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プライム・リブ

  
  
 第十一話 プライム・リブ 
  
 

神様仏様、ジョージ様……。頼み込まれて作ったのはパーティーにぴったりの豪華・豪快料理。
今回のおはなしのはじまり、はじまり。

招かざる客

「おいジョージ、今度のサンクスギビング、何か予定あんのか?」
「別にないけど、お前は?」
「ある!」
「?? ねー、そーちゃん。この会話っておかしくないかい?」
「何でー」
「何でって、自分にはっきりした予定があったら、普通、人に予定なんか聞く?」
「だって、うちのバカ女房がよー」と言って、そーちゃんは頭を抱えてしまった。よくよく話を聞いてみると、その夏、そーちゃんの奥さんが日本に行った時、会社の奥様達の集まりにお呼ばれし、
「夏もよろしゅうございますが、冬のシアトルもまた素敵で、サンクスギビングを過ぎますと、宅の周りでは家全体にクリスマスの飾り付けをしておりますし、どこのモールに行きましても大賑わいで楽しゅうございます。ぜひ一度お越しいただければ、宅の方でホーム・パーティーの用意ぐらいはさせていただきますわ。ほほほのほー」
と大見栄を切ったそうだ。そこに運悪くガーデニング好きの常務の奥方が同席していて、本場のクリスマスの飾り付けをどうしても見てみたいと言い出し、娘2人を引き連れて1週間もやって来ることになったという。世にも恐ろしい本当の話。
「だったら、加藤に頼めばいいじゃん。お前、学生時代からヤツにずっと飯、作ってもらってただろう」
「だめだ、あいつの料理、旨くねえ」
「バチ当たるよ、お前。よくそんなこと言うよな」
「だからお前に頼んでいるんだろうが。頼むよ、ジョージ。いや、ジョージ様。サンクスギビングにうちへ来て、一品作ってくださいませ。我が家の将来、すべてジョージ様の胸の内ひとつなのでございますだー」
「みじめなもんよのー、宮遣いも。やってやる、やってやるよ。でもな、ひとつだけ条件がある」
「何だ?」
「お前、俺がやることにいっさい口出しするな。わかったか」
「わかった」と大きく首を縦に振ったそーちゃん、だったが……。
そーちゃんの希望する料理はどこで聞いてきたのか、アメリカを代表する『プライム・リブ』だったのだが、ちなみにプライム・リブはアメリカではなくイギリス料理である。ボキャブラリーの少ないアメリカ人が“プライム・リブ”だなんて、洒落た名前を付けられるはずもない。
さて、このプライム・リブ、3点ほど注意すればとても簡単。そーちゃんでもできる料理だ。それでは作り方を教えるよ。「いいか、そーちゃん?」
「……」

プライム・リブ作りのコツ

まず、第一に良い食材選び。リブロースは思い切って“プライム”か“チョイス”を使う。それも必ずトリムされていないリップオン。10パウンドぐらいの塊がベストだろう。もしできれば1週間ぐらい早めに買っておき、家の冷蔵庫のチルド室に入れて熟成させる。そして、焼き始める4時間前に冷蔵庫から取り出し、血をきれいに拭き取りながら常温で戻す。オーブンは450°Fに設定し、1時間前から温めておく。

塩、コショウはオーブンに入れる直前に振り掛ける。それも思いっきり多めに。オーブン・パンに肉を載せ、高温のオーブンの中へ10分程入れて周りに焼き色を付けたら、一度オーブンから出す。中の肉汁が閉じ込められている状態になったら、それ以上周りが焦げないように、アルミホイルかターキー・ホイルで覆ってしまう。たくさんの野菜を肉の下に敷いたり、野菜で覆うこともあるが、野菜やハーブの香りが肉の中まで染みこんでしまうため、安い肉を使うアメリカン・ロースト・ビーフには意味を持つだろうが、高価なプライムになると、かえって肉のいい味を殺してしまうのだ。

そしてオーブンの温度を350°Fまで下げ、ここから本焼きに入る。骨なし牛肉のローストは1パウンドに付き25分と計算するため、10パウンドのロースなら25分×10パウンド=250分=4時間10分。「そんなバカな!」という大きな問題が発生する。

これはアメリカのFDA(食品医薬品局)が食中毒を防ぐために勧める、オーブンの設定温度と調理時間である。すね肉のような硬い肉3パウンドと、柔らかく、しかも脂の良くのったリブロース10パウンドの塊の調理時間を正比例計算で算出したら、4時間後にオーブンから出てくるのは真っ黒になった墨の塊であることは、誰でもわかる。また、各家庭のオーブンの性能は違うので、時間と温度はあくまでも目安にすること。あとは“カン”? えっ? それでは、そーちゃんでもできる簡単料理ではなくなってしまう。
「だよな、そーちゃん」
「……」
そこで必要になってくるのが料理用の温度計。そしてもうひとつ、10パウンド以上のリブ・ロースなら“1パウンド、15~20分”と焼き時間を調節すること。10パウンド以上なら、150分前後にまず一度、肉の中心温度を調べてみる。130°Fであればレア、140°Fならミディアム・レア、ウェルダンに仕上げるなら、中心温度を150°F以上になるまで上げなくてはならないが、こんないい肉は決してウェルダンにしないように。

パーティーの結果やいかに

文章上、私はこの数字を読者の皆さんに勧めなければならないが、そーちゃん家族の将来のため、今回に限り、日本人が好きなブラディー・レアに仕上げるべく、あえて中心温度120°Fの手前で止めた。そしてオーブンから肉を取り出し、1時間近く掛けてゆっくりゆっくり冷ましていった。「なぜ? せっかく焼いたのだから、熱いうちに食べようよ」とそーちゃんが目で合図してくる。

あら熱を取り、肉の温度を人の体温程度の70°Fぐらいまで下げる。たぶん、これがプライム・リブ作りの一番大切なポイント。オーブンから出したばかりの130°F以上の肉にナイフを入れると、切り口から一番おいしい肉汁が吹き出して、あっという間に肉がスポンジのようになってしまうため、肉汁が落ち着く70°Fまで辛くても待たなくてはならないのだ。

そしてテーブルの上に“ドカン”と載った10パウンドのリブ・ローストのトリムを始める。トリムとは肉の周りをぐるりと覆い尽くす余分な脂肪分、特にぶ厚いリップの部位や焦げた部分を取り除く仕事。このためプライム・リブは、肉のロスを最小限抑えるため、焼き始める前にはトリムをしないのだ。トリムが終わったピンク色の肉はまさに肉料理の芸術。そーちゃんにもできる簡単かつ大胆なプライム作り。そして結果は……。

***サンクスギビングも終わってしばらくした週末の夜、“ベルビューの有名人達が集まる店”に足を運んでみた。すると大勢の女性群がそーちゃんの周りを囲んで、真剣なまなざしで話を聞いていた。
「あら熱を取ること、たぶんこれがプライム・リブ作りの一番大切なことでさ。これがわかるまで、おれも大変だったわけよ。……アッ!」
「そーじ、お前、殴るぞ(怒)」



文・なかまちジョージ