2010年09月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎
長大なカスケード山脈の山裾でただ1カ所だけ海に接しているところがある
20世紀の初め、深い森と険しい岩山のその難所に道が開かれた
今では北米で指折りのシーニック・ドライブとなっている
チャカナット・ドライブ
米北西部を南北に貫く大動脈I-5を北に向かう。道は終始カスケード山脈の西側を通っている。ワシントン州、スカジット・バレーの沃野を過ぎると、ハイウェイは山あいに分け入っていく。カスケード山脈の主脈からベイカー山だけがポンと西にせり出し、その分だけ裾野が海に押し出された格好だ。
I-5はその山道の区間ほんの10マイル余りを蛇行すると、すぐにまた平野部─ベーリンハムの街─に入って行く。車でわずか10分ほどの区間だが、そのI-5の西側、つまりカスケードの押し出し部分は、チャカナット山地(Chuckanut Mountains)と呼ばれている。その海べりに造られた自動車道路が「チャカナット・ドライブ」である。先住民の言葉で“入り口の小さな湾の浜”という意味のチャカナット(Chuckanut)。※1……声に出してみる。うん、なんとなく楽しい語呂の名ではないか。
米北西部の開拓は、アメリカの中でも遅い。ワシントン州の開拓期はひと際遅く、人々は19世紀も後半に入って、多くは海岸部から入植していく。当時の交通と運輸の主役はもっぱら船であり、次いで鉄道の敷設が進められた。
自動車の役割が大きくなるのは20世紀に入ってからで、チャカナット・ドライブの建設は、ちょうどその流れに沿っている。1896年にべーリンハムから南のボウ(Bow)まで木材の搬出路ができた。その後1905年から足掛け16年の年月と人手とお金が注ぎ込まれ、当時のワシントン州で最大の難工事の末に、現在のチャカナット・ドライブが1921年にようやく舗装開通した。
世はすでに自動車の時代に入っていた。当初、木材と農産物の搬出がこの道の主目的だった。が、人々がドライブそのものを楽しみ始めた時期に、深い森の山々とサンファン諸島の風光明媚なこの道路は、すぐにシーニック・ドライブ(観光道路)として有名になっていった。そして現代も、この道からの眺めの良さはますますたくさんの─ドライブに限らず自転車、ハイキングを楽しむ─人々を引き付けている。
ドライブ・ルートは、大きく分けて3つのエリアを通っている。南からスカジット平野の農村地帯(0~9マイル)、山と海が接する絶景の部分(10~18マイル)、古い港街フェアヘイブンの南東部(18~21マイル)。※2 この道の西に広がる海は、広~い遠浅のサミッシュ湾である。潮の満ち干きは、目で見ていて、みるみる水が上がって(引いて)行くさまがわかるほどだ。
1921年にこの湾に日本の真ガキが導入された。今ではこの湾に限らずワシントン州の海岸の各地とオレゴン州で、真ガキの養殖が盛んに行われている。※3
第2のシカゴと言われた町並み
チャカナット・ドライブを北上。フェアヘイブンのダウンタウンに入ったら、道は東に折れI-5に向かう。ここフェアヘイブンは、かつて北西部の造船、交通、物資の積み出しの拠点港として栄えていた。サロンや娼家が軒を連ね、そのにぎわいは西の(次の)シカゴと言われるほど一世を風靡した。20世紀に入りベーリンハム市の一部となったが、今でもシップヤードがあり、鉄道(アムトラック)、バス(グレイハウンド)、船(アラスカ州営フェリー、ビクトリア・フェリー、サンファン・フェリー)の発着地点となっている。
街の北にはワシントン州立大学(Western Washington University)がある。こぢんまりとしているが、ダウンタウンは19世紀の街のたたずまいを保ち、魅力的な店が軒を連ねて人々の往来があり、独特の活気がある。
至るところトレイルあり
チャカナット・ドライブとフェアヘイブンとをつなぐものは、実は1本の道だけではない。
山が海に落ち込んでいる一帯の地形は、ややもするとそれが地峡を成すものだが、この狭隘(きょうあい)な地形は、逆に格好の散策道。海、森、湖、山、谷、岩山、そして街と、バリエーションのあるトレイル・ルートができており、その眺めは実に素晴らしい。実際にたくさんの人が歩き、あるいは走るか自転車に乗っている。自然の好きな人(たとえば隊長)にとっては、実にうらやましい環境だ。※4
※1 Chuckanutは禿山(Bald Mountains)を意味するという説もある。実際、この山地には岩が露出しているいくつかの峰がある。
※2 ルート中の主な見どころ
スカジット平野の農村地帯:一面のジャガイモ畑、観光ファーム(オーガニック野菜、果樹、ハーブ等)、古くからの街(エジソン、ボウ、ブランチャード)、サミッシュ・アイランド
海山の絶景地帯:眺めの良いレストラン、B&B、カキ、クラムの養殖場、ビュー・ポイント、ララビー州立公園、ビーチ、タイドプール
フェアヘイブン:19世紀の古い町並み、ギャラリー、コーヒー・ショップ、アンティーク、本屋、トレイル
※3 詳しくはキャラバン#88 ノースウエストの海と魚(4)カキの話(前編)参照 www.youmaga.com/odekake/eco/2009_12.php
※4 オススメのトレイル:
Inter Urban:1920年代に使われていた電車路線跡の片道6.5マイル(難易度:易しい)
South Bay:フェアヘイブンからベーリンハムまでの海岸、一部海上を通るボード・ウォーク。片道2.3マイル(難易度:易しい)
Clayton Beech:ララビー州立公園からチャカナット・ドライブの海沿いの海岸を行く。片道0.5マイル(難易度:易しい)
Chuckanut Ridge:チャカナット山地の主脈の尾根を辿る本格的な山道。片道3マイル(難易度:健脚向き)
そして、これはトレイルではないが、年に1度、テイラー養殖場(Taylor Shellfish Farm)で毎夏行われる“Mud Run”は、潮の引いた海岸を泥んこになって250ヤード走るイベント。健康と美容に良い(かも)。何よりも楽しい。 www.bivalvebash.com
▲フェアヘイブンのサウス・ベイ・トレイルは、海の上に造られた、眺めも心も気持ち良いプロムナード
▲フェアヘイブンは、べーリンハム湾の南端にある古いこぢんまりした街
▲フェアヘイブンのダウンタウン。国の歴史保存地区になっている。写真右の銅像の人物はこの街の創成期の顔役、ダーティー・ダン・ハリス。街の名であるFairhavenは先住民によるここのチヌーク名“Seeseelichum=迎えてくれる湾、あるいは安全な波止場”を彼がFair+Havenと訳したもの
▲チャカナット・ドライブ16マイル付近の高台より南を望む。手前はチャカナット湾、左向こうはサミッシュ湾とサンファン諸島の海
▲チャカナット・ドライブの12マイル付近。右は岩壁、左は海。今の目で見れば普通の道だが、後世のような土木建設機械のない18世紀後半にあっては、難工事だった
▲ララビー州立公園のトレイルヘッド。海と山両方の景色が楽しめる
▲チャカナット・ドライブ11マイル付近にあるカキ養殖場、テイラー・シェルフィッシュ・ファームズにて
▲フェアヘイブン港。右の建物はアラスカ州営フェリーとバンクーバー島、サンファン諸島行きの船が発着するターミナル。左側は造船所
▲1920年代まで走っていた電車路線(Inter Urban)の跡
■チャカナット・ドライブ
I-5の231番~250番出口の西側を結ぶ州道11号線。全長21マイルのシーニック・ドライブ。
Chuckanut Drive
http://chuckanutdrive.com
■ララビー州立公園
チャカナット・ドライブの北部にある海岸から山岳地帯まで擁する、2,700エーカーの自然公園。ワシントン州の州立公園第1号。平易なルートから険しいルートまで、たくさんのトレイルが園内を通っている。
Larrabee State Park
www.parks.wa.gov/parks/
■フェアヘイブン
19世紀の終わりにできたワシントン州北西端の港街。1903年に周辺の街と合併してべーリンハム市の一部となった。
Fairhaven
www.fairhaven.com
(2010年09月)
Reiichiro Kosugi 1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。 |
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