2007年07月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎
カスケード山脈の南端にそびえる白い巨峰
320キロ四方の周囲を睥睨(へいげい)するこの火山が
「聖山」と称されているシャスタ山である。
▲この山は双耳峰で、南側の高い山が男性エネルギーを象徴するシャスタ、北側の低い山が女性エネルギーを象徴するシャスティーナ
山の国 北カリフォルニア
「カリフォルニア」と聞くと、海岸、陽光、大都会、ハリウッドなどがイメージされる。しかしそれは、面積も人口も経済力もヨーロッパの一国ほどもあるこの巨大州の半分(以下)の姿でしかない。あと半分は米本土の最高峰ホイットニー山(標高4,418メートル)を含む4,000メートル級の山並みが、州の東側に連なる堂々の山岳州である。ことに州北部は、山また山の土地で、ノースウエストの脊梁(せきりょう)、カスケード山脈の南端はここでシェラネバダ山脈へとつながっている。
シャスタ山はオレゴン、カリフォルニアの州境から60キロ余りのところにあり、その白く大きい山容は、南オレゴンからはっきり望める。この山へのアプローチは大変わかりやすい。なにしろ、この山の麓、すぐ西側をI-5が通っている。見晴らしの良い時に車でこの辺りを通る人には、「ああ、あの山か」とすぐわかるはずである。※1
ちなみにシャスタ山は「世界七聖山」のひとつと言われている(らしい。今回シャスタ山を取材して隊長は初めて知った)。ほかには、カイラス山(チベット)、富士山(日本)、エベレスト(ネパール)、シナイ山(エジプト)、サンフランシスコ・ピーク(アリゾナ)、ハレアカラ(ハワイ)が挙げられている。7山のうちの3山までがアメリカの山ということで、「え? 誰が決めたんだ?」と思ってしまうが、このほかに「北米の七聖山」というのもあるそうだ。
▲マグマが地下でゆっくり冷えて隆起したこの岩山一帯はキャッスル・クラッグス、または賢者達の岩と呼ばれる
▲シャスタ山の表玄関の町、マウント・シャスタ
火山帯 カスケード
世界地図を思い浮かべ、次に北太平洋がハワイを軸とした時計盤の上半分だとイメージしてみて欲しい。日本列島から時計回りで千島列島、カムチャッカ半島、アリューシャン列島、カナディアン・ロッキー北部と、環太平洋火山帯が連なっている。南北1,300キロのカスケード山脈は、1時から2時の部分に当たるだろうか。その南にシェラネバダ山脈が続く。
20世紀後半に地震、津波、火山の噴火などの大災害と地球のメカニズムとの関係についての調査と研究が大きく進んだ。その結果、一連の地殻の動きは地球の表面を覆うプレートの動きによることが次第に解明されてきた。そのひとつに、太平洋プレートがある。複雑なメカニズムを簡単に言うと、陸地の北米プレートの下へ太平洋プレートが西から潜り込む図式になる。カスケード山脈は、このプレートの沈み込み帯の東側に平行して形成された、一連の火山の連なりである。ふたつのプレートが圧し合っている部分は、長い年数を掛けてエネルギーとゆがみが地下に蓄えられる。ゆがみは褶曲(しゅうきょく)して盛り上がり、地上では山地をなし、エネルギーは地震となって放出されたり、地熱となって地下にマグマを作ったりする。私達が目にする火山や温泉などは、マグマが地表に上がってくる一連のその働きによるものである。こうやって見ていくと、東西共に海に挟まれているか東に大陸が続いているかの違いはあるものの、北西部にいる私達のほとんどは、日本と同じく火山帯に寄り添って住み暮らしていることがわかる。日本ほど頻繁に地震があるわけではないにせよ、アメリカの中でも、西海岸一帯に住む人は何がしかの地震を体験しているはずだ。
カスケード山脈には、大きな火山としては新旧17座の山が連なっている。シャスタ山はその南端から2番目の火山である。※2山脈全体を通してみると、過去200年の間に7つの火山が噴火している。ほぼ30年に1度の確率だ。つまりノースウエストに住む人は生涯の内に1、2度は、この身近な山脈での火山の噴火に遭遇することになる。現在カスケードの中でもっとも活発な火山はセント・へレンズ山であり、2番目がシャスタ山と見られている。
シャスタ山は、50万~25万年前の間に4回の大きな噴火の後、ほぼ現在の高さになったと推定されている。過去6000年の間、ほぼ200~300年ごとに噴火を繰り返してきた。いちばん最近の噴火は18世紀で、その後は、1977年に東面での火山泥流が記録されているものの、火山活動としては鳴りを潜めている。周期で見ると、現在はそろそろ火山活動が活発になりそうな時期に入っている。この美しい火山の周辺に住む人達は(そのことが幸運か不運かは別として)1/3から1/4の確率で生涯の間にこの火山の噴火を見ることができるという。
だが、火山の危険は噴火だけではない。リゾート地は別として、北西部で人の住むほとんどの町は火山からは離れているので、仮に噴火が起こったにせよ、日本の三原島や雲仙などのような直接的な被害が起こることは少ない。カスケード山脈の高峰の多くは山頂付近に氷河を抱いているので、噴火に至らずとも、むしろ山頂付近へのマグマの上昇によって引き起こされる「火山泥流」の被害のほうがより危ないのである。事実、ほんの(本当に「ほんの」である)500年前に起きたレニア山の火山泥流跡地は、現在どんどん新興住宅地や商工業地区として開発されている。同じ場所で同じことはまた起こるであろう。町のところどころに掲げられている避難ルート(Evacuation Route)のサインは、その際のためのものである。火山泥流下流の人口に対する危険度ということになると、最も危ない火山はレニア山であり、次がフッド山である。もちろん、北西部の主だった火山はすべて地震や地熱、地殻のゆがみなどの活動は常時観測されており、噴火や火山泥流の危険が察知される時は、警戒や警告が発せられるシステムにはなっている。ただし、地震についての予知システムはいまだ研究途上である。
▲マグマが地下でゆっくり冷えて隆起したこの岩山一帯はキャッスル・クラッグス、または賢者達の岩と呼ばれる
▲シャスタ山の表玄関の町、マウント・シャスタ
▲標高3,000メートル未満のトレイルを歩く際には、スタート地点で許可証に自分で記入して携行する(無料)
聖地以上の山 シャスタ山
カスケード山脈の最高峰はレニア山で、標高4,392メートル。シャスタ山はそれに次いで75メートル低い4,317メートル。ただし、火山ひとつの体積としては北米大陸最大だ。レニア山でよく見られるように、独立した高峰にはよく笠雲が掛かる。下界はよく晴れているのに、山の頂にだけ笠をかぶったような雲が現れる。別名レンズ雲(Lenticular Clouds)とも言い、天候の変化ー概して悪化ーの前触れである。シャスタ山は世界でも有数のレンズ雲が発生する山として知られている。この山のそれは時として、重層構造の見事ならせん状に発生する。と、ここまでは目に見えるこの山の紹介である。
さて、この山の人文的なことについてであるが……ほかのアメリカ中の山すべてを足した以上の情報量があるのではないだろうか。まず、先住民の言い伝えでは、大いなる精霊(Great Spirit)により、この世界に最初に創られた山とされ、毎夏、中腹のパンサー・メドウズで山開きの儀式がある。※3また、1万2000年前に大西洋に沈んだレムリア大陸から移り住んだレムリア人達がこの山に地下都市を建設し、現在も地球の5次元世界に存在するという伝説。さらに、人類愛を説く不死の預言者、セント・ジャーメインを始めとする、宇宙からの来訪者、精霊など未知なる者の存在。富士山へ通じる地底回廊。ボーテックスと呼ばれる地磁気の渦があるパワー・スポット、ヒーリングの地。疲れた体から毒素を洗い流すと言われているスチュワート・ミネラル・スプリングス……など、挙げれば切りがない。
この山は、とりわけ朝夕雄大な神々しい美しさを見せる。加えてレンズ雲の天衣。それら心を洗う景観に加え、この山には古くからさまざまな薬効のある薬草、湧き水がある。それらが相まって人々をしてこの山を「聖山」たらしめたのであろう。
登山やリゾート、麓のこと
シャスタ山の登山の歴史としては、1845年に初登頂されている。※4上部に氷河はあるものの、登山するには技術的に難しい山ではない。しかし、レニア山同様、高度障害に悩まされるだけの標高がある。この大きさの山としてはかなりトレイルが少ないが、トレイル・ウォーク、ハイキングの対象として魅力が薄いかというとさにあらずで、数少ないトレイルはどれも魅力的である。山麓に広くキャンプ場が点在するが、山腹にキャンプ場はない。聖山ゆえに、それで良いと思う。麓の町としては、マウント・シャスタが表玄関に当たるほか、3つの町がある。I-5で結ばれており、アクセスはすこぶる良い。山麓ではアスパラガスなどの高原野菜や花卉(かき)の栽培が行われている。この山の国、北カリフォルニアはレディングから北、シャスタ湖を始めとして、森と山と湖の広い総合リゾート・エリアとなっている。サンフランシスコ、サクラメントなどカリフォルニア州北部大都市圏の人達の憩いの場所となるにふさわしい、清涼な空気と自然がここにはある。
このエリアはさらに魅力的なことに、南にはラッセン火山国立公園、シェラネバダへ。北にはクレーター湖からセントラル・オレゴンへと変化に富んだ自然が連綿とつながっている。それぞれの自然を、風光明媚なシーニック・ドライブ・コースが結んでいる。それによって、この南オレゴン、北カリフォルニアの一帯はとても優れた自然探訪の地となっている。ノースウエストの中でも、まして日本からは全く注目されていないだけに、興味の尽きない場所。隊長のイチオシのエリアである。
※1 北西部の主だった都市からシャスタ山の麓の町、マウント・シャスタまでのおおよその距離と車での所要時間は次の通り(いずれもI-5経由)。シアトル:約900キロ・10時間、ポートランド:約630キロ・7時間、サンフランシスコ:約480キロ・5時間半。国内線の便のある都市からのアプローチとしては、レディング:約120キロ・1時間半、サクラメント:約355キロ・4時間、メッドフォード:約160キロ・2時間。
※2 ちなみに最南端は1914~1917年の間噴火していたラッセン火山(標高3,187メートル)。現在国立公園となっている。
※3 パンサー・メドウズは、シャスタ山の中腹(標高2,000メートル)に位置する、この周辺のパワー・スポットでいちばん神聖な場所とされている。
※4 先住民は「山に祈りは捧げるが登ってはいけない。創造主ワカが訪れる時の住まいだから」と言ってきた。
■ザ・マウント・シャスタ・ブック
シャスタ山についての基礎情報。ハイキング、登山、マウンテンバイク、スキー、スノーボード、ボート、動植物の紹介など。付録の地図が大変に使い良い。
The Mt. Shasta Book (3rd Edition)
著者:Andy Selters、Michael Zanger
出版社:Wilderness Press(2006年)
■シャスタ山ビジター・インフォメーション
麓の町、マウント・シャスタにビジター・センターがある。地図、ガイドブック、本、山、麓の観光案内など、幅広い情報を1度に入手できる。
Mt. Shasta Chamber of Commerce and
Visitors’ Bureau
300 Pine St., Mt. Shasta, CA 96067
TEL: 530-926-4865
ウェブサイト:www.mtshastachamber.com
■シャスタ山レンジャー・ステーション
シャスタ山を管轄するフォレスト・サービスのオフィス。山頂を目指す人、標高3,000メートル以上の登山をする人は、ここでパス(有料)を入手する。最新の天候、登山ルートの情報もここで手に入る。
Mt. Shasta Ranger Station
204 W. Alma St., Mt. Shasta, CA 96067
TEL: 530-926-4511
ウェブサイト:www.shastaavalanche.org
Reiichiro Kosugi 1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。ウェブサイトをリメイク中。近日公開予定。 |
コメントを書く