自然世界「南オレゴン」の蠱惑(こわく)(1)空白の鳥瞰図
2009年07月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎
ノースウエストの南西部には、奥深い自然世界が広がっている。
ひとつながりにまとまったこの地はその山ひだに人の心を誘い込んでしまう
▲クレーター・レイク国立公園。7,000年前にできたカルデラ湖の広さと碧さは訪れる人を魅了し続ける
地図の空白地帯
アメリカ南西部ーグランド・キャニオンに代表されるアリゾナ、ユタ州などは、日本人観光客に最も人気のある、アメリカの自然が楽しめる観光地だろう。かたや私達の住む北西部、特にその自然については、残念だが日本ではほとんど知られていない。ややこしい呼び方になるが、さらに「米北西部の南西部分」となると、日本での知名度はゼロ。おそらくアメリカ在住の人達、地元の私達にとっても「クレーター・レイクのある場所……」以外は知っていることが少ないのではなかろうか?
本誌6月号の巻頭特集、「オレゴン、魅力のすべて」に隊長は「オレゴンの必訪スポットベスト5」という小文を寄せた。その中に「サザン・オレゴンは自然の宝庫……自然と風土と街の魅力が無造作にころがる」と書いたが、実際その通りなのだ。例えば、広大無辺なアラスカの自然のように、どれだけ通おうと、その魅力を極め尽くせぬひとつの大きな自然世界がノースウエストの南西部に広がっている。それぞれが存分に魅力的な深くきめ細かい谷と山並みが延々と続くこの地に立つと、ただため息が漏れてしまう。今、自然と時間の広さ、深さ、大きさを見ているひとりの人間が持つそれの、あまりの小ささやはかなさに改めて気付かされるのだ。
隊長は南オレゴンに魅了されてしまったのである。ここの魅力は2、3回の記事で伝えきれるものでもなく、まだ訪れていないエリアも多いが、この、地図の空白地帯をできる限り紹介していこうと思う。
鳥の目で
まずは上空100キロから俯瞰してみる。「南オレゴン」と呼称するエリアは、正確にはオレゴン南西部から北カリフォルニアに続く山地だ。山並みで見ると、アメリカ西部の3つの山脈、カスケード山脈、コースト山脈、シェラネバダ山脈がひとつにつながる部分である。西はオレゴン・コーストの南部に当たり、北はウィラメット・バレーとセントラル・オレゴンにまたがっている。そして東はイースタン・オレゴンの砂漠に続く。※1
また、このエリアには3つの国立公園とふたつの国定公園が含まれる。クレーター・レイク国立公園、レッドウッド国立公園、ラッセン火山国立公園、オレゴン・ケイブ国定公園、そしてラバベッド国定公園だ。このエリアの自然の多様さがうかがえよう。※2,3 今年中にさらにいくつか(オレゴン・ケイブ、樹上ホテル、アッシュ・ランドなど)を書こうと思っているが、今回はこのエリアの自然の全体像をお伝えする。北西部の大動脈I-5をオレゴンの州都セーラムから一直線に南へ1時間走る。広大肥沃なウィラメット・バレーのどんづまり、すなわちウィラメット川が、山あいからの支流をひとまとめにして、平野部に流れ出る場所がユージンの街だ。ここからI-5はカリフォルニア州のサクラメント・バレーに抜けるまでの間、ひたすら山あいを縫って南オレゴンに入っていくのだ。途中ローズバーグなど、ちょっとした街を通るが、四方どっちを見ても山ばかり。ポートランドから400キロ、サンフランシスコまで600キロ、ソルトレイク・シティーへは1,200キロ、都会からは遠ざかる一方だ。
▲レッドウッド国立公園内でのトレイル・ウォーク。この巨木林は1980年に自然世界遺産登録された
▲オレゴン州最南の街、アッシュランドの中心にある1925年に建てられたアッシュランド・スプリング・ホテルは、国の歴史建造物のひとつに指定されている
▲映画「スタンドバイミー」で少年達がこれから冒険旅行に出るという象徴的な鉄橋はユージンの南、コテージ・グローブの郊外にある。線路はすでに撤去されている
「何もない?」vs.「何でもある!」
都会志向の人だったら「ああ田舎。何もない、退屈で死にそう」となるかもしれないが、本当に何もないのだろうか? 都会派の目から自然派の目に変われば、旅行者への知名度ほぼゼロの、南オレゴンの「不遇」は「幸運」に一転する。このエリアは行き場所に際限がないほど自然が豊か、あらゆるものがある。そして都会からのアプローチの遠さが幸い(=災い?)して、山へ入ろうと湖へ行こうと、出会う人はまばらだ。変化に富んだ手付かずの原生自然が至るところにある。その魅力は底なし沼のように奥深い辺境のどこまでも広がっている。
海岸:クースベイから南、オレゴン・コーストの南北500キロの最南部に当たり、20カ所あまりの州立公園が、流木と砂浜の海岸線に点在している。ブランコ岬は、米本土の最西端と地元は主張しているが、測量地点の違いで、公式にはワシントン州のオリンピック半島アラバ岬がわずかに西に位置する。それでも秋から春への半年間は、ブランコ岬は米本土で最後に日が沈む場所ということになるようだ。
川、クリーク、滝:カスケード山脈を水源とする中規模の川が、西に流れ森林地帯に彩りを添えている。ローズバーグを通るアンプカ川とグランツ・パスを通るローグ川である。それぞれに釣り、ボート、カヌー、ラフティング、ハイキングなどに人々が訪れる。ことにローグ川の中流から下流にかけては、渓流美と原生自然が見事で、夏場はツアーのジェット・ボートが運航している。上流と支流の各所は美しい流れや滝も多く、要所にトレイルが通っている。
湖:南オレゴン中央の平野には、オレゴン州最大のクラマス・レイクが広がり、通年無数の渡り鳥、水鳥が群れている。クレーター・レイクは、神秘的な深く碧い湖。このほかにも、中小無数の湖が山と森の奥深くや内陸部の平原に散在しており、ハイキング・コースやキャンプ場に供されている。
山、森、麓:南オレゴンは、何と言っても山国。ティールセン、マクローフィン、ギアハート、ラッセン、シャスタ※4、シスキュー……。カスケードとシェラネバダの3,000メートル級の山々が妍を競ってそびえている。火山、岩峰、ビュート、雪山と、山容もたたずまいもユニークな山々である。西と北は、針葉樹の森の深緑が広がる大洋のよう。東(内陸)へ向かうと、次第に砂漠の景観になるのは北西部の北部と同様で、それでも森林全体の植生は明らかに南の佇まいを呈している。さらに南へ下りると、シェラネバダの主脈は疎林で岩肌の山々が多くなる。こんな山と森と谷を縫って、シーニック・ドライブやトレイルが縦横につけられている。南オレゴンのそれらの道は、俗世の垢を振るい落とす“Outback”な道と言って良いだろう。
▲クレーター・レイク国立公園内にあるピナクル。火山活動によってできた自然の尖塔群が立ち並んでいる
▲カリフォルニア州境近くのタキルマにある樹上ホテル
さまざまな自然の場面
コースト山脈の南端、ゴールド・ビーチ内陸のビスケット森林で、2002年に広大な面積の山火事が発生。1カ所の山火事としては、最大級の50万エーカー(大阪府の面積に匹敵)の山林が焼けた。広大な山火事跡地は現在植生復旧中だ。
ゴールド・ヒルには地磁気の渦(vortex)の影響で、超常現象が見られるスポット、オレゴン・ボルテックスがある。隊長も体験したが、確かに不思議な場所だ。また、オレゴンとカリフォルニアの両州にまたがり、広大な野鳥保護区、クラマス盆地野生保護地区が広がっている。その敷地は水面、湿原、草原、周辺の耕作地を含み5万エーカーにも及び、春と秋の渡り鳥の季節に一帯に鳥達が集まる様は壮観だ。※5
そして隊長を南オレゴンに引き付けるもうひとつの理由は、これらの原生自然と深くかかわってきた人々の営みである。それについては次号で述べたい。
▲カリフォルニア州境近くにあるオレゴン・ケイブ国定公園。洞窟内は壮大な迷宮になっているため常にレンジャーと一緒に行動する
※1 キャラバン#48「上空100キロから見るセントラル・オレゴン」参照
(www.youmaga.com/odekake/eco/2006_7.php)
※2 キャラバン#13「クレーター・レイクの深い“あお”」参照
(www.youmaga.com/odekake/eco/2003_7.php)
※3 キャラバン#20「太古の巨木林、レッドウッド国立公園」参照
(www.youmaga.com/odekake/eco/2004_2.php)
※4 キャラバン#60「聖山 シャスタ山」参照
(www.youmaga.com/odekake/eco/2007_07.php)
※5 キャラバン#83「野鳥の天国、南東オレゴンで“黒いトキ”を探す」参照
(www.youmaga.com/odekake/eco/2009_06.php)※小杉晶子氏執筆
■南オレゴン・バケーション・ガイド(Southern Oregon Vacation Guide)
各地の旅行関連情報とイベントなどを紹介(英語)。
ウェブサイト:www.southernoregon.org/index.html
■パスポート2南オレゴン(Passport2 Southern Oregon)
南オレゴン全域の各市町ごとに旅行情報のウェブサイトを調べやすく整理してある。南オレゴンのいわばポータルサイト(英語)。
ウェブサイト:passport2oregon.com/cat_index_324.html
■オレゴン州政府観光局
日本の同州政府観光局のウェブサイト。州全域をカバーしている。概要は日本語で、各論は現地のウェブサイト(英語)へリンク。
ウェブサイト:otc.traveloregon.psykel.com/japanese/visitor.cfm
Reiichiro Kosugi 1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。 |
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