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世界で最初の国立公園・イエローストーン

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2006年08月号掲載| 文・写真/小杉礼一郎

ロッキー山中に、地球のぬくもりを感じる特別な場所がある
この野生の生き物たちのサンクチュアリは現代人に託された壮大なバイオトープでもある

巨大火山が生んだ自然の美

日本で刀やちょんまげがようやく姿を消す1872年、北米大陸の分水嶺であるロッキー山脈の真ん中に、世界で初めての国立公園が定められた。イエローストーン国立公園である。世界各国の「国立公園」制度の先例となるこの公園は、現ワイオミング州の北西端に位置する。アメリカ本土で最大の国立公園で、面積約9,000平方キロメートル。グランド・キャニオンやナイアガラなどのように、大きな都市が近くにあるわけではないが、世界中から年間300万人がこの公園を訪れる。多くのリピーターを含むその来訪者数が、他の観光地とイエローストーンの違いを物語っている。1978年に世界遺産登録された。

イエローストーンは北米で最大の噴火があった火山だ。200万年~60万年前の間に3回噴火し、噴出した灰や土石の堆積量はオレゴン州にあるクレーター・レイク(マザマ山)の50倍、セント・へレンズ山の4,000倍に達する。その目で今のイエローストーン国立公園の景観を眺めてみよう。すると森林地帯、山岳地帯、草原地帯、地熱温泉地帯、広い湖水地帯、キャニオンと滝などの地域から成っている自然のそれぞれのエレメントが、意味のある配置の景色として結び付いてくる。地熱温泉地帯はもろに噴火口マグマの真上であるし、広い湖水地帯は水の少ない火口湖だ。この巨大カルデラの内側外側の森林と草原が、野生生物の楽園となっている。

イエローストーン
▲キャニオン・カントリーにあるイエローストーン川のロウアー滝。このキャニオンの両岸の黄色い岩肌の色がイエローストーンの名の由来となった。この黄色はマグマの熱により流紋岩が変性したもの


オオカミの役割

ハイイロオオカミ(以下オオカミ)は元来、北米大陸全域にすみ、自然界の食物連鎖の頂点にあった。19世紀になりヨーロッパから人々の移住が進むと、オオカミは家畜を狙う害獣として見つけ次第射殺されるようになる。やがて20世紀初頭には、アメリカのオオカミはほぼ絶滅した。イエローストーンは国立公園であるにもかかわらず、この地にいたオオカミが1926年に絶滅。以後、園内での天敵がいなくなった草食獣、ムースやエルクが次第に増えていく。彼らの餌である草地がなくなり、次に草の代わりに樹皮を食べられた多くの木が枯れた。そして、ほかの草食動物も餓え……と、食物連鎖は次々に乱れていく。この危機に直面して初めて公園当局は思い至る。「オオカミは、イエローストーンの自然生態系にとって扇のかなめであった」

イエローストーン
▲モーニング・グローリー・プール(朝顔池)。地中から湧き出す温水のミネラル、そして嫌気性バクテリアと藻により、湧出口や湯だまりはさまざまな色を見せる


そして、1995年以降3回にわたりカナダで捕獲、空輸したオオカミ計30頭余りを園内へ放す試みが行われた。もともとオオカミの生息域である。移されたグループはすぐに適応した。そして、オオカミの行動範囲は驚くほど広い。現在は公園全域で20家族100頭以上まで繁殖が観察されている。エリア内の生態系は自律化へ向かい、1990年代には2万頭まで膨れ上がっていたエルクは,現在1万頭以下となった。20世紀初頭まで“害獣”であったオオカミが、同世紀末には当公園来訪者が“一番見たい動物”として、グリズリー・ベアに取って代わるのである。

自然に学ぶ

人が自然とかかわること。このオオカミの1件は、国立公園のさきがけであるイエローストーンが、ある意味で避けて通れなかったいくつもの試行錯誤のひとつだ。

苦い失敗もあった。1950年代からアメリカで花開いたモータリゼーションは、公園の来訪者数を爆発的に増やした。イエローストーンでは、来園者のために道路際で野生生物への餌付けを始めたのだ。この“エンターテインメント”の顛末は今では広く知られている。自ら獲物を狩ることをしなくなった動物は、餌を求めて人に近づき、次第に人に危害を加えるようになる。危険な動物は“やむを得ず”射殺されていった。

イエローストーン
▲川の地底の地熱が高いと、河原が温泉となる。園内には大小1万以上の温泉が湧き出ていて、大きいものはフットボール場ほどにもなる


今では世界中の自然公園の黄金律と言っていい、「Keep Wildlife Wild(野生生物は野性のままに)」の大原則が、これら数多くの教訓の中から生まれた。

1988年の夏の山火事は数百年に1度の大規模なもので、イエローストーン一帯の山野を焼き尽くし、公園面積の1/3が焼け野原となった。が、その後の植生の回復過程をつぶさに観察することで、山火事を利用して森林が世代交代をするメカニズムが明らかになり山火事もまた、自然には欠くことのできないサイクルのひとつとして認識されるようになった(※)。

現在進行形のケース・スタディーもある。冬のイエローストーンは一面の雪景色となるが、数百台のスノーモービルが爆音と排気ガスを撒き散らして走り回るスノーランドでもある。「イエローストーンでのスノーモービルを規制すべき」との声は幾度となく上がっている。現在のところ、低公害燃料の使用という改善策はあるものの、「観光VS自然保護」の論争が続いている。

イエローストーンは、数あるアメリカの自然公園の中でも世界的に知名度が高い。自然を求めて来る人と観光地と思って訪れる人との間に一線を引くことは不可能である。今でも、動物にポップコーンやサンドイッチの残りをポンポン投げている人達を見ると、観光と自然を守ることのギャップの深さを思ってしまう。

イエローストーンの歩き方

毎夏、日本から「○日間○カ所米国立公園巡り」といったツアー団体がやって来る。「限られた日数でできるだけ、いろんなところへ行きたい」気持ちはわからないではないが、いかんせんアメリカの自然は大きくて広い。グランド・キャニオン、ヨセミテなどの日本人来訪者の平均滞在時間は2、3時間と言われる。たとえ短時間でも「○○国立公園へ行った」と、観光地をひとつ“制覇”はできるだろう。しかし、レストランへ来て匂いだけ嗅いで帰るようなものだ。少しでもトレイルを歩くことで、イエローストーンの生の息吹に触れることができると隊長は思うのだが……。

ノースウエストに住む私達には、地の利を生かしたイエローストーンの歩き方がある。以下、それについて述べたい。

【欲張らないこと】イエローストーンは広い。あれもこれもとプランを立てても、思い通りには進まない。園内の道は南北に通過するだけで100マイル近くある。しかも山道で、制限速度は35~45マイル。人々は景色のためにゆっくり走り、動物が出れば渋滞(?)となる。また、駐車場から見どころへ少し歩くと、往復で小1時間は掛かる。移動時間は多めに見ておいたほうが良い。そして珍しい動物と出合ったり、間欠泉が噴出したり、そんな楽しみを味わうためにも、車を降りてぜひともトレイルをゆっくり歩きたい。

自然探訪の鉄則は「早寝早起き、午前が勝負」だ。午後は移動とのんびりタイムに充てたい。動物は朝方が活発だし、マンモスのカルスト台地や滝は午前中の陽光の下でこそ見ごたえがある。間欠泉群や温泉は、朝の冷気の中にもうもうと湯気を上げ、迫力がある。イエローストーンの上っ面をひと通り見て回るだけでも、最低4日間は必要だ。1回の来園ですべて回ろうとすると、結局どこへ行って何を見たのか印象の薄い旅になってしまう。欲張らず、見るエリアを絞り、季節を変えてまた訪れればいいのである。実際、来訪者の多くが国内リピーターである。アメリカでもアプローチがしやすく、いいエリアに住んでいる我々こそが、一番良いリピーターになれるだろう。新緑、紅黄葉、銀世界……イエローストーンは何回訪れても新鮮な、懐の深い国立公園である。 

【欲張ること】シアトルやポートランドからイエローストーンへは、十数時間の長いドライブである。途上の見どころに立ち寄ることにより、行程に変化を付けることができる。北西部からイエローストーンへハイウェイで向かうには、北のI-90か南のI-84を通ることになる。ふたつのハイウェイに挟まれるアイダホの山中のI-84沿いに、おいそれとは行けぬ見どころがある(右記参照)。旅の前にガイドブックやウェブサイトなどで情報収集しよう。動物を見るための双眼鏡、望遠レンズはぜひ携えたい。現地ではまずビジター・センターを訪れ、正確で最新の情報を得よう。園内の道路、トレイル、間欠泉の噴出時間、動物の出現場所などがわかり、地図、トレイルマップ、本、パンフレットが手に入る。

※現在、全米ではコントロールすべき山火事と、監視はするが人為では消さない山火事を、分けて管理する原則が確立されている。

イエローストーン
▲マンモス・ホット・スプリングスのエリアにあるミネルバ・テラス。ウエディング・ケーキと呼ばれるこの段丘は、湧き出した熱水に含まれていた炭酸カルシウムででき上がった
イエローストーン
北米全体では一時絶滅に瀕していたエルクやバッファローは、現在ではイエローストーンの近隣始め、各地に保護区が設けられ、種の維持が図られている


Information【ウェブサイト】

■イエローストーン国立公園
国立公園局のウェブサイト。道路、トレイル、キャンプ場の情報など、イエローストーン国立公園に関するすべての公式情報の発信源となっている。
Yellowstone National Park
ウェブサイト:www.nps.gov/yell/

■イエローストーン・アソシエーション
ひと言でたとえるとイエローストーン・ファンのNPO組織。メンバー(年会費$30~)になると、協会の季刊誌と国立公園局発行の季刊ニュースレターが送付されるほか、催し物や宿泊施設のプロモーションの案内、書籍購入時の割引特典などがある。とてもメリットが多く、隊長もメンバーのひとりである。
Yellowstone Association
ウェブサイト:www.yellowstoneassociation.org

■アメリカ西部5州政府観光局
ワイオミング州のページでは、イエローストーン、グランド・ティトン国立公園の基礎情報を日本語で簡潔にまとめてある。
US West. TV
ウェブサイト:www.uswest.tv/wyoming/

■イエローストーン 世界遺産 徹底ガイド
イエローストーン国立公園についての、日本人による旅行記が豊富。ブログのリンク集もある。
ウェブサイト:http://4travel.jp/sekaiisan/yellowstone/

■その他の見どころ
シアトルやポートランドからイエローストーン国立公園へ向かう途中で立ち寄りたい、各名所のウェブサイトは以下の通り。
【ヘルズ・キャニオン国設風致地区】
Hells Canyon National Recreation Area
ウェブサイト:www.fs.fed.us/hellscanyon/
【ソウトゥース国設風致地区】
The Sawtooth National Recreation Area
ウェブサイト:www.forwolves.org/ralph/wpages/snra.htm
【クレーター・オブ・ザ・ムーン国定公園】
Craters of the Moon National Monument
ウェブサイト:www.nps.gov/crmo/
【ミニドカ日系人収容所】
Minidoka Internment National Monument
ウェブサイト:www.nps.gov/miin/
【グランド・ティトン国立公園】
Grand Teton National Park
ウェブサイト:www.nps.gov/grte/

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。新規ホームページとブログ作成中。近日完成予定。