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 第六話:鰊 
  
 月と地球が織りなすドラマ
薄青色をしたノースウエストの静かな海が満ち潮と共にざわめき始める。静から動への移動。突然、量を増すホアン・デ・フカ海峡からの水。その莫大な量の海水がわずか100m足らずのデセプション・パスの裂け目へといっせいに流れ込む様は、まるで大地の裂け目に落ちる滝のようだ。
まだ薄暗く朝霧の立ちこめる中、月と地球が作り上げた大自然のドラマが今日も始まろうとしている。


大漁かな ニシン釣り
このパスからラコーナにかけてはスメルトとニシンの漁場であり、ニシン釣りのポイントは激流が通り抜けるパス南側岩肌ぎりぎりの水面下にある。しかし、その真下にはたくさんの昆布が生えている大きな隠れ岩があるので、根掛かりに注意しながら少し手前にサビキを投げ込んでやると、どうだい、いるわいるわ、体長15cmほどの小型のニシンが面白いほど釣れ始める。


重宝もの・ニシンとこれから
そもそもニシンは温帯に住むイワシやコハダと同じ種類の魚であるが、ニシンはこれらの魚より高緯度の亜寒帯を回遊し、人間が食べる海産物というより、クジラ、サケ、タラなど、大型海洋性生物の飼料になったり、農作物の高級肥料へ加工するのがほとんどである。事実、近代日本でも品質の高い蚕を育てるための桑葉の肥料として各地で重宝され、明治から大正時代にかけて日本の製糸工業を裏で支えてきた、大切な陰の立て役者でもあった。

現代では医学分野の研究進歩と共に、青魚の中で最もDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタン酸)の含有量が多く、悪性コレステロールの体外排除は元より、脳の活性化まで、素晴らしい効果が証明されている。

こんなにも栄養価が高くて旨い魚を“サーモン釣りの餌”にしか考えられないアメリカ人の食文化におけるレベルの低さには同情するが、同時に「アメリカ人には舌の繊細さはなく、味覚はまさに犬に等しい」という私の食哲学の再確認にもなったような気がする。

しかしニシンと言えば、日本人はおおいに反省しなくてはならない暗い過去を持つ。1800年代の終わりから1960年までのわずか半世紀余の間に、資源保護のバランスを考えることなくニシンを取り続けた結果、北海道における大切な海洋資源であるサハリン系群を事実上、枯渇させたのだ。乱獲防止は当事者の日本はもちろん、ノースウエストやロシアをはじめとする海洋資源に恵まれた北太平洋沿岸諸国に暮らす人達の、今後の重要課題にしなければならないだろう。


ニシンの簡単な食べ方と注意点
この魚はサンマと同じように、塩焼きの場合は腹を出さずにうろこの上から酒と塩を振り掛け、じっくり焼き上げる。唐揚げの場合は頭、内臓、うろこを取り2度揚げをする。ここで三杯酢に浸せばマリネになる。

刺身は三枚に下ろして骨切りをし、塩酢に少し浸せば日本の「コハダ」より旨いぞ。

ただし、この魚にはアニサキスという寄生虫がよくいるので、刺身などの生で食べるのはやめてください。この寄生虫はクジラ類を最終宿主とする線虫類で、非常に生命力が強く、人がうっかり食べてしまうと数時間で激しい腹痛や吐き気が始まり、2日程続く。その後、寄生虫は死に絶えて症状も治まるのだが、この間、痛いのなんのって……。実は私、昔こいつにやられたことがあるんです。気を付けてくださいね。

文・なかまちジョージ