2010年06月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎
長い年月を経て美しく結晶したような街、アシュランド
南オレゴンはカリフォルニアとの州境のすぐ近くにある
ここは米北西部では貴重な「歩いて回れる街」だ
五感をくすぐる街・アシュランド
思わず振り返るようなきれいな女性や、ハッとするほどのハンサムな男性とすれ違う。この春、アシュランドの街をゆっくり歩く機会があり、隊長はカメラを携え、広い南オレゴンの小さな街の通りに出た。アシュランドの南、州境近くの山や、北のジャクソンビルなど周辺にも訪れたい見どころがたくさんある。が、イタリアやオーストリアの小都市を散策するように「歩いて回る範囲で」感じるものだけを今回は書いてみたい。※1
大雑把に言って、ペンシルバニアより東、アメリカの東部には歩いて回れる(=歩いて回っても楽しめる)街が多い。まだ車が行き渡っていない時代に街づくりの基本ができたからだろう。加えて街路も建物も古く趣深い。西部はそういう街がほとんどないが、アシュランドには独特の趣があり、街だけでなく人当たりも柔らかい。南に十数マイル行けばカリフォルニア州。この付近はカスケード山脈がシェラネバダ山脈に名を変える、山あいの地である。標高600メートル、北緯42.2度、人口2万人余り。街外れには南オレゴン大学(Southern Oregon University)がある。こぢんまりとしたキャンパスには、セコイア、シュガーパイン、シュロが植わっており、いかにもカリフォルニアに近いと感じさせる。総じて文系に秀でた大学だ(Information参照)。
ここからアシュランドの街の中心までは、閑静で花と木の多い落ち着きのある住宅街が続く。ダウンタウンの周りにはレストラン、ホテル、B&B、楽器店、アート、書店、アンティーク・コレクション、そして不動産の店が多い。住宅街から商店街まで、どこを見ても心なしか小じゃれている。決して華美ではなく、ある種の美学の気配がそこかしこに漂っているのだ。
ダウンタウンの中心にシェイクスピア劇場群があるのだが、目立たない外観である。劇場の裏手、アシュランド・クリークの流れに沿う公園を歩く。花が次々に咲き始め、木々は新芽を出している。クリークのせせらぎが実に心地良いし、鳥のさえずりは1日中絶えない。いかにたくさんの市民がこの清流と公園を愛し誇りに思い、慈しんで手入れしてきたかということがよくわかる。アシュランド・クリークには、由緒ある湧き水が出ていて誰でも飲める。水は炭酸が入っているのか、少ししょっぱくて酸っぱく、鉄の味がする。ダウンタウンの中心を通るこのクリーク沿いに、多くのレストランがその水音と景色を取り込んだパティオにしつらえている。なんとも憎い演出の中で、人々はビールやワイン、料理と会話を楽しんでいる。これを見ていると、人生は真面目に楽しまねばならん、と素直に思えてくる。この、まるでバイオトープのような街の雰囲気がどうしてできたのか、隊長はかねてから気に掛かっていた。だからこの日の散策はその謎解き(?)の探訪でもあった。
▲アシュランドの街並み。5月になってもすぐ近くの山は雪だった。中央に見える建物は、街の中心を示すランドマークで、国の歴史建造物に指定されているアシュランド・スプリング・ホテル
市民公園リシア・パーク
19世紀終わりからシャトゥーカ運動(ChautauquaMovement)というのがアメリカ各地に興った。ひと言で表すと、地方の民衆レベルで音楽や演劇などの芸術と教育の興隆を目指した一連の社会運動である。飛行機、車などの移動手段がなく、ラジオもテレビもない時代の人々の、知的向上心の発露のひとつの形であろう。南オレゴンでも、ここアシュランドにその一環で1892年に野外劇場が造られた。
20世紀に入り、人間社会の自然な流れとして、文化、芸能、教育の機会は結局都会に集まるようになっていき、1920年代にこのシャトゥーカ運動は絶ち消えてしまう。だが、アシュランドに造られた野外劇場用の8エーカーの土地が、今日の100エーカー近くのリシア・パークの発端となり、劇場の跡から後年シェイクスピア劇場が興ったのだった。
リシア・パークは、1914年からこの劇場の場所より上流、アシュランド・クリークの谷全域の森林を市民公園として整備していったものだった。その設計は、サンフランシスコのゴールデン・ゲート・ブリッジ公園を設計した建築家のジョン・マクラレンに任された。彼はあくまで自生の草木を主体にしたうえで、柳、メープルなどの園芸樹種を加え、四季折々に訪れる人々の目を楽しませる公園景観を演出した。清流を軸に森林とトレイルが続き、それをバックにシェイクスピア劇場群がある。さらに公園と流れを取り込んで街の中心ができたという。渓流、公園、劇場、市街地、市民が見事に溶け合った関係が目にも見え、人々の心の中にもできていった。
▲リシア・パークはアシュランド・クリークの両岸に沿った森林、渓流公園。奥行きが深く往復28マイルのトレイルが通っている
75年の情熱と奇跡
シェイクスピア劇場なくしてアシュランドは語れない。1935年、市の独立記念日の催しの一環として、シェイクスピア劇「ベニスの商人」と「十二夜」が上演された。入場料は大人50¢、子供25¢、観客動員数は500人、大成功だった。この上演の原動力となった人物は、後の南オレゴン大学の若き熱血教師アンガス・L・ボウマー(AngusL.Bowmer)である。彼自身、その時限りの学園祭の催しのつもりだった。これがその後75年も続き、上演回数は2万5,000回以上。延べ1,300万人(ほぼ東京都の人口!)もの観客を動員することになるとは、夏の夜の夢にも思わなかっただろう。2009年の観客動員数は41万人だった。
しかし、一朝一夕にそうなったわけではもちろんない。まず独立記念日の恒例となり、評判が人々を呼び上演回数が増えていく。1950年代に、初めて出演者に夏の間の奨学金として、ひとり$100が渡されるようになった。劇の質の高さは定評となり、全世界から集客を呼ぶ。1973年に非営利法人化、今日に至る。※2
現在、役員スタッフは約30人、俳優約90人、ミュージシャン、ダンサー、照明ほか舞台スタッフが100人。さらにインターン、ボランティアを含め総勢600人余りの大所帯で劇場全体を運営している。俳優は、毎年オーディションで決定し、10カ月契約。常に高いレベルのタレントが求められるという。だからアシュランドの街角で出会う美男美女達は絶えずジョギングしているのだ。75年である。少しでも芸をきわめることに妥協があったら観客はついてこなかっただろう。
▲エリザベサン・ステージの舞台。夏の開演時期に向けての補修工事中。バック・ステージ・ツアーでは、その名の通りこの楽屋裏を見られる
▲シェイクスピア・シアターの舞台裏手に位置するリシア・パークは、ヨーロッパの都市公園を彷彿させる
文化が経済を牽引する街
この街の主要産業(=雇用)のいちばんが南オレゴン大学、2番がシェイクスピア劇場(OSF)、さらに学校、病院と続く。工場も農場も出てこない。いったいどうやって地域経済が回っているのだろう。観光に立脚していることは間違いない。しかし、観光の街というケバケバしいイメージはほとんど感じられない。
カリフォルニア・ナンバーの車をよく見掛ける。州境がすぐそことはいえ、異常に多いので、何人かの人に尋ねてみた。「この街へは、州内はもとより全米からリタイアした人達が集まってくるよ。カリフォルニアがいちばん多いかな?」。なるほど、不動産屋が多い理由のひとつはそれだ。さらに毎年劇団に入退団する人の住まい探しもあるようだ。劇場のそばにはアパートが多い。演劇を志す人達からは、健康的なオーラが漂っている。劇団には絶えず緊張があり、可能性がある。ここがゴールの人もいる、スタートの人もいる、ステップの人もいる。みんな夢があり。情熱を持って切磋琢磨している。
それにつけても、同じ米北西部の、例えばレベンワースや、カナダのバンフ、ジャスパーなどと比べてみる。あるいはテーマパークひしめくフロリダや、ハリウッド、ブロードウェイ、いずれの街とも空気が何か違う。散策を終え、そのことを考えてみた。隊長の頭にはたとひらめいたこと。「アシュランドはアメリカの富良野塾だ」。レッドウッド国立公園やクレーター・レイク国立公園がそうであるように、この街は大都市から遠く離れていることに価値がある。遠隔地というフィルターが、訪れる客を逆に選別している。
演劇を本当に見たい、楽しみたい人だけがやって来る。席が売り切れたらおしまい。立ち見も行列もない。売り上げ至上の競争も競合もない。毎月の新しいアトラクションで、これでもかという刺激も、そのためにクタクタになることもない。ここは楽しみたい人々と楽しませたい人達がじっくり出会う街なのだ。だからここへ来る人は観光客でなく訪問客だ、と。
都市の喧騒から隔絶された南オレゴンの落ち着いた風土と自然がクラドル(揺り籠)となり、人生を楽しみたい人と人生を楽しむ文化が絶妙のバランスを保ち、ここまで育ってきた。そして、「経済が文化をつくるのでなく、文化が経済を牽引していけるのだ。地方の小さな都市でも夢と情熱を持ち続ければそれはできるのだ」と、シャトゥーカ運動に対するアンガス・L・ボウマーの答えを見るような気がする。
※1 これまで4回にわたって南オレゴンの魅力を紹介してきた。(キャラバン#84~87)アシュランドの周辺には街も自然も多様な見所にあふれている。これまでの取り上げ方はまだまだ「さわりだけ」のように思う。折りあるごとに紹介をしたい。
※2 この芸術運動に対して、官民からたくさんのサポートが寄せられている(USバンク、キーバンク、ウェルズ・ファーゴなど、北西部の名だたる銀行や、ボーイング、ナイキ、マイクロソフト、ポールアレン財団など)。またオレゴン州、ワシントン州から、高校、アート・スクールや家族の恒例行事として、毎年観劇に来る人がたくさんいる。
▲アシュランドの裏通りを歩いていくと、そのまま子供のころに戻っていけるような気がしてしまう
▲1887年に開通したサザン・パシフィック鉄道のアシュランド駅構内から南方向を望む
■南オレゴン大学
芸術(演劇、劇場芸術、音楽、美術など)、犯罪学、刑事裁判学、生物生態学、環境科学、環境科学などに強みがある。
Southern Oregon University
www.sou.edu
■リシア・パーク
アシュランド・クリークを中心にした92エーカーの市民公園。1世紀以上の歳月と市民の愛情をかけてでき上がった珠玉のような公園である。公園のほぼ半分が文化財として国民遺産登録されている。
20数年続いている公園の自然解説員による1時間半の公園内ウォーク(無料)は、5~9月に週3回(水、金、日、一部土曜)実施。
Lithia Park
www.ashland.or.us/Page.asp?NavID=257
■オレゴン・シェイクスピア・フェスティバル
1935年設立の伝統ある常設シェイクスピア劇場。今年は開演75周年に当たる。古典劇から現代劇まで大中小3つの劇場を使い、2~11月の期間上演。全米のみならず世界中から観客が集まる。バック・ステージ・ツアーも面白い。
Oregon Shakespeare Festival
www.osfashland.org
(2010年6月)
Reiichiro Kosugi 1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。 |
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