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自然世界「南オレゴン」の蠱惑(こわく)(4)オレゴン・ケイブ

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2009年10月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

この辺境の地はなんとディープなのだろう?
「輪廻」「ガイア」が目の当たりに見えてくる
ここオレゴン・ケイブもそのひとつだ

リシア・パーク
▲Joaquin Miller’s Chapelと呼ばれるフォーメーション群。自然が造形する石灰石の芸術を愛でることは、鍾乳洞窟を訪れる大きな楽しみのひとつだ。天井から滴る水滴によって延びるつららとその直下にできる石筍、上下が繋がった石柱、いずれも溶出した水から石灰石が再結晶してできる。その1センチの成長に数十年から百数十年を要する

CaCO3と生命(いのち)

エベレスト、卵の殻、ピラミッド、サンゴ、ミロのビーナス、コンクリート、タジ・マハール、ギリシャ建築、州議会議事堂、国会議事堂……自然が造るか、人間が造るかの違いがあるが、同じ物を私達は見ている。※1それを炭酸カルシウム(CaCO3)と呼んでしまうと、そこでロマンは途切れてしまうけれども、冷たい無機質の代表のように言われるコンクリートのひとかけらでさえも、生命の働き掛けがなければ、それは存在しない。……絶妙な自然の造形たるオレゴン・ケイブの中を歩きながら、隊長はそのことを思った。

CO2と巡る地球

古生代(数億年前)から、地球の海においてサンゴや貝類は、海水の二酸化炭素(=炭酸ガス、以下CO2)とカルシウム(Ca)を体内で合成してCaCO3を作る。石灰質である。気が遠くなるほどの長い地球時間のうちに、海底にこれら生物の屍骸の厚い層ができる。これが押し固められて石灰岩(Limestone)になる。石灰岩の一部はマグマの熱で変成して結晶化する。これが大理石(Marble)だ。

2億年の間の地殻変動で、陸地に押し上がった石灰石、あるいは大理石の地層は今日、そのまま石材として切り出されたり、あるいはセメントの原料となっている。いっぽうCO2は、雨水に溶け弱酸性の水(=炭酸水)となり、石灰石や大理石の石灰質(炭酸カルシウム)を、ごくゆっくり溶かしていく。溶かされた後の地層には空間ができ洞窟になり、溶出した水から過飽和になったCaCO3が再結晶し方解石となる。この時、再びCO2と水が放出される。

この再結晶のメカニズム、化学的には単純だがその時間のスケールと、物理的な条件によってさまざまな形(フォーメーション)をなして、人を魅了したり想像力をかき立たせてくれる。※2

1935年設立当初のシェイクスピア・フェスティバルのメイン劇場
▲洞窟の出入口にて。私達のグループを引率したこのインタープリター(パークレンジャー)の解説はわかりやすくとても興味深いものだった。ツアーが終わった時には皆から惜しみない拍手が送られた
現在のメイン劇場
▲洞内の通路は要所要所に照明が設置されている。来訪者はフラッシュライトを持ってきてはいけない


オレゴン・ケイブの年賦

この洞窟を巡る対人間の歴史について簡単に述べよう。

先住民のタキルマ族は、1万年以上前からこのシスキュー山地に住んでいた。1800年代、ヨーロッパからの毛皮猟師達に続いて、移住者や金鉱探しの人々がこの地帯に入ってくるまで、洞窟は太古からの眠りにあった。1874年秋、ハンティングに来ていたイリア・デイビッドソンが猟犬のブルーノを追ってこの洞窟を見つける。1903年、ルーズベルト大統領は洞窟を含む一帯を国有林に指定した。さらに1909年にオレゴン・ケイブは国定記念物に指定される。1934年には宿泊施設、シャトー(Chateau)が建てられた。

20世紀も、70年代までこのオレゴン・ケイブは「観光地」として開発/利用されてきた。たとえば洞窟内を歩きやすくするためにアスファルト舗装がなされた。だが「観光客」のマナーは悪く、落書きや鍾乳石を折って持ち帰る不届き者が出たりする。1980年代に入って、オレゴン・ケイブの保全が見直されるようになり、1992年までに通路のアスファルトは取り除かれた。洞内の換気も極力元の自然に近いものに改められる。こうして今年2009年には、国定記念物指定100周年を迎えた。

Down to Earthなひと時

今回の写真の不出来を弁解するのではないが、人間の時間単位を一笑する地球の営みは、どんな写真でも伝えきれないと思う。読者の皆さんには、ぜひこのラビリンスに来て自分の目で見、体で感じ、想像力を駆使して欲しいと思う。洞内を歩いていくと、頭上で、足元で、目の前で続けられている生々流転の地球ドラマは、気の遠くなるような時間を経ても「決して留まらないのだよ」と、1歩ごとに頭まで伝わってくる。自分が地球とつながった、文字通りDown to Earthなひと時である。これは自然探訪で自分と外界がシンクロナイズした時にしばしばやってくる至福の瞬間だ。隊長もあと2回はこの洞窟を訪れたいと思う。1回はちゃんとした写真を撮るため。もう1回は、このDown to Earthをまた体験できるかな? という願いからである。

1935年設立当初のシェイクスピア・フェスティバルのメイン劇場
▲カールスパッドはニューメキシコ州にある洞窟で、国立公園となっている。50万匹のコウモリが群棲していることで有名。なお、アメリカ最大の洞窟はケンタッキー州にあるマンモス・ケイブ。洞窟の総延長は約600キロにも及ぶ
1935年設立当初のシェイクスピア・フェスティバルのメイン劇場
▲ワシントン州、セント・へレンズ火山国定公園にある溶岩洞。火山の噴火の際、流れ出す溶岩流の外側は外気に触れて冷え固まる。その内部はドロドロのマグマが下方へ流れ、後にはトンネル状の空間が残る。これがラバ・チューブ(Lava Tube)である
1935年設立当初のシェイクスピア・フェスティバルのメイン劇場
▲洞窟の上の地表には、短・中距離のトレイルが4ルートある。これは約1マイルの大理石とオールドグロスの林(原生林)の中を歩くClif Nature Trail。ほかにはオレゴン州最大の太さのダグラスファー(米松)の木を訪れるThe Big Tree Trail、滝へ続くNo Name Trailなど
現在のメイン劇場

▲30年代の雰囲気のままの客室とダイニングルームがあるシャトー。ここに泊まると南オレゴンの空気に触れることができるだろう


オレゴン・ケイブを訪れるための 2009年9月現在の主だった情報

オレゴン・ケイブでは鍾乳洞の保護のため、国立公園局によりいくつかの規則が定められている。最新の詳しい情報は、オレゴン・ケイブ国定公園のウェブサイト(Information参照)で確認を。
■場所:オレゴン州。(車で)ポートランドより約270マイル、5時間
■ツアー:受付で申し込み。(予約不可 料金:大人$8.50、16歳以下$6)入洞はパークレンジャーの引率による。個人で洞内に入ることはできない。※このレンジャーによる解説でオレゴン・ケイブの理解がぐっと深まる。洞内は寒く(5℃)傾斜があり、合計500段の階段の上り下りがある。解説は英語のみ。所要時間は約90分。
■子供:身長42インチ(107cm)以上は参加可
■ペット:入場不可
■写真:大部分は撮影可だが、コウモリの生息域はフラッシュ使用不可。三脚は持ち込み不可

※1エベレストの山頂は石灰岩、つまり、かつて海の底であった。オレゴン州議会議事堂の外壁は、バーモント州産の大理石。ワシントン州議会議事堂の内装は、欧州とアラスカ産の大理石。国会議事堂には、日本各地の大理石と沖縄のサンゴ石灰石が使われている。これらは分子レベルを生き物が担い、結晶レベルを地球が担い、造形を人間が行った合作と言えよう。
※2フォーメーションの数々
石灰分を溶かした水から再結晶するCaCO3の結晶(方解石)は、その生成のパターンにより、さまざまな形状に成長する。それを人々がいろんなものに見立てるわけだ。主だったものは、水滴によるもの【ツララ、石筍、石柱、カーテン状、ストロー】、水流によるもの【洞窟真珠、フローストーン(バナナ状)、畦状、石灰岩ダム】、霧(状)によるもの【ポップコーン、洞窟サンゴ】

Information

■オレゴン・ケイブ
アメリカだけで1,000以上の洞窟があり、オレゴン・ケイブは洞窟の総延長約5キロ弱、規模では281番目に当たる。規模は大きくないものの、大理石の鍾乳洞としてフォーメーションは変化に富み、見どころは多い。
Oregon Caves
www.nps.gov/orca/

■シャトー
オレゴン・ケイブ国定公園内のダグラスファーの原生林に1934年に建てられたロッジ。同じくオレゴンにあるティンバーライン・ロッジ、クレーター・レイク・ロッジと同時期の歴史的建造物で、深い谷の中にあり、落ち着いたたたずまいの木造6階建て。地元の非営利団体によって運営され、ロッジ内は石けんから土産品まで、とことんローカル産のこだわりに満ちている。
The Chateau at the Oregon Caves
http://ivcdo.projecta.com/sectionindex.asp?sectionid=2

■エイプ・ケイブ(セント・へレンズ火山国定公園)
洞窟には、ごく大雑把に分けると2種類ある。オレゴン・ケイブのように、地表の雨水が何万年という時間を掛けて岩石を溶かしてできた溶蝕洞窟(鍾乳洞など)、または同じく地球のものすごいエネルギーにより、一瞬にしてできる火山洞窟(溶岩洞)である。その時間スケールがあまりに対照的なところが、星の自然らしくて面白い。
Ape Cave Lava Tube, Mt. St. Helens
http://vulcan.wr.usgs.gov/Volcanoes/MSH/ApeCave/description_ape_cave.html

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。