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松茸

  
  
 第十話 松茸 
  
 

酔った勢いで“秋の宝”探しの話に乗っかった今回のなかまちジョージ。おいてきぼり、突然の雨……。その末に得た物は?おはなしのはじまり、はじまり。

“宝の山”の誘惑

松茸狩りは楽しいぞ。体を動かし、奇麗な山の空気を思いっきり吸って、そして周りは松茸だらけ。まさに宝の山。おまえら毎晩毎晩、酒ばっか飲んでないで、たまにはそんな所へ行ってみようなんて思わねーか、うん?」
とおっしゃる健康志向の先輩のご意見に、普段なら「おい、また始まったぞ」と耳も傾けやしないが、昨晩だけはちと油断してしまったようだ。もう酔っぱらっていたおいらとそーちゃん、“きれいな空気”とか“体を動かして”なんていう言葉は一瞬にして忘れてしまい、思考能力の低下した2人の脳みそにインプットされた単語は“松茸”と“宝の山”
思えば近頃、女房、子供にろくなもん食わしてないし「それじゃ、そーちゃん、行ってみるか?」と言ったのが、大きな間違いだった。

楽しい? 苦しい! 松茸狩り

朝もやのたつ中、集合場所に着いてみると、足首がキュッとしまった登山用パンツにキャラパン・シューズの人達。中にはかごを背負っている人もいる。こいつら、またぎの集団か。
歩き始めて、この人達の本当の実力を知る。歩くスピードがハンパじゃない。
「何でこんなオッサン達が!」というスピードで、山の急斜面を登っていく。特に先頭を歩く健康志向の先輩なんか、烈風のごとく走り抜けるこってん牛である。運輸会社の社長さんという仕事柄、時が時なら雲助の頭領だもんな。所詮、室内労働者のおいらとそーちゃん。あっという間、本当にあっという間においてきぼりにされてしまった。
視界の開けた山の中腹に、倒れ込むように転がって空を見上げる。
「おい、そーちゃん。松茸狩りって楽しいか?」
「……ハーハー……、楽しい…わけ…ねえじゃねーか。バカが……。ハーハー……、あの雲助にダマされた」
笑わせてくれる男である。そして突然の大雨。
「なんちゅう日だ。今日は!」
しょうがなく雨を避けて、大木の生える中を歩き始めると、どこからもなくあの独特な松茸の香りが漂ってくる。
「そーちゃん、近いぞ」
2人で辺りの松葉を全部ひっくり返してみるものの“香りはすれど姿は見えず……。まるであなたは屁のような”松茸だった。何度かそんなことを繰り返してみたものの、結局、見つけることはできず、2人で下山することに。その途中、石車に乗っかり、ダイナミックに転げ落ちるそーちゃんを指さして笑っていた時、事件は起きた。
「あったー、あったぞ松茸だ! ほらジョージ見てみろよ~。松茸だ」
転んだそーちゃんは、何と松茸をつかんで立ち上がってきたのだ。何という男だ。しかしそーちゃんの松茸、どこか変。『宇和島屋』に並んでいる松茸よりずいぶん不格好な形をしている。
「そーちゃんの松茸、変だよ」
「うん、そう言われれば……」
よく見ると、円形の笠に誰かがかぶりついたような、楕円形に失われた歯形の跡。後で聞いた話だが、松茸を好んで食べるのは日本人と鹿だけだそうで、この歯形は紛れもなく鹿の食らいついた跡なんだって。とにもかくにも、そーちゃんはルンルン気分。結局おいらは1本も取れずじまい。
--松茸狩りとは、1本でも見つけられた人には大きな幸せをもたらすが、見つけられなかった人には、とてもつまらなかった遠足のようなものである

松茸を慈しんで

現在、世界中で松茸が採れる場所は、アフリカのモロッコ、南中国、韓国、北朝鮮、中南米のメキシコ、そして北アメリカ大陸。おかげで日本の店頭には1年の半分の期間、松茸が並ぶ。“松茸は秋だけのもの”と言われた時代は過ぎてしまったのかもしれない。皆さん、近頃地球ってずいぶん小さくなったような気がしませんか?
それでは、アメリカの“松茸前線”がどうなっているか、紹介しよう。アラスカ南西部の太平洋に突き出たパンハンドルの部分で、松茸が最初に顔を出すのは7月の初め。それからカナダ西岸部、コロラド州、ワシントン州、オレゴン州と南下を続け、最後、北カリフォルニアとオレゴンの州境に顔を出すのは12月の半ばと言われるから、ここ北アメリカでも、松茸は半年間も顔を出し続けていることになる。しかし、これら松茸の90パーセント以上は「生まれてもそのまま死んでいく」のだと専門家は言う。それなら、よりおいしい食べ方で松茸を食したいもの。しかし、松茸のおいしい食べ方となると、皆それぞれ思い入れが違うと思うので、あえて私の一番好きな食べ方をご紹介。
皆さんは土瓶蒸しの作り方はご存じだろうが、その土瓶蒸しができ上がる3分前に一度蓋を開け、スプーン1杯の生ウニを入れてみて欲しい。たぶん今まで食べたどの松茸の土瓶蒸しよりも、さらに一層深い味の物語に出会えると思う。


文・なかまちジョージ