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アラスカ・ハイウェイ(前編)

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2008年01月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

米北西部からさらに大陸を北西に向かう道路「アラスカ・ハイウェイ」。
この道には何処かしら人々の憧れとロマンが漂っている。
そしてその出自は……

Let’s plan ahead

まずお断りしておきたい。先月号のキャラバンで冬のロング・ドライブについて書いたが、さぁ、次は冬のアラスカ・ハイウェイを目指そう!……という意図ではない。
アラスカ・ハイウェイ※1は通年通行可能で、もちろん冬でも走行できる。レストランも、ホテルも、ガソリン・スタンドも営業している。冬のロング・ドライブの心構えがあれば、特別に危険な道というわけではない。が、日が短いため、景色を堪能するならやはり夏がいい。2008年の夏に向け、プランを練ってはどうだろう?
以前、「車で太平洋沿いにアラスカへ行きたい」。そう言った友人がいた。テーブルに広げて見せた隊長の地図をしばしのぞき込んで彼はうめいた。「無理だね」。北米大陸北西部の海岸線の複雑さ、ギザギザのガタガタは、リアス式なんて易しいものではない。月からだって見えるそれは、極地に近い地域に多い、氷河が刻んだ陸の形である。多島海、フィヨルド、氷河……太古より斧の入らぬ深い原生林が果てしなく広がるこの地に、人類が道を作ることはかつてなかったし、これからもないだろう。だから、海から数百キロ内陸の漠とした原野と森林の中を延々と北へ延びるこのアラスカ・ハイウェイが“米本土から車で太平洋沿いにアラスカへ向かういちばん海沿いの道”ということになる。

国道101号線
▲アラスカ山脈に向かって延びるアラスカ・ハイウェイ
フォート・クラットソップ砦
▲かつてのクロンダイク・ゴールドラッシュの夢の跡
フォート・クラットソップ砦
▲アラスカ州に入りデルタ・ジャンクションから先、ハイウェイはパイプラインと平行して北へ伸びる
フォート・クラットソップ砦
▲北国の道路工事は夏に行われる


対日軍用道路から観光ハイウェイへ

アラスカ・ハイウェイは、起点であるカナダのブリティッシュ・コロンビア州のドーソン・クリークからユーコン準州を経て、終点であるアラスカのフェアバンクスまで、約1,523マイルを結んでおり、全長の8割はカナダにある。開通当初は穴だらけの未舗装、ぬかるみと凍結を繰り返す大変な悪路だった。それは自然条件の厳しさに加え、日本と戦うための軍用道路として急造されたからでもある。※2

1941年12月7日、パール・ハーバーに奇襲攻撃を受けたアメリカが、米本土防衛の態勢を整えたのは早かった。ことに、日本にいちばん近い位置にあるアラスカに多くの基地が造られた。だが北太平洋は戦場である。海上輸送は危険だ。道のないアラスカと米本土の間に、軍事物資を送るための陸路を早急に開かねば……。開戦2カ月後には「アラスカ・カナダ・ミリタリー・ハイウェイ」建設計画が上申され、翌3月から陸軍工兵隊が工事を始めた。総工費1億1,500万ドル、動員数3万人、総延長1,422マイルの軍用道路である。1942年6月、日本軍はアリューシャン列島の要衝、ダッチ・ハーバーを空襲し、列島西端のアッツ島とキスカ島を占領した。実は真珠湾攻撃以降、アメリカが驚いたことは日本軍機の驚異的な航続距離だった。※3

アンカレッジが日本軍に攻略されると、飛び石で長駆ボーイング工場があるシアトルまで空襲される恐れがある。軍用トラックを1日でも早く通そう。工事に拍車が掛かり、結局着工8カ月後の11月20日に日本列島ほどの長さがある道路が開通した。

米本土防衛の動きは多方面であった。アンカレッジの中心部にディレニー・パークという広い緑地帯がある。開戦前までは滑走路として使われていたが、開戦後は日本軍機が強行着陸してくるかもしれないとの懸念から、急きょバリケードが築かれ、その後公園となった。また、アンカレッジが攻撃された時の補給路として、東側の軍港ウィッティアからアンカレッジに向けて、山と氷河の下を全長2.5マイルのトンネルが掘られた。オレゴン州とワシントン州でも、コロンビア川の河口アストリアに対艦砲が設置された。アメリカはオーバー・リアクションしたのだろうか。当時の日本の国力を考えると、ハワイと北太平洋は思い切り背伸びした緒戦の作戦行動であったろう。しかし、第2次世界大戦は航空機が主役の戦争であると認識したアメリカは、「日本も当然そう考えているだろう」とボーイングのあるシアトルと北西部の防衛を厳重に固めたのだった。歴史のifを言い出したらきりがないけれども、紙ひと重で勝敗の明暗を分けたミッドウェイ海戦の動向によっては、アンカレッジ攻略はあったかもしれない。あながちオーバー・リアクションとは言えないだろう。ともあれ、これがアラスカ・ハイウェイ開通の由来である。

戦後この軍用道路は、1948年にアラスカ・ハイウェイとして公道となり、アラスカと本土を結ぶ主要道路として利用されてきた。そして、今やそのフロンティアの道のワイルドさは、道の名が醸すイメージだけのものである。アラスカ、カナダのフロンティア地域では、長い道は砂利道でも何でもハイウェイと称されるが、アラスカ・ハイウェイだけは全線が舗装された本当のハイウェイに変わったのだ。

国道101号線
▲撮影は夏。山間部は、夏でも雪が降ることがある
フォート・クラットソップ砦
▲このような直線路はありそうであまりお目に掛からない


アラスカ・ハイウェイを北へ

起点のドーソン・クリークに「アラスカ・ハイウェイ・ゼロマイル」のマイルポストがある。この先は、1マイルごとにマイルポスト(MP、カナダではkm)がハイウェイ沿いに立っている。ここからアラスカ・ハイウェイを北に向かって点描していこう。

フォートネルソンから西にアラスカ・ハイウェイへ向かう際の最も急な坂はMP352で、勾配は10%。最高地点はさらに西のMP392で、標高は1,295メートル。この辺りの景観は素晴らしい。ここでカナディアン・ロッキーを越えるが、大陸分水嶺はさらに西にある。そして山を下りると、ユーコン準州との州境の手前MP497に、万人が勧めるリアード温泉州立公園がある。ここの温泉はハイウェイ沿いで、湧出量が豊富。お湯の温度も高く身も心もほぐされる。このハイウェイを通る人は、ほとんど温泉に入っていくのではなかろうか。ブリティッシュ・コロンビア州とユーコン準州との州境に絡むように道は西へ続く。

ユーコン川に沿ったホワイトホースは人口2万5千人のユーコン準州の州都。アラスカ・ハイウェイの道中では最大の都会であり、東西南北各方面への交通の要衝だ。この辺りからオーロラ・ベルトに差し掛かるので、秋から春に掛けてオーロラを見るチャンスがある。そして、道はホワイトホースからさらに西へ。行く手には太平洋との間に巨大で広大なランゲル・セントエライアス山塊が立ちはだかっている。ここからは、カナダの最高峰で北米第2の高峰、ローガン山(5,959メートル)が正面に望める。この一帯、カナダのクルアニ国立公園からアラスカ州のランゲル・セントエライアス国立公園は、2国と3州にまたがる広大な自然公園として世界自然遺産に登録されている。訪れる人は少なく、自然の大きさにかすんでいく自分が、限りなくゼロになる気がする。

山脈に沿って北西に上っていくと、米加国境となる。国境の町はビーバークリーク。人っ気のない国境だが、通常の出入国手続きを行う。アメリカへ入ることになるので、カレー・ルーなど、たとえアメリカから持って出たものであろうと牛肉製品等は持ち込めない。アメリカへ入ると距離も制限速度もマイル表示となる。かつて、アラスカ・ハイウェイ建設工事のため、アラスカ州東端に“トウキョウキャンプ”と呼ばれた大きな工事拠点が設けられたのだが、それが今“TOK”という町となって残っている。

ここからフェアバンクスへはアラスカ・ハイウェイをさらに北西へ7時間ほど、アンカレッジへも南西へ向かって7時間余りだ。長かったアラスカ・ハイウェイは、文字通り「アラスカへ行くハイウェイ」で、アラスカ州内に入ると7時間が短く感じられるドライブである。

(後編へ続く)

※1 Alaska Highway。別名はアルカン・ハイウェイAlaska-Canada Highway。
※2 アラスカ・ハイウェイは「ソ連への軍事物資の輸送ルート」とも言われているがその目的ではほとんど用いられることなく、実際には海上輸送が多かったようだ。そしてアラスカを経由してアメリカからソ連へ多数の軍用機が送られたが、それは自走ならぬ自送(?)空輸である。アラスカ山脈のマッキンリー山近くの峠、ブロードパスに当時の中継用滑走路跡が残っている。面白いのは、連合国同士とはいえ、当時スターリンは資本主義の国アメリカのパイロットが自国の空に入ってくることを拒み、援助のアメリカ製軍用機の受け取りにソ連のパイロット達をアラスカまで送りこんだ。
※3 日本のゼロ戦は航続距離2,000キロ。増槽タンクを付けると3,350キロに延びる。当時の世界水準の戦闘機の4倍の距離である。今のプリウスみたいなものか!?

Information

■アラスカ・ハイウェイの道路情報
各地の道路情報は各地域のPOLICE/DMVから出されているが、それらを一括したポータルサイトが便利
Alaska Highway Road and Travel Conditions
ウェブサイト:www.usroadconditions.com/ak.shtml#link2
ExploreNorth (A Guide to the Alaska Highway)
ウェブサイト:www.explorenorth.com/library/canadafarnorth/bl-akhwy.htm
■マイルポスト
アラスカ・ハイウェイのみならずアラスカ州のすべての道路と町の情報(ガソリンスタンド、レストラン、ホテル、etc.)を網羅している便利帳
The Milepost
ウェブサイト:www.themilepost.com/index.shtml

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。ウェブサイトをリメイク中。