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生命(いのち)の木、レッドシーダー

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2007年11月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

しっとりと優しく降り注ぐノースウエストの雨。巨大な木々はそんな優しい雨によって育ちます。今回は
わたくし“小隊長”が、人間を含めた多くの動物達を長い間養ってくれている母なる木、
ノースウエストの「生命の木」と呼ばれている、 ウエスタン・レッドシーダーに迫ってみました。

国道101号線
▲レッドシーダーのフェンス。古く見えるが腐っていないので、実はまだまだ使える素材
フォート・クラットソップ砦
▲オリンピック国立公園キナルト湖岸の、世界一大きいレッドシーダー。
高さは50~60メートル、幅は3メートルもあり、岩のよう


生命の木

日本では昔から、「ヒノキは瑞宮(みずのみや・神社、仏閣のこと)に使え、スギとクスノキは浮き宝(船のこと)にせよ、そしてマキの木は死体を入れる棺に使え……(日本書紀より)」と言われています。人間は長い間、知恵を使って木々の特性を知り、その用途を生活の中でうまく使い分けてきました。それは、もちろん日本だけではなく、ここノースウエストでも、同じように見受けられます。

その中でも、あらゆる物に使われていた木がウエスタン・レッドシーダー(学名Thuja plicata、以下レッドシーダー)。「生命の木(Trees of Life)」と呼ばれています。おそらく多くの人の家の裏庭によくある木であり、公園にもたくさん生えています。ところが、意外や意外。どれがレッドシーダーなのか知らない人が結構多いのですよね。わたし達日本で生まれ育っている者は、日本のスギやヒノキはわかりますが、レッドシーダーと言われても、ここノースウエストには似たような針葉樹がたくさんあるので区別がつきません。しかしながら、ノースウエストの森を構成している木々の種類は、日本に比べてかなり数が少ないので、案外すぐに覚えることができるのですよ。

見分け方は、まず葉が平べったいということ。手の平を開いたようにぺたっとした形をしています。木の形は大きなクリスマス・ツリーという感じですが、鬱蒼と茂っているという雰囲気で、幹は赤茶っぽい色、縦に線が入っています。似たような木にダグラスファー(学名:Pseudotsuga menziesii)がありますが、こちらは握手をするとチクチクしています。

レッドシーダーは、ウッド・デッキ、サイディング、フェンス、そして屋根のシングルなどの建築材を始め、わたし達の身近な生活の物に多く使われています。友人の大工Yさんは「柔らかくて、加工しやすいので大好きだ!」と言っていました。また、防虫効果もあるので「おがくずを布に包んでタンスに入れると良い」とのこと。へぇ、おがくず……大工さんにお願いすれば、タダでもらえるのかな。

わたし達が住んでいるノースウエストには、世界でもまれに見る巨木が残っている森があります。これは、ここまで世界中で自然が破壊されてしまった現代では、とても恵まれた環境です。レッドシーダーは、オリンピック半島南西部に位置するキナルト湖沿岸にも多く自生しており、原生林の状態で国から保護されています。

巨木を見ると、その大きさにただただ驚きますが、千年ものすさまじい生き残り競争を想像してしまい、いちばんに尊敬の念がわいてきます。近くの巨木が朽ち倒れ、その辺りに日が当たるようになると、今までそのチャンスをグッと待ち構えていた種が一斉に芽を出し、そこから競争が始まります。「早く大きくならないと隣のヤツに負けてしまう、隣のヤツの陰になったら終わりなんだ」。何千年もの間、種が競争するんです。すごいですね。虫が付いたり、鹿に食べられたり、雨、雪、嵐、落雷……じっと我慢です。そしていちばん我慢強いものが千年残るんですよ。だから、今残っている木はただ大きいだけじゃない、強い、強い、千年以上のすさまじい競争に勝ち抜いた木なのです。そんな木に出合ったら、ぜひ心の中で褒めてあげてください。

また、ノースウエストの原生林や若い森に入ると、少しずつ木種が違っているのに気が付きますか? 更地にし放置された土地には、まずオーダーやメープルなどの落葉樹が根付き、そしてダグラスファーが育っていきます。最後の最後に、先に育っていった木々の陰でゆっくり育つのがレッドシーダーやヘムロックといった種類で、これらを極相種(Climax species)と呼びます。

米西岸の要衝
▲公園で見掛けたレッドシーダー。全体的に見るとレッドシーダーは、大きなクリスマス・ツリーといった感じ


先住民の時代から

さて、先住民はどのようにレッドシーダーを生活に取り入れていたのでしょうか。春になると女の子は、おばあさんに連れられて、レッドシーダーの皮を剥ぎに行きます。それらを持ち帰って乾かし、籠や紐、さらに衣服や帽子までも編んだそうです。木材としてはトーテムポール、カヌー、生活道具、薪、料理(サーモンを焼く時に葉っぱで燻すと香りが良くなり臭みも取れる。これは現在も行われている)、建築材として、あらゆるものに使用されてきました。ほかの針葉樹より水に強く、加工しやすいという理由です。この時代から、「生命の木」と呼ばれ、特別な存在として崇められていたのです。

「いつも思いやりの心を持って人に手助けできる人が、レッドシーダーを育てる。彼が死に、そこに埋葬され、後にそこからまた新しいレッドシーダーが育っていき、再び人の役に立つように生まれ変わるのである」。先住民はそうやって、大切にこの木を使いながら生活していました。

余分な木までもが切り倒される現代。ギルガメッシュ叙事詩(※)の中で伝えられているレバノン杉など、世界各地に自生する素晴らしい木々の恩恵にすがりながらも、人間の貪欲さによって無駄に切り倒されてしまうおろかな歴史があります。人間は同じ過ちを何度繰り返せば気が付くのでしょうか?

国道101号線
▲レッドシーダーの葉と実。手の平を開いたようにぺたっとしている。剪定するとそれは、それはいい匂いがする
フォート・クラットソップ砦
▲ノースウエストに自生する針葉木の多くを占めるダグラスファー。松ぼっくりは、よく見ると小さいねずみがしっぽと足だけ出して、隠れようとしているように見える


自然に捨てられる前に

さて、あなたの住んでいる家には、どのような木材が使用されているのかご存知でしょうか? シアトル近辺で古い家、特に50~60年以上前に建てられたものの多くには、まだたくさんレッドシーダーが使われていました。

友人の家を訪ねた時のことです。家自体はこぎれいな感じなのに、家の前のフェンスの見た目はかなりボロボロ。尋ねると、どうやらレッドシーダーを使った古いフェンスで、地元の大工さんに「今はもうこんなレッドシーダーのフェンスは残っていないから、置いておいたほうがいい」と言われたそうです。見た目は古いけど、木自体は値打ちがあるのだそうです。なるほど。京都のお寺の塀のような感覚ですね。

レッドシーダーは、木の表面はボロボロでも中はきれいなものが多いそうで、プラナーと呼ばれる機械で表面だけ削ぎ落とすと、新しい木が中から出てくるそうです。古いからと言ってつい捨ててしまいがちなフェンスやデッキの古い資材を、リサイクルして使うのも素敵じゃないですか。

奈良の法隆寺などの古い建築物には日本のヒノキが使われていて、修復の際にも、まだ使える素材はすべて再利用されます。そこでは、「千年生きたヒノキを使うと千年使える」と言い伝えられており、今でも千年前のヒノキが使われています。このような昔の人の知恵を現代にこそもっと使う必要があるのではないでしょうか。

使い捨ての現代、人間ももう少し頭を使って賢く生きたいものですね。それとも、もう遅過ぎるのでしょうか。人間が自然を使い捨てていた分、今度は自然が人間を使い捨てにする時代がやってくるのかと、不安な気持ちになります。大きなことはできないけれど、そうやって資材をリサイクルするなど、少しでもできることをやっていきたいものです。

 

※ギルガメッシュ叙事詩 紀元前2,600年ごろのレバノンにあったシュメールでの伝説。ギルガメッシュ王が民のために大きな建造物を造るにあたって、レバノン杉を切り倒さねばならなくなり、フンババの神(森の守り神)と戦って木をすべて切り倒した。その後、レバノンには木が1本も生えなくなり、やがて国家も滅びるようになる。そのギルガメッシュの後悔が叙事詩に残されている。今現在は少しずつ国の保護によって植木されている。レバノンの国旗にもレバノン杉が描かれている。

Information

■レイク・キナルト・レインフォレスト
キナルト湖に広がるレインフォレストには、世界一大きいレッドシーダーがある。
Lake Quinalt Rain Forest
ウェブサイト:www.quinaultrainforest.com

■ザ・リストアー
レッドシーダーなどの廃材で、まだ使用できるものをリサイクルして使おうと勧めている団体。サービス、ボランティア活動なども行っている。
The Restore
ウェブサイト:www.re-store.org

Akiko Kosugi Phillips
サウス・シアトル・コミュニティー・カレッジで園芸学(Landscape & Horticulture)の学位を取得。シアトル日本庭園でのインターンシップ、エドモンズ市の公園課での仕事経験を経て、現在は、小杉剪定サービスとして庭の手入れを行うビジネス・オーナー。YOUMAGA.COMでブログを連載中。(http://blog.youmaga.com/gardening/)。