シアトルの生活情報&おすすめ観光情報

サケの遡上にロマンを乗せて……

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2006年10月号掲載 | 文・写真/小杉晶子

雨が多い日が続くと家の中にこもってしまい、外出にも勇気がいる始末。
そこをエイッと重い腰を上げ、今回は隊長に代わってわたし“小隊長”が紹介する
ノースウエスト秋の風物詩、サケの遡上ロマン紀行をお楽しみください。

ノースウエスト的秋の感じ方

日が短くなり、街路樹が赤やだいだい、それに黄色に色付き始めたこのごろ。自然はもうすっかり秋を迎えたんだなと、仕事帰りの車や通学のバスの中で、ふと季節が変わったことを感じる人が多いのではないでしょうか。日本の秋と言えば、お月見、紅葉狩り、近所の田んぼでは稲刈り脱穀。かなりノースウエストの秋とは様子が違います。シトシトと雨が降り出し、また湿っぽい冬がやって来るかと思うと、ちょっと気分も暗くなっちゃいますね。

日本人が春に桜を見たり、秋に満月を見て虫の音を聞いたりして「ああ、いいなぁ」と感じるのは、きっと自然の息吹やはかなさなどを心に感じるからでしょうか。これって、どんな理由からでしょうね? 人間特有の感覚なのか、それとも日本人特有の情緒を感じる心なのでしょうか? アメリカに住み始めて8年になるわたしも、少しずつノースウエスト式に四季の感じ方ができるようになってきました。

10月、11月になると、そろそろサケが川に戻って来ます。もちろん産卵のためです。それを毎年飽きもせずに、わたしが寒い雨の中をわざわざ見に行くのには理由があります。

サーモン
▲カーキーク・パークで4回の講習を無事終え、晴れてサーモン・スチュアートに


わたしは関西で生まれ育ち、サケの生態についての知識は皆無で、もっぱら食べる専門(さすが、天下の台所)。こんな身近なシアトル市内でサケの遡上を見られるなんて、信じられないことでした。シアトルに来たばかりのころ、地元のことを何も知らなかったわたしは、近くの公園でのボランティアに夫と参加することにしました。そのボランティアは、地元の人達にもっとサケのことをよく知ってもらおうと、公園に簡易テントを張り、訪れる人々に、「今日はどのくらい上って来たか」「どのような種類のサケなのか」など、サケの生態の情報を簡単に説明するものでした。10月から3週間ほど掛けての講習があり、それを受け、晴れて“サーモン・スチュワート”(サケ案内人)になれるのです。

母川回帰

まだそのころ、英語もネイティブの人達の話す速さに付いていけず、ドキドキしながら講習を受けました。その中で一番興味を持ったのは、「どうしてサケは、自分の生まれた川にちゃんと戻って来るのか?」というものでした。それを母川回帰というのだそうです。なんて素敵な響きなんでしょう。川それぞれには、独特の匂いがあり、それを覚えていて、それを頼りに自分が生まれた川へ戻って来ると言われています。何万キロと広い太平洋を泳いで回り、産卵のためにその小さな川を目指して再び戻って来るという話に、わたしはとてつもなく心動かされました。

広い海にはたくさんの天敵もいるし、病気にかかるものもいるし、もちろん漁船の網に引っ掛かってしまうものもいて、生き残ること自体が大変なこと。卵の数から考えて、稚魚になり、海へと下って行き、そして自分の川へと戻ることができるサケはごくわずかで、ほとんどは死んでしまいます。そんな困難を乗り越えて、力強く自分の川へと戻って来る、とても貴重な命なのです。海から川へと上っていくのも容易なことではありません。そこでも、またフクロウ、カラス、そして白頭ワシに襲われたり、人間が出した汚染された水で生き残れなかったり、人の手によって川の形を変えられてしまったがために上っていけなかったりと、さまざまな問題をくぐり抜けていかなければなりません。雨で寒い中(天気が悪いほどサケは上ってくるのです。雨の日を狙って行きましょう)、そんな雄大なロマンを頭で想像しながら、ボロボロになりながらも一生懸命川を上っていくサケを見ていると、この上ない自然のけなげさを感じることができます。わたしが毎年飽きもせずサケを見に出掛けるのは、そういう理由からなのです。

サーモンチャム・サーモン
比較的河口付近で産卵する
産卵期:10月~1月
サーモンソックアイ・サーモン(紅サケ)
かなり上流のほうに上って産卵する。時には川がサケで真っ赤になることも。見ごたえあり!!
産卵期:8月~11月
サーモンコーホー・サーモン
繁殖期のオス。お腹の辺りが薄紅色になる。背中の斑点が目印
産卵期:10月~1月

生き残って川に戻れる確率

それでは、どれだけの確率でサケは生き残れるのでしょうか? サケは毎年約3,000の卵を産みますが、そのうち卵からかえるのが300、2年目の稚魚になるのが50、大きくなってやっと海へ出られるのが4、そして3、4年を海で過ごし、産卵魚として自分の川へと戻って来られるのがたった2……。そうです、毎年川へ戻って来るあのサケは、3,000分の2の確率で生き残ったもの。あなたの住んでいる近くの小さな川で生まれた小さな稚魚が、大海原へと“大航海”し、あらゆる難関を乗り越えて再び帰って来るのです。それらのサケがどれだけがんばって生き抜いてきたエリートなのかが、よくわかりますね。

どれぐらい長い旅をするのか。ノースウエストに生育するサケのほとんどは、アラスカ州辺りまで北上し、太平洋沿岸一帯を回遊しています。中でも、チャム・サーモンと呼ばれるものは、アラスカを越えてさらに北へ行くものもあり、それは約6,400キロにも及ぶ旅になります。動物は、時にえさを求めてとても長い旅に出ることがあります。あんなに小さな体にどれほどの強い力があるのだろうかと、わたしはいつもその強さに驚きとたくましさを感じます。

大切な自然のひとつ

環境問題を深く考える人達の間では、「Think Global, Act Local」と言われています。心の中では世界規模で物事を考え、実際の行動は地元の環境のために、というものです。ノースウエストの自然を語る中で、やはりサケの存在はこの地域の生態系に非常に大きくかかわっていることに気が付きます。サケの死体がたくさん残った森や川はよく土が肥えて、良い森、川になるそうです。逆にサケが上って来ない川はだんだん川自体もやせていくのだとか。産卵後のサケはそのまま死んでいきますが、その死体さえも森や川は栄養として活用しているのです。

そして現在、市や郡のボランティアや公園管理の者達により、サケ保護の一環で川沿いにたくさんの木々が植えられています。理由は、川面を陰にすること。陰になった川には、たくさんの酸素が出されていると科学的に証明されていて、たくさんの酸素があるということは、たくさんの生き物もすめるということになります。そうやってすべてのものがつながって生きているのです。

サケの保護のためには、いろいろ注意しなければならないことがありますが、正直言って、毎日あわただしく生活していると、こういった事柄はつい忘れがちになってしまうのも人間。だから、わたしは自分のできる範囲で努力しているつもりです。自分の庭には化学肥料や害虫駆除の薬は使わない、車は洗剤では洗わない、など小さなことでも十分だと思います。
そして、わたしはまた秋になると、いそいそと川へサケを見に行くのであります。

サーモン
▲雄大な自然のロマンを見せてくれるサケの旅路
サーモン
イエローストーン
▲メープル・バレーにあるキャバノー池近郊、シダー川に遡上するソックアイ・サーモン(紅サケ)©Jack Simonson
Information

【ウェブサイト】

■サーモン・フレンドリー
シアトル市のサイト。サケを守るために、家庭など身近でもできることがいろいろと書かれている。各公園のボランティア活動情報も。
Salmon Friendly Seattle
ウェブサイト:http://www.seattle.gov/utilities/protecting-our-environment/sustainability-tips/pollution-prevention

■エンデンジャー・スピーシーズ・アクト・プログラム
ポートランド市のサイト。サケのほか、絶滅種の保護活動についての情報がある。
Endanger Species Act Program
ウェブサイト:www.portlandonline.com/fish/

■カーキーク・パーク
筆者がサーモン・スチュワートとしてボランティアをした、シアトル市内のサケが見られる公園。園内にはビジター・センターもあり、地元のいろんな情報が得られる。
Carkeek Park
ウェブサイト:http://www.seattle.gov/parks/find/parks/carkeek-park

■キャバノー池
写真の通り、シダー川沿いのキャバノー池はシーズン中、ソックアイ・サーモンの群れで赤く染まる。
Cavanaugh Pond
ウェブサイト:kingcounty.gov/services/parks-recreation/parks/parks-and-natural-lands/natural-lands/cavanaugh-pond.aspx

Akiko Kosugi Phillips

サウス・シアトル・コミュニティー・カレッジで園芸学(Landscape & Horticulture)の学位を取得。シアトル日本庭園でのインターンシップを経て、現在はエドモンズ市の公園課で働くと同時に、剪定を中心とした庭の手入れを行うビジネスも展開している。