風倒木で埋め尽くされたスピリット・レイクが圧巻。湖畔を巡る2マイル(2時間)のトレイルがある。

■Cougarからの登山
麓でパーミットを入手し、山頂まで足場の悪い道を直登する。往復7~12時間。足周りをしっかり準備すること。先行者があるときは落石に注意し、自分も落とさないようにしよう。

■Ape Cave
山の南側Cougarの東6~7マイルの場所にある。熔岩の中にできた自然のトンネル。インタープリターによるガイデッド・ウォークは、ランタンを持って洞窟の中を行く。(6月末~9月上旬のみ。1グループ50人まで。所要時間45分)

■キャンプ場

  • 山の西側に4カ所:セント・へレンズ山を水面に映すシルバー・レイク周辺にキャンプ場が集まる。ボート遊び、釣りなどのレクリエーションの拠点。
  • 南側に5カ所:Cougar周辺。登山の際のベースとなる。
  • 東側に3カ所:オールドグロスの森林に囲まれた静かなキャンプ場。

■セント・へレンズ山・ シネドーム・シアター
特大スクリーンで体験する噴火の再現映像は大迫力。
Mt. St. Helens Cinedome Theater
1239 Mt. St. Helens Way NE, Castle Rock, WA 98611 (I-5よりExit. 49を出て東へ)
TEL: 360-274-8000
URL: www.thecinedome.com

■パシフィック・エア・ツアー
ヘリコプターによるセント・へレンズ山の遊覧飛行が楽しめる。
Pacific Air Tours
TEL: 1-888-274-9330

■セントへレンズ国定火山公園ウェブサイト
Mt. St. Helens National Volcanic Monument
URL: http://www.fs.fed.us/gpnf/mshnvm/

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。