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スプリング・ウォーター・トレイル2(I-205~グレシャム)

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2008年09月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

ポートランドのイーストサイドを通るこのトレイルは
随所に残る北西部の生の自然と歴史を垣間見せてくれる。
キャラバン#71に引き続き、エリアの人々の「憩い路」を探訪する。

ポートランド東郊の自然を通って

鳶になったつもりで「スプリング・ウォーター・コリドール・トレイル=Spring Water Corridor Trail」(以下、スプリング・ウォーター・トレイル)を空から見てみよう。

コロンビア川の支流、ウィラメット川がポートランド市街を東西に二分しており、その右岸にジョンソン・クリークが注ぐ、言わばコロンビア川の孫流である。スプリング・ウォーター・トレイルは、この小川に沿って東へ延びる。正確には、このトレイルは1903年に敷設され、1990年に廃線となった郊外電車の路線(スプリング・ウォーター電車線、caravan #71参照)跡を通っている。そのルートは、ポートランド・ダウンタウンの対岸から商業地区を抜けて住宅街を通り、ハイウェイ205号線(以下I-205)をくぐる。トレイル沿いに、遊水地、草原、台地、自然公園などを左右に配し、さらに東の郊外へと向かう。ポートランドの東に隣接するグレシャム市を過ぎると道は南東に転じ、郊外の景色から農村のそれに変わっていく。
現在、ポートランドよりマルトノマ郡境界の約20マイルほどまでが舗装済み。トレイルは舗装の途切れたところからボーリングの町に入る。この未舗装の部分はつまり、レールが撤去されたままの電車の線路跡というわけだ。今回はそのうちI-205から東に進み、グレシャムまでの中間7マイルを紹介しよう。この区間はすべて舗装されている。

東へトレイルをたどる

I-205の近くはインダストリアル・エリア(商工業地区)である。PGEの変電所やジャンク・ヤードなどがあり、ちょっと殺風景だろうか? 映画「スタンド・バイ・ミー」的な雰囲気と言えないこともない。が、まもなく左右に林、草原(Meadow)、住宅地が交互に現れてくる。

マイルポスト10の北側に、ベガーズ・ティックという小さい野生生物保護区がある。以前は広い遊水地だったが、都市化が進み地下水位が下がったためだろうか。湿地から草原へと植物相が移り変わっている。マイルポスト10と11の中間から、街中を数ブロック南に行ったところに植物園(Leach Botanical Garden)がある(右ページinformation参照)。この辺りから、前方に大きな森が突っ立っているように見えるが、これが次項で述べるパウエル・ビュート自然公園(Powell Butte Nature Park)である。公園へのトレイルの入り口は、マイルポスト12辺り。スプリング・ウォーター・トレイルは、この丘の南を通り、ジョンソン・クリークに絡みながらグレシャムへと続いている。

マイルポスト14には、かつて電車が走っていた時代の駅舎が再現されている(Linneman Station)。小川、草原、林の景色が続き、やがてトレイルはグレシャムの街へさしかかる。左に出てくる開拓時代からの古い墓地を過ぎると、すぐにグレシャム市のメインシティー・パークに入る。ここから電車路線MAXの駅までは、北に数ブロックの近さである。スプリング・ウォーター・トレイルは、この公園の南縁を通り過ぎると、東から南へ大きな円弧を描いて下っていく。(以降のルート紹介はcaravan#71参照)

中央アジアの高原的風景

今回紹介するトレイルの白眉で、隊長のお勧めかつ大のお気に入りは、なんと言っても600エーカーの、広大なパウエル・ビュート自然公園である。えらい気合で紹介するが、それだけのことはある。

隊長はかつてパミール高原を旅したことがあるが、ここはその雰囲気をほうふつとさせる。ポートランドの東側一帯には、実は街の中にミニ火山と言うべき溶岩台地、カルデラが点在している。今では都市化が進み、その多くが住宅地に囲まれてしまったが、このパウエル・ビュート自然公園は、そのうちのひとつである。開拓時代には、牧場、果樹園として使われていたが、1925年にポートランド市の所有となった。ポートランド市公園局は、1986年にパウエル・ビュート自然公園プランの青写真を作り、ユニークな都市の広大な自然公園として、1990年にオープンするに至る。その山麓と山腹は、うっそうとした森林だが、溶岩台地でかつ放牧地であったため、山頂には広大で茫漠とした草原が広がっている。この中央アジア的大草原の中に、総延長9マイルのトレイルが通っている。何も視界を妨げない360度の眺望は素晴らしい。マウント・フッド、ジェファーソン、アダムス、セント・へレンズなど、カスケードの主役級の山々が展望できる。

この公園へ、東西南北それぞれの住宅地からトレイルが通じている。車では北東の162nd Ave.とPowell Blvd.の交差点から上部へアクセスでき、広い駐車場とトイレがある。スプリング・ウォーター・トレイルからのアクセスはマイルポスト12付近。この辺りは深い針葉樹林だが、わずかの距離を上っていくと、まるで森林限界線を抜けるような爽快さで大草原の台地上部にとび出る。この開放的な草原の上には、毎日の忙しさで気に留めることのない「大きな空」が広がる。そして、これは決して私達の目に触れないが、足元の地下には巨大水槽群が広がり、ポートランド都市圏へ給水する重要な役割を果たしている。※1

電車の時代

ほぼ20世紀(1903~1990)を通じて、スプリング・ウォーター電車線は、ポートランドからエスタケダを結んでいた。並走する送電線の保守や沿線の農産物、製材品などの輸送が、この鉄道の主な用途目的であったらしい。だから、ちょっと興ざめなことだが、今もトレイルは送電線に沿っている。

物流が促され、産業が発展し、この線路の沿線には次第に街ができた。トレイル沿いに設置されたマイルポストのパネルに見られる電車(旅客車)は、1958年まで営業運転していた。旅客部門の営業は、戦後急速に発達した自動車と道路網に取って代わられたが、ボーリング、エスタケダには製材工場があり、その後も貨物部門の営業が1990年まで続けられた。ゴンドラと呼ばれる、真ん中に仕切り壁がある専用の貨車で、製材品がポートランドを経て米国西部の市場へ出荷。ウィラメット川沿いのポートランド港からは、貨物船で日本へも輸出されていた。1980年代、ボーリングにあるバンポート社で製材された日本規格の製材品は、旧態依然であった日本の木材業界に、ある意味「黒船」的な衝撃を与えた。その製材品も、この線路の上を運ばれて日本に向かった。※2

1990年の最後の貨物列車を、隊長は家の前で見送った。廃線が決まるまでは紆余曲折があったが、実際にレールが撤去されたのは廃線が決まり、そのルートを多目的なトレイルに造り変えることが決定して、さらに2、3年後のことであった。

トレイルとして生まれ変わる

1990年代前半、スプリング・ウォーター線からはレールが撤去され、ウォーキング・トレイルとして使われることになった。クリークと丘陵地帯を巡る周囲の自然景観は変化に富んでいる。要所要所に案内板、屋根付きのベンチ、ゴミ箱なども設置され、それだけでも十分トレイルとしての機能があるのだが、西のポートランド側から順次、舗装されていく。1996年にはグレシャムまで舗装され、2000年からはさらに南東へ舗装が進められた。元来電車が通っていた道なので、車道とは完全に分離されており、勾配もカーブも緩やかだ。センター・ラインが引かれ、ことにサイクリストにとっては理想的なサイクリング・コースが出現した。快適な多目的トレイルができたのである。

※1 パウエル・ビュートには、その立地(高度)から1960年代には市東部の住宅地への給水タンクが設置されていた。続く1970~1980年代、ポートランドは市の西方のビーバートン、ヒルズボロへと発展していき生活用水の確保が急務となった。そこで1980年には巨大な(5,000万ガロン)巨大貯水槽をこのパウエル・ビュートの地下に造り、1983年には直径66インチの大送水管を埋設。ポートランドから西へ約20マイルのワシントン郡へ、良質なおいしい水を供給している。ちなみにこの水源はマウント・フッド西面山麓の広大な原生林ブルラン水源林(Bull Run Reserve)である。

※2 北米の2×4工法の部材でなく、柱、桁、筋交など日本の在来工法用の建築部材。樹種は、米松、米栂など。建具、造作材用の高級材もあった。

セントへレンズ山の大噴火
▲I-205から東(グレシャム方向)へ向かうスプリング・ウォーター・トレイルは、その生い立ちから送電線に沿う宿命である。正面の森はパウエル・ビュートの南斜面にあたるが、トレイルからはパウエル・ビュートの存在そのものに全く気付かない
倒木と花畑
▲スプリング・ウォーター・トレイルはウィラメット川支流のジョンソン・クリークに沿い、これと絡むようにいくつもの橋を渡っていく
ジェファーソン山山火事
▲パウエル・ビュート自然公園は、街中にありながら、私達が日頃つい忘れている「空の大きさ」を思い出させてくれる。街中からすぐ近くに、こんな公園があるのはアメリカならでは
山火事の後の草花
▲パウエル・ビュートへ下から上ってくると、まるで大草原に出たように思える。遠くにはカスケードの山並み、近くには緑に囲まれた住宅地が見える。私達の住む米北西部の環境(住環境も自然環境も)がいかに素晴らしいものであるかを感じる
座礁船
▲パウエル・ビュートの日暮れ時は、隊長お気に入りの時間帯
座礁船
▲当時の電車線(今のスプリング・ウォーター・トレイル)脇にある、1900年代初頭に設置された変電所の建物。現在もポートランドの東部約1/3の世帯へ送電している。マイルポスト9.7辺り


Information

■スプリング・ウォーター・コリドール・トレイル
ポートランド市公園局のオフィシャルサイト。トレイルの管理運営はポートランド・メトロ・エリアが行っている。移動する距離が長いので、このトレイルを訪れる手段としては自転車がお勧め。
Spring Water Corridor Trail
ウェブサイト:www.portlandonline.com/parks/finder/index.cfm?action=ViewPark&PropertyID=679

■リーチ植物園
北西部の原生種を中心にした、1,500種類もの草、花、樹木がある5エーカーの植物園。
Leach Botanical Garden
ウェブサイト:www.leachgarden.org

■パウエル・ビュート自然公園
ポートランド市公園局が管理運営する600エーカーの自然公園。車でのアクセス可能。馬も犬も自転車もOK。
Powell Butte Nature Park
ウェブサイト:www.portlandonline.com/parks/finder/index.cfm?PropertyID=528&action=ViewPark

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。ウェブサイトをリメイク中。