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年間262安打の大リーグ新記録達成!イチロー選手インタビュー(2004年)

■2004年10月号第1弾

大リーグ新記録達成!イチロー選手インタビュー(共同記者会見)

取材・文、阿部太郎

2004年10月1日。シアトル・マリナーズのイチロー選手が、また新たな勲章を手に入れた。年間通算安打で、1920年にジョージ・シスラーがマークした大リーグ記録257安打を超え、新記録を樹立した(10月1日時点、259安打。最終記録、262安打)。

―84年ぶりに記録を塗り替えた今のお気持ちは?
イチロー選手:やった直後はかなり熱かったですね。これまで、僕の野球人生の中では最高に熱くなりました。ビールくさいです、今は。ビールかけられましてねぇ。まさか最下位のチームでビールかけられるとは思わなかったですねぇ。

―257本という数字はいつ頃から意識しましたか?
イチロー選手:僕が意識しなくても周りの人が気遣って教えてくれる時期があったので、そこからは頭に残ってしまったんですけど。まぁ、具体的にイメージするようになったのは当然200本超えてからですけれども、(安打の)ペースが急激に上がったことがあったでしょ。あれで、普通にやっていけばできるかもしれないと。

―(大リーグ移籍1年目の)2001年はイチロー選手も対戦相手もお互いわからずに怖さもなくやっていたと思うんですけど、今回2004年はいろいろな怖さも知った上での大記録達成。そのことについてどう思いますか?
イチロー選手:2001年に残した数字とは全く違うものだと感じていますし、また、(1994年に)日本で残した数字210安打のことをよく思い出すんですけど、1994年は怖さも全く知らずに、自分の力よりも大きなものが働いたシーズンだったんですね。今回(2004年)はいろんな怖さを知ってそれを乗り越えて、自分の技術を確立して残した数字ですから、僕にとっては重みが全く違うものです。

―イチロー選手にとってこの記録を達成した原動力とは何でしょうか?
イチロー選手:野球が好きだということですね。それと今シーズンに限って言えば、チームが勝てないという状況が最初から続いて、そこに身を委ねることができなかった。自分の中からモチベーションを作り出していかなければならなかったですし、ただそれっていうのはこれまでも自分でやってきたことなんで、人が心配してくれるほど大きな力にはならなかったんですけども。今シーズンを通して思うことは、プロとして勝つだけが目的ではない。これだけ負けたチームにいながら、最終的にこんなにいい環境でプレーさせてもらえて、勝つことだけが目的の選手だったら不可能だと思うんですよね。プロとして何を見せなくてはいけないか、自分自身何をしたいかということを忘れずにやらなくてはいけないということを、自分自身が自分自身に教えてくれた、そんな気がします。

―記録達成に向けて周りの期待が高まっていく中で、イチロ―選手自身の重圧は?
イチロー選手:それはねぇ、周りの人がいようがいなかろうが重圧というものは変わらないと思いますよ。僕はやりたいと思ったことはやり遂げたい方ですし、それに向かって期待があろうとなかろうと進むタイプですから、重圧というのは自然に出てきたと思いますけども。

―注目を浴びることに関して苦しみはなかったのでしょうか?
イチロー選手:注目を浴びることに苦しさを感じることはないですよねぇ。注目されないと僕ら終わってしまうので、それは全くないんですけど。ただ、やりたいと思うとプレッシャーがかかる、それはもちろんありましたよ。やりたいと思うからプレッシャーがかかる、やれると思うからプレッシャーがかかる、そういうことです。

―記録が迫ってきて、今日にもっていう状態でホーム(セイフコ)に帰ってきて、運命的なものを感じましたか?
イチロー選手:運命っていうふうに捉えることはできなかったですけども、まぁ、結果的にオークランドで(ヒットが)出なくて良かったなって今思いますね。あの時は1本出て、その後3つありましたけど、3打席凡退した時は本当に悔しかったですけれども、まぁ今となっては良かったなぁと。

―今日はジョージ・シスラーさんのご家族がきてるんですけど、シスラーさんのご家族に対して何か発せられたのでしょうか?
イチロー選手:わざわざ遠いところからシアトルまで来られてとても感謝していますと。なかなかコミュニケーション取れなかったですけど、温かい表情を見せてくれたことがすごくうれしかったです。

―今日の試合、打席に立って一球投げるごとにたくさんの(カメラの)フラッシュが焚かれましたが、それに対する打席での影響は?
イチロー選手:ピッチャーがガシャってやったら結構きついですけどねぇ(笑)。それ以外は大丈夫ですよ。

―大リーグの最多安打記録が257本であるということを初めて知ったのはいつですか?
イチロー選手:1994年ですかねぇ。

―記録を達成した瞬間の心境は?
イチロー選手:重い感じが抜けてく感じもありましたし、いろんな感情がありましたね。

―257本目と258本目打った時の気持ちっていうのはどういうふうに違っていたのでしょうか?
イチロー選手:最初の方が重かったですね、ちょっと背負ってる感じが。

―(記録達成前に)打席に入る前にまず思い浮かんだことは?
イチロー選手:これできないと怖いなぁと。

―新記録を達成した時、1塁にチームメート全員が駆け寄ってきましたが、そのことは予期していましたか?
イチロー選手:全く考えていなかったですね。ファンの人の反応っていうのは、毎日プレーしているとなんとなくわかるじゃないですか。でも、わざわざダッグアウトから選手や監督、コーチが出てくるなんて全く考えてなかったですし、(試合後に)ビールかけられることも全く想像できなかったですね。

―鳴り止まないイチロー・コールに少し戸惑っているように見えましたが?
イチロー選手:どう自分がリアクションしていいのかっていうのは確かに難しいですよね。そこは自分の感情にまかせました。素直な気持ちであそこにいましたけど。

―地元愛の強い大リーグの中で4年経って、今日改めて(地元シアトルの)素晴らしさを感じたのではないですか?
イチロー選手:こんな経験をさせてもらってこの町を好きにならないわけがないですよね。これまで過去3年も僕にとって特別な町でしたけれども、今晩でそれがさらに大きくなりましたよね。

―新記録達成の瞬間、記者席の日本人の記者で涙を流している人がいっぱいいたんですが、同じようにアメリカ人の記者も感激していました。人種とか文化とかを超えて、1本のヒットで感動させる野球というものに対してどう思いますか?
イチロー選手:僕がこちらに来た時に、2001年ですけれども、やっぱり日本でどんな実績があろうとも「なめんじゃねぇぞメジャーリーグを」、「どれだけのもんだ、お前は」っていうような雰囲気っていうのをものすごく感じたんですね。でもそれが4年経った今、今言われたようなそんな状況を作れたとしたなら、野球選手としてこんなにうれしいことはないですし、野球というものを通じていろんな交流ができるわけですから、スポーツというくくりにしづらくなってしまいますよね。まだまだ野球というのは世界的に見れば人口がそれほど多くないと思うんですけど、まぁこれほど奥が深くて、浅い人達もいっぱいいるんですけど、終わりがないゲームっていうのはなかなかないと思うんですよね。それを通じていろんなことを感じてもらうっていうのは、僕にとってこれほどうれしいことはないですね。

―野球少年達に何かメッセージは?
イチロー選手:こちらに来て強く思うことは体がでかいことにそんなに意味はない。ある程度のもちろん大きさというのは必要ですけれども、僕は見ての通り大リーグに入ってしまえば一番ちっちゃい部類、まぁ日本では中間ぐらいでしたけど、決して大きな体ではない。でも、大リーグでこの記録を作ることができた。まぁこれは日本の子供だけでなく、アメリカの子供もそうですけど、自分自身の可能性をつぶさないでほしい。そういうことは強く思いますね。日本にいた時よりもこちらにきて強く思いますね。あまりにも大きさに対する憧れや強さに対する憧れが大き過ぎて、自分の可能性をつぶしてる人もたくさんいると思うんですよね。自分自身の持ってる能力を生かすこと、それができればすごく可能性は広がると思います。

―イチロー選手にとって満足とは、どういうことを達成した時に出てくるものなんでしょうか?
イチロー選手:少なくても誰かに勝った時ではないですね。自分が定めものを達成した時に出てくるものですね。

―この大記録を達成して、次の目標は?
イチロー選手:次のヒットを打つのが目標ですよ。これで終わりではないですから。

―これだけヒットを打つと周りが1本1本の価値に麻痺してしまうんですけど、イチロー選手にとってヒット1本の重みとは?
イチロー選手:状況によりますね。意外に簡単に打てるなと思う時もあれば、やたらと難しく感じる時もありますし。それはメンタル的なものも大きいですし、今回みたいな周りからの期待だとか、異様な雰囲気が、普段見ない顔がここにもたくさんいますけども、(特に今回は)異様な雰囲気でしたから、そういうのに影響されることもありますし、常に安定した状態ではまだまだプレーできないですね。

―イチロー選手が作ったこの新記録を破る人は出てくるでしょうか?
イチロー選手:10年間はやめてねっていうのはありますけど、まぁ破られることもあるでしょうね。ないとは言えない。

―これから後、磨くことは何ですか?
イチロー選手:メンタルでしょうね。ありますよ、そこには。今回だってなんかイライラしたりしましたし、しょうもない質問されたらカッとしたりもしましたし、そういうのを受け入れられるようになったら、まぁなりたくないというのもあるんですけど、そうなるともうちょっと楽かなぁというのはありますけど。

―次は4割という期待が当然出てくると思うんですけど、4割という数字についてイチロー選手はどういった感覚で捉えているのでしょうか?
イチロー選手:打率の話をする時にいつも僕が言うのは、コントロールできてしまう、打率っていうのはね。原点にあるのは野球が好きだということですから、それでグラウンドに立ちたいわけですから、もしそこを目標として(4割の)可能性が出てきたとするなら、打席に立ちたくない気持ちが表れてしまうと思うんですよね。そうなるのは僕は本意ではないのでなかなかそこに目標を置くことはできない。

この大記録達成後、報道陣の前でいつになく饒舌だったイチロー選手。彼の口から発せられた一つひとつの言葉には、自分自身に対する強烈な自負と誇り、そして野球への愛が満ちあふれていた。以下は、今シーズンを終えた長谷川滋利、木田優夫、両投手のコメント。

長谷川滋利投手
「今年は周りからいろいろと言われたけれど、自分では納得いくシーズンだった。体と肩の調子をずっと考えながら、1年通して投げることができたし、来年、再来年につながるシーズンだったと思う」
木田優夫投手
「今年4月に手術した時に、年内にメジャーのマウンドに立ちたいと思っていたのでその点は良かった。今年は3Aでもそうだったけど、打たれた時がひど過ぎたから、それが来年に向けての反省材料。冬は日本に帰ってトレーニングを積んで、来年どうなるかわからないけど、また(シアトルに)戻ってきたい。3年続けて怪我で4月は野球ができなかったので、来年こそは4月に野球をやっているように頑張りたい」

阿部太郎

スポーツ・ライターになりたい、大リーグを取材したいとの一心で渡米を決意。「スポーツは世界を救う」をモットーに、いつの日か自分の書いた文章が多くの人に勇気を与えることを夢みている。シアトル在住4ヵ月。本業はスポーツ・ライターと言いたいところだが、半人前の学生。上智大卒。