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シアトルのアート事情・活躍するアーティスト

 あーと・アラカルト
目次

第1回 山本純子:“意識と無意識”を表す色の重なり

はじめまして。このコーナーでは注目のアーティスト、おもしろいアート・シーン、話題のアート・イベントなどを私流で紹介していきたいと思います。新聞やギャラリー・ガイドなどでは手に入らない情報を提供し、皆さんにもっとアートを身近に感じていただければ幸いです。ご愛読のほど、どうぞよろしく。

さて、記念すべき第1回は、最近個展やグループ展で大活躍の山本純子さんに登場していただきます。いつ会っても笑顔がすがすがしい純子さん。私と純子さんの出会いは2000年までさかのぼり、ワシントン大学ヘンリー・アート・ギャラリーで開催された“スーパー・フラット”という日本の最先端アートを紹介する展覧会で、お互いに参加作家のプロジェクトをお手伝いしたのがきっかけでした。

幼い頃からお絵描きが大好きだった純子さんは、16歳の時に「人生変えなきゃ!」という思いを持って単独アメリカへ。ロサンゼルス、バージニアを経てシアトルに渡り、コーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学びます。卒業後、同期生が作品制作から離れていく中でも地道に制作を続け、2000年にはキング・カウンティーのギャラリーで展覧会ができるほどに。現在では、シアトル美術館のレンタル・セールス・ギャラリー、そしてアトリエ31ギャラリーで作品を発表しています。

最近の作品のテーマは“Shunyata(スニャーター)”。Shunyataとは、仏教の教えの中に出てくる概念でemptiness(空・くう)を意味する、古代インドの文語であるサンスクリット語です。純子さんいわく、「物や形のあるものはすべて、いずれは崩れてしまう。物の価値観や存在はあってないようなもの。そんな言いようのない世界を表現したい」。純子さんの作品に出てくる、くっきり引かれたラインやあいまいな色の重なりは、この世の意識と無意識、具体と抽象を表現しているのだそう。

作家活動以外にも、純子さんの夫でライブ・ビデオ制作のプロとして活躍する、ショーン・フリーゴさん(The Now Device主催)と『BiddyBeat』というアート誌を発行したり、ビジュアル・アート、パフォーマンス、ミュージックを組み合わせたパーティーを企画したりと、目が離せない存在です。今後は日本やサンフランシスコなどの都市で展覧会を開催して、いろいろな人とつながっていきたいと抱負を語ってくださいました。お忙しい中のインタビュー、ありがとうございました。

読者の皆さんへひと言:
アートだから難しいかも……などと思わずに、気楽にギャラリーなどに入ってみてください!(山本純子)
ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com


ギャラリー情報
山本純子さんの作品は下記のギャラリーで観ることができます。

■Seattle Art Museum Rental / Sales Gallery
Seattle Tower
1220 3rd Ave., Seattle, WA 98101
TEL:206-343-1101
営業時間:月~土曜10:30 a.m.~5:00 p.m.、日曜休
ウェブサイト:www.seattleartmuseum.org

■ガス・アート・ギャラリー
ウェブサイト:www.gasart.it

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第2回 田村麻紀:題材を自由に組み合わせるおもしろさ

田村麻紀さんの作品を最初に見た時の、その不思議で独特な世界に引き込まれるような感覚を今でも覚えています。

京都で双子姉妹の妹として生まれ、1歳半の時に父親の仕事の都合でインドネシアのジャカルタに移住。約17年間をジャカルタで過ごした後、ワシントン州立大学美術学科への入学を機に、18歳でシアトルへ。卒業後は、ニューヨークのギャラリーとの専属契約、2001年のダラス美術館での展覧会、そして2002~2003年のシアトル・アジア美術館での特別展示など、着実に作家活動を展開している麻紀さん。彼女のユニークな生い立ち、その中で育まれた異文化や時代背景への関心は、見事に作品に反映されています。

例えば、作品にたびたび登場するシンボリックな表現。掛け軸風の大きな紙に水彩絵具で描かれたオランダの兵士は、インドネシア植民地時代の象徴であり、イギリスのボーン・チャイナのカップは、その時代に多く流入したヨーロッパ文化の代表的存在。染織物の文様はインドネシア文化のルーツを想像させ、ハローキティーは現代の消費社会のシンボルとして使われています。

こんなふうに、世界中の国々、文化、時代からさまざまな題材を引き出して、縦横無尽に作品の中に織り込んでしまう。それが、麻紀さんの驚くべき才能! 実際に作品を目にすると、水彩画の柔らかいトーンの色使いや筆跡、紙のシャンデリアに無数に切り込まれた模様など、手でひとつひとつ楽しみながら作業をしている感じがとてもよく伝わってきます。

「自分の手を使うことが、私の作品づくりの原点なんです」という麻紀さんの言葉に、思わず納得。今回のインタビューを通じて、いろいろな視点から自分ならではの表現方法を試みる、麻紀さんの作家としての強さとしなやかさのようなものを感じました。今後の作品が楽しみです。

 

読者の皆さんへひと言:
作品の中の思いがけない素材の組み合わせを、ちょっと変わったカクテルを味わうように楽しんでもらえたらうれしいです。アートを決まった視点で見るのではなく、自分の好きなように、感じるまま自由に楽しんでください。 (田村麻紀)

ウェブサイト:www.artnet.com

ギャラリー情報

田村麻紀さんの作品は下記のギャラリーで観ることができます。

■Lucas Schoormans Gallery
508 W. 26th St., #11B, New York, NY 10001
TEL:212-243-3159
営業時間:火~土曜10:00 a.m.~6:00 p.m.
ウェブサイト:www.lucasschoormans.com

 

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第3回 市川江津子:個展“雰囲気”

今回は遅ればせながら自己紹介を兼ねて、5月1日までベルタウンのViveza Galleryにて開催中の私の個展を紹介させていただきます。展覧会のテーマは“雰囲気:Floating Feelings”で、今まで温めてきた“雰囲気”にまつわるいろいろなアイディアを3通りの方法で計15点の作品に仕上げました。

まず、天井からつり下げられた約5メートルのインスタレーションは、ギャラリーに入ると最初に目に飛び込んでくる作品。空気中に漂う目に見えない雰囲気をイメージして制作したもので、約3,600個のクリスタル・ビーズを約600本の釣り糸に結び付け、ある有機的な形状を浮かび上がらせています。このインスタレーションは、制作から設置まで本当に大変でした! でも、作品に対面してウワーッと言って目を輝かせてくださる方々を見ると、今度は会場中を埋めつくすようなスケールのものを作りたい、などと思ってしまうのは作家の性分!?

ギャラリーの奥のスペースに点在して展示されているのは、ガラスを主体に、紙、糸、綿などを使用した立体作品8点です。どれも、吹きガラスで制作したベルのような形のガラスの中に、瞬間的な雰囲気や心を象徴するものを閉じ込めてみました。「漂う心の住みか」「うたたね:空想家お気に入りの場所」「冬眠中」「あからさまな秘密」など、タイトルは見る方と作品の間での対話のきっかけになればという思いで付けています。オープニングでとても面白かった現象は、多くの方々が「自分のいちばん好きな作品はこれで、理由は……」と私に言いに来てくれたこと。このような個人的な声は何よりも嬉しいもので、私の次の作品のアイデアにもつながって行きます。

メイン・スペースに掛けられた平面の作品6点は、墨を使って勢いよく筆跡を残したドローイングの上に有機的な形に切り取られたモノ・プリント(一品ものの版画)を重ねたものです。長時間の制作期間を必要とする彫刻作品とは相反して、墨を使ってのドローイングは本当に瞬間の集中力から生まれるもので、大好きな制作方法のひとつです。モノ・プリントは過去数年に渡って制作してきた版画の作品から、さまざまな色と形を切り取ったものを使いました。これらの作品は違った場所や時間、そして言語や個性が、あちらこちらから飛び出して来てコミュニケーションをしているような、そんなイメージで作られています。

あと2週間足らずの会期ですが、ぜひ作品を見に来てください。遠方の方は、ギャラリーが掲載してくれたオープニングの写真を楽しんでくださいね。

ギャラリー情報

市川江津子さんの作品は下記のギャラリーで観ることができます。

■Viveza Gallery
2604 Western Ave., Seattle, WA 98121
TEL:206-956-3584
営業時間:火~土曜12:00 p.m.~5:00 p.m.
ウェブサイト:www.viveza.com

 

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第4回 CoCA:新人アーティストを発掘

センター・オン・コンテンポラリー・アート(通称CoCA)は、現代アート・シーンをシアトルで垣間見たい方には、お勧めしたい場所です。今回はエグゼクティブ・ディレクターの ドン・ハジンズさんにCoCAの魅力についてお話を伺いました。

CoCAは、「シアトルにビジュアル・アートの場を!」という熱心な思いを持つ人達によって1980年代初めに設立され、まもなく25周年を迎えます。当初からの使命を現在でも変わらずに維持し、いろいろな分野の新人アーティストに経験の場を与え、また見る側にも、新鮮なアートに触れる機会を提供しています。私自身、今までに何回かCoCAが企画した展覧会に参加しましたが、それをきっかけに世界が広がり、新しい人との出会いもありました。駆け出しのアーティストにとって、作品を自由に発表できる場がまだまだ少ない現状の中で、CoCAの存在はとっても有意義だと思います。

ハジンズさんの話の中でとても印象的だったのは、今や世界的に有名な数々のアーティストが、若い頃にCoCAで作品を発表した記録が残っているということ。それも、ナム・ジュン・パック、ローリー・アンダーソン、ジェームス・トゥレルなど、そうそうたるメンバー。CoCAは新しいアーティストが育ち、花開いて行く登竜門とも言える存在になっています。

また、絵画や彫刻などのビジュアル・アートの展覧会に限らず、実験的音楽、パフォーマンス、映像、詩の朗読など、幅広い芸術の紹介をしているのがユニーク。ペインティング・マラソン(24時間、絵を描き続けるイベント)、オークション、ノースウエスト・アニュアル(審査員選定による展覧会)、アート・デトゥアー(シアトル中のアーティストのスタジオを一般公開する企画)など、毎年恒例のイベントも主催しています。

読者の皆さんへひと言:
CoCAは、通常の美術館やギャラリーではちょっとお目に掛かれないものが見つかる場所。ぜひ足を運んでみてください!
(エグゼクティブ・ディレクター:ドン・ハジンズ)


© “White Noise” by SID, Inc /a.k.a. Cathy McClure and Seth Sexton

© “Holding Sacred” by Christine Burgoyne
 

ギャラリー情報

■CoCA (Centeron Contemporary Art)
410 Dexter Ave. N., Seattle, WA 98109
TEL:206-728-1980
営業時間:火~木曜2:00 p.m.~8:00 p.m.、金~日曜12:00 p.m.~5:00 p.m.、月曜休
ウェブサイト:www.cocaseattle.org

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第5回 中村由紀:シアトルのアーティスト集団“SOIL”

昨年秋に行われた、毎年恒例の音楽イベント「バンバーシュート」では、THREADというアート総合会社とのコラボの一環として一風変わったファッション・ショーを開催。中村由紀さん自身が“RedStair(赤い階段)”と題された作品を身にまとい、モデルとして参加しました。いつもアイディアに溢れていて、チャレンジ精神旺盛、次に何が飛び出すかわからない……。地元現代アーティストのコミュニティーの中でも、率先してプロジェクトをリードする、多面的な顔を持ち合わせた作家です。

香川県に生まれ、女子美術大学工芸科で陶芸を専攻。教授がニューオーリンズで開いた展覧会でアシスタントを務めたことをきっかけに、海外に出たいという気持ちが高まり、ワシントン大学院芸術科に入学します。大学院で陶芸を学び、卒業後はすぐにSOIL(ソイル:ギャラリーの企画・運営をする、20人ほどのアーティスト集団)のメンバーに。現在、SOILの過去10年間の歴史を盛り込んだ本の出版(2005年出版予定)に、リーダーとして取り組んでいる最中とか。

今年初頭の南フランスでの滞在では、イタリア、フランス、アメリカ、イギリス、日本から集まった作家10人と共に過ごした由紀さん。城の庭園で「プラタノ」という地方特有の建築材を使ったインスタレーションなど、今までにない作品を制作。この滞在がきっかけで、来年のイタリアでの展覧会企画も飛び込んできました。

8月には、SOILのパイオニア・スクエア移転に伴うグランド・オープニングの展覧会、また、ダウンタウンのバンク・オブ・アメリカ・タワーにある「シティー・スペース・ギャラリー(CitySpace Gallery)」で、パブリック・アート系の展覧会に参加。そして、年末もしくは来年春に、パイオニア・スクエアの「ハワード・ハウス(HowardHouse)」というギャラリーでの個展が予定されています。南フランスでの充電で、さらにパワー・アップした由紀さんの作品をお見逃しなく!

©Red Stair 2003:Velvet, Foam, Wood
80"(h)×30"(w)×40"(d)
Photo by Kozo Takeuchi

©Transgress 2004:Platano Tree, Venila
Installation at the Chateau de La Napoule

©Self Portrait 2004Photo by Alex Rahin
読者の皆さんへひと言:
美術館やギャラリーに入りにくいなあと思っている皆さん、シアトルの毎月第1木曜のオープニングにお洒落して出掛けてみてください。たくさんの人で、アートを観賞するどころではないけれど、シアトルのアートに対する関心の高さに圧倒されますよ。また、ワシントン大学内のヘンリー・アート・ギャラリーとタコマ美術館は私の特に好きな美術館。また、「ハワード・ハウス」「ジェームス・ハリーズ・ギャラリー(James Harris Gallery)」「 グレッグ・クチェラ・ギャラリー(Greg Kucera Gallery)」は、洗練された最新の現代アーティストを発表していてオススメです。
ギャラリー情報

■SOIL
6~7月は休業。8月7日(土)にパイオニア・スクエアで再オープン。
ウェブサイト:www.soilart.org

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第6回 プラット・ファイン・アーツ・センター

プラット・ファイン・アーツ・センター(Pratt Fine Arts Center )は、シアトルのインターナショナル・ディストリクト東側に立地し、年間を通してビジュアル・アートのクラスやワークショップなどを子供からシニアまで幅広い層に提供しています。ガラス、ジュエリー、ペインティング、ドローイング、彫刻、版画などが学べるほか、個人でスタジオの設備を借りて制作することもできます。

私とこのプラットとの出合いは、今から12年前、日本から初めてシアトルを訪れた時に、誰でも借りられる吹きガラスのスタジオがあると聞き、見に行ったのがきっかけです。そこでは、日本ではちょっと考えられないような大型の作品をチームで楽々と制作していたり、周りにはメタルやジュエリーのアーティストがワイワイ・ガヤガヤと楽しそうに集まっていたり。また、スタジオにはいつも音楽が流れていて、なんだかアメリカでは自由でのびのびと制作しているんだなぁと、とっても良い印象を受けました。その1年後、シアトルに住み始めてから11年間に渡って、いろいろなクラスを取ったり、吹きガラスのスタジオを借りたり、子供のワークショップを教えたり、そして自分の作品制作のための奨学金をいただいたりと、プラットは私にとって非常に縁が深い場所です。

この夏のクォーターでは合計120以上のクラスやワークショップを提供するほか、アーティストを招いてのレクチャーやインストラクターを集めてのギャラリー・ショー、年間で15の奨学金のプログラムもあり、アート・コミュニティーに大きく貢献しています。5月には恒例のオークションが行われ、地元のアーティストやアーティスト志望!という人達の作品が手頃な値段で放出されました。私自身、今秋の土曜に開講される子供のワークショップを再び教えることになりそうです。クラスは基本的に無料(払える方のみ申し込み料$15必要)ですので、ぜひ遊びに来てください(詳しくは下記のウェブサイト参照)。

©Glassblower in Hot Glass Studio at Pratt
©Welding Artist at Pratt
©Kaw: Young artist from Kids Art Works Program at Pratt

ギャラリー情報
■Pratt Fine Arts Center
1902 S. Main St., Seattle, WA
TEL:206-328-2200
ウェブサイト:www.pratt.org

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第7回 ピルチャック・グラス・スクール

ピルチャック・グラス・スクールは、1971年にデール・チフーリと後援者のアン・ゴールド・ハーバーグ、ジョン・ハーバーグによって始められたガラス学校。シアトルから北に50マイルほど行ったピルチャック・マウンテンの中にあり、緑に囲まれた55エーカーの敷地の中には、ガラス制作、版画、金工、木工などのスタジオ、ライブラリー、ロッジ、などが点在しています。ここで6月に、造形作家・角永和夫さんのアーティスト・アシスタントとして楽しい3週間を過ごしました。私にとっては今年で5回目の参加です。

何と言ってもピルチャックが楽しいのは、約120人が2週間半泊まり込み、一緒に制作して寝食を共にすることで、短期間でいろいろな人と仲良くなれることです。半分は生徒、半分はスタッフや先生達で、10ヵ国くらいから集まっており、参加するたびに大切な友人が増えていきます。24時間いつでも作品が作れるスタジオが与えられ、シェフのおいしい食事やホームメードのパンやクッキー、そして挽きたてのコーヒーがいつでもロッジにあって、ライブラリーには豊富な資料。日常でしなくてはいけない雑用に一切とらわれることなく、制作のことだけ考えていられる……。私にとってはまさに天国のような環境です。

アシスタントとしての作業は、角永さんの作品コンセプトを理解するところから始まり、ピルチャックでどのような作品を制作したいか把握、そしてガラスを吹くメンバーやスタッフと相談しながら作品制作を進めていきます。制作にかかわる技術的なアドバイスや実際の制作のアシスト、通訳、と盛りだくさんの3週間でしたが、作家として大先輩の角永さんといろいろな話ができ、彼の作家としての姿勢に触れることができたのは、何よりも大きな収穫でした。今回は自分の作品を作る時間はほとんどありませんでしたが、持ち帰ったものは多かったです。

▲ピルチャックの中心ともいえるホット・ショップ(吹きガラスのスタジオ)
▲吹きガラス制作風景
スタジオにて。角永和夫さんとワインを片手にくつろぐひと時

スクール情報

■Pilchuck Glass School
(キャンパス)1201 316th St. NW, Stanwood, WA 98292
TEL:360-445-3111
(オフィス)430 Yale Ave. N., Seattle, WA 98109
TEL:206-621-8422

【2004年7月~9月のスケジュール】
Session 4:7月27日(火)~8月13日(金)
Session 5:8月17日(火)~9月3日(金)
クラス内容、料金などは下記ウェブサイト参照。
ウェブサイト:www.pilchuck.com

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第8回 キム・マハー:ステンドグラス・アート

キム・マハー(Kim Mahar)は、ミシガン州出身で現在はシアトルに住むガラス作家。幼い頃は引っ込み思案で、自分を表現することがあまり得意でなかったものの、芸術的な才能をしっかり見つけていてくれた母親のサポートもあり、オハイオ州デイトン大学で美術を学ぶことに。12年前にシアトルに移動して来た時に初めて習ったステンドグラスに魅せられ、古典的な技法を学んだ後、プロ制作者のアシスタントをしながら、自分ならではの作品のスタイルを見つけていきました。

彼女の作品がステンドグラスでもとてもユニークなのは、作品を窓に設置する元来の方法を意識的に避けて、フリー・スタンディングのメタル・スタンドに作品をはめ込んでいるところです。さらに、通常は板ガラスのみを使うステンドグラスに、キャスト(鋳造)や吹きガラスで作った立体的なパーツを組み込んで、作品を3次元的に表現しています。彼女いわく、「ステンドグラスはすばらしい歴史を持ち、カテドラルの建築に組み込まれて悟りの空間の一部として重要視されてきました。けれど、今では美術館やギャラリーなどでもあまり注目されず、存在感を失いつつあると思う。そんな中で、私独自の新しいステンドグラスが作れたら」。

彼女の最新作は8月から約1ヵ月間、フリーモントのプライスレス・ウォークス・ギャラリーで開催される個展で見ることができます。オープニング・パーティーは8月6日7:00 p.m.から。キムの最新作を見に、また作家に会いに、行ってみてはどうでしょうか? 私も会場に行くつもりです。なお、キムは展覧会の後、秋にアーティスト・アシスタントとしてスコットランドに、そしてビジティング・アーティストとしてドイツに行く予定が決まっています。

 

スクール情報

■キム・マハー展
日時:8月5日~29日の火~日曜12:00 p.m.~6:00 p.m.
場所:Priceless Works Gallery / 619 N. 35th St., #100, Seattle, WA 98103
入場料:無料
TEL:206-349-9943
ウェブサイト:www.pricelessworksgallery.comwww.kimmahar.com(キムのホームページ)

彼女の作品が購入できるショップ:
■Area 51
401 E. Pine St., Seattle, WA 98122
TEL:206-568-4782
■re-souL
5319 Ballard Ave., Seattle, WA 98107
TEL:206-789-7312
ウェブサイト:www.resoul.com

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第9回 クライマックス・ゴールデン・ツインズ:音のコラージュを楽しむ

クライマックス・ゴールデン・ツインズ(Climax Golden Twins)は、ロブ・ミリスとジェフリー・テイラーが1994年に結成し、その後スコット・コルバーンを迎え、現在は3人で活動を続けているサウンド・アーティスト・グループです。彼らの活動は型破りだけれど気張っていなくて、ライブやCD、LPのリリースはもちろんのこと、映画の音楽を担当したり、ダンスやシアターのための作曲・編曲を行ったり、アート・ショーやインスタレーションのための音楽を作ったりと、違った趣向で登場します。

彼らの“音”作りは、見つけてきた音……例えば、道端で録音した騒音、アジアへ旅した時のマーケットでの人々の会話、フェスティバルの音、そして自分達でアコースティック・ギターやドラムで作った音などを念入りに編集して作り上げます。ちなみに新しいCDには、マカオで麻雀をしている音が使われているそうです。彼らの音楽は、旋律や歌詞が主体になっている音楽とはまったく違い、それは音の集合体、音のコラージュ、抽象的で質感を楽しむ……そんな音楽です。

また彼らはVictrola Favoritesシリーズとして、彼らがコレクションしている78回転レコードを蓄音機でまわし、それをレコーディングしたものを紹介していています。そのいくつかは、彼らのウェブサイトでも聴くことができます。彼らのコレクションはかなりのもので、インタビューの時にその一部を見せてもらいましたが、中にはかなり価値のありそうな日本の小唄や落語の総全集なども。「こんなものを一体どこで見つけたの?」と尋ねると、「ジャンク・ストアで見つけた」のだそう。

彼らの最近のスケジュールは大忙し。7月にリリースされた新作CD「Highly Bred and Sweetly Tempered」は、『シアトル・ウィークリー』ほか音楽関係の雑誌でも絶賛されました。9月には東海岸でのツアー、10月21日にはキャピトル・ヒルのNorthwest Film Forumでフィルム・コラージュと彼らのパフォーマンスのコラボレーションがあり、そして11月にはフリーモントのPriceless Works Galleryで、結成10周年を記念して彼らがデザインした、CDとLPカバーのデザインがアート・ショーとして展示されます。
自分達が楽しむことををいつも忘れずに音作りをしている、クライマックス・ゴールデン・ツインズ。今後、私自身のインスタレーションと彼らの音の作品とで、何か一緒にできたらいいなと思っています。

ちなみにジェフリーは、キャピトル・ヒルのレコード店「Wallof Sound」のオーナーでもあります。一風変わった音楽を探している人にはオススメの穴場です。

▲レコードのコレクションに囲まれるロブ(左)とジェフリー(右)
▲新作「Highly Bred and Sweetly Tempered」のジャケット
 

今後のイベント
 

Climax Golden Twins is a GO!(Climax Golden Twins)
ウェブサイト:www.climaxgoldentwins.com
ギャラリー情報
本文中で紹介しているイベントが行われるギャラリーです。詳細は、下記までお問い合わせください。

■Northwest Film Forum
610 19th Ave. E., Seattle, WA 98112
TEL:206-329-2629
ウェブサイト:www.wigglyworld.org

■Priceless Works Gallery
619 N. 35th St., #100, Seattle, WA 98103
Eメール:info@pricelessworksgallery.com
ウェブサイト:www.pricelessworksgallery.com

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第10回 西村治子:音と身体で表現するアート

自由で、オリジナルで、感性豊か、そしていつも何かを探し求めている……。そんな印象の西村治子さんはシアトルをベースに活動するパフォーミング・アーティスト。

治子さんは千葉県柏市生まれで、お父様のお仕事の関係で2歳の時にオーストラリアに移動したのを始めに、中近東、アメリカなど、世界中の国々に住むことになります。幼い頃から続けていたピアノを極めるべく、ボストンの音楽学校へ入学しますが、自分の表現したいものは違う……という混沌とした時期を過ごし、その後、思春期の大切な時期を過ごしたシアトルに戻り、コーニッシュ大学(Cornish College of the Arts)でダンスに没頭する日々が続きます。

その後、個人での活動と並行して、パフォーマンス・グループ「Degenerate Art Ensemble(以下DAE)」を結成し、ディレクターとして、そしてパフォーマー、振付師として活動しています。DAEは、音楽とパフォーマンスを実験的に表現。彼らが自分達で作ったオリジナル楽器と、日本で生まれた舞踏ダンスの影響を受けたダンス・パフォーマンスとの巧妙な組み合わせが印象的です。DAEは、数年に渡るシアトルのOn The Boardsでの公演を始め、2003年にはおよそ2ヵ月に渡るヨーロッパ7ヵ国でのツアー、また劇場だけに留まらず、クラブ、ギャラリー、フェスティバル、そして街頭での活動を続けています。音楽をまとめたCDのリリースも行い、アートの境界線や常識をくつがえす独特な作品を作り出しています(詳しくはウェブサイト参照)。

そんな走り続けてきた感のある治子さんですが、今年は吸収することや学ぶことに焦点を絞って、今後の活動のインスピレーションやアイディアになる素材探しをしているところだそう。できるだけ、いろいろな音楽やパフォーマンスを見に行き、ワークショップに参加し、自然の中に自分を置き、ありとあらゆる可能性や発想を探っているという感じです。

いろいろなことに敏感に反応する治子さんの瞬間の表情、そして全身を使って話すエネルギー……。自由奔放に弾んだ会話の中で、彼女のアーティストとしての強い感性に触れ、体の芯から生まれて来るような独自な世界を表現できる人だな、と私にとっても嬉しい出会いでした。治子さんのパフォーマンスを近いうちに実際に見に行くのが楽しみです。

©Steven Miller
©Steven Miller
 

イベント情報
西村治子さん率いるDAEのパフォーマンスは、下記のイベントで観賞できます。

■Degenerate Orchestra
日時:2005年3月12日(土)
場所:Moore Theater / 1932 2nd Ave., Seattle, WA 98107
TEL:206-443-1744
ウェブサイト:www.themoore.com

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第11回 ダナ・タウシャー:自然体の表現者

▲表現という行為が体の奥底に刻み込まれていると感じさせるダナ・タウシャー

ダナ・タウシャー(Donna Tauscher)は私にとって大切な友人であり、感性に深く響いてくる作品をとても自然に作れてしまう不思議な人です。粋がったところがなく、「何かを表現すること」が彼女の中に奥深く根付いているので、とても自然にそれができてしまいます。「何かを表現する」という行為は、きっと彼女が本当に必要とすることなのかもしれません。

ポートランドでのアート・ショーを終えて帰ってきたばかりの彼女に、スタジオで最新作を見せてもらいました。「Incantations (of Mortality)」と「Waiting for What Won’t Be」の2作品です。

Incantations (of Mortality)。直訳すれば「死すべき運命への呪文」というところでしょうか。友人でやはり芸術作家であるジェフ・ガーバー(Jeff Gerber)による音楽とダナの語りが録音されたテープが流れる中、8点の作品がシリーズで展示されています。8作品はそれぞれ鉛で覆われたフレームの中に注意深く選ばれた素材──例えばセミの羽、現像されなかったポラロイド写真、ベトナムから送られてきた手紙の一部など──が配置され、彼女の言葉を借りれば“Visual Haiku”が詠われているそう。

「Waiting for What Won’t Be」には興味深い背景があります。ダナのお母様は2002年に他界されたのですが、その際、彼女はお母様のクローゼットからひとつの箱を見つけました。その箱には、ダナの元夫が1969年2月~1970年2月にわたってベトナムから毎日欠かさず彼女に書いてよこした手紙が入っていました。ダナは2003年にイラク戦争が始まった時、その手紙をひとつずつ読み返し、自分ひとりのひそかな反戦の儀式としてそれらを燃やしていきました。「Waiting for What Won’t Be」には、その燃え残りの灰が作品の大事な要素として使われています。

ダナは1999年、テネシー州ナッシュビルに「Fugitive Art Center」を設立した初代メンバーであり、自分のスタジオを開放して展覧会を開いてもいます。自分の作品制作や発表のみならず、ほかの作家に機会を与えることも自然にできてしまう人なのです。

▲元夫から宛てられた手紙を燃やした灰も作品の一部となっている“Waiting for What Won’t Be”
▲「No Absolution」
▲「The Rhapsody of No Reply」

ギャラリー情報
■Fugitive Art Center
440 Houston St., Nashville, TN
TEL:615-294-5776 
Eメール:Contact@FugitiveArt.com
ウェブサイト:www.fugitiveart.com

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第12回 Lead Pencil Studio

建築とアートの両方の領域をクロスオーバーさせて、個人住宅からサイト・スペシフィックなアート作品まで手掛けている「LeadPencil Studio」を紹介します。

「Lead Pencil Studio」 はAnnie Han とDaniel Mihalyoの2人で構成されています。Annieはソウル生まれで15歳まで韓国で育ち、その後アメリカへ。アートの勉強をしたかったものの親の勧めもあり、建築家になるべくオレゴン大学建築課へ進学。そこで建築と平行して常に興味があった彫刻も勉強しました。

一方、Danielはベルビュー生まれで、べリングハムの大学でインダストリアル・デザインを専攻。そこで彫刻家の村上勝美(むらかみかつみ)氏に影響を受けて彫刻を学び、数年後にオレゴン大学へ進学、建築を勉強しました。

そのオレゴン大学でAnnieとDaniel は出会い、卒業後シアトルに移動。建築事務所で数年働いた後、1997年に2人で「LeadPencil Studio」を設立しました。

今回のインタビューは彼らがデザインしたオフィス兼住居で行ったのですが、この空間が本当に素敵! 常々、建築にとても興味を持っている私にとって、彼らの気が効いたアイデアや主張が反映された空間に本当に魅了されました。

建物の前面は一面大きなガラスで、中に入ると高い天井と仕切りのないレイアウトでゆったりとした空間が演出されています。素材もコンクリート、スティール、木などがシンプルに使われていて、とてもモダン。デッド・スペースを本棚などにうまく利用した階段を上がると2階はオフィス。2人が自由に意見を交換しながら忙しく仕事をしている雰囲気が伝わってきます。

アートの方も目を見張る活躍ぶり。建築家のセンスと精密さ、そしてアーティストとしてのユニークで大胆な発想が一体になり、彼らの作品を見るたびに感心させられてしまいます。ベルタウンにあるギャラリー「SuyamaSpace」では、合成繊維の糸を天井から垂らしてスペースを埋め尽くしたサイト・スペシフィック・インスタレーションで、新聞などでも絶賛されました。シンプルなアイデアだけれど空間を違ったボリュームで認識・体験できるような、とても興味深いインスタレーションです。その他、サンド・ポイントでのショーで発表された、2つのビルディングを空中で繋ぐように伸びた階段のような彫刻作品など、作品は彼らのウェブサイトでも見ることができます。

最後に、Danielが執筆した「Wood Burners」(Princeton ArchitecturalPress発行)も特筆すべきもの。ウッド・バーナー(Wood Burner)は円錐形の形をした焼却炉のことで、製材の時に出る大量な木屑を燃やすためのもの。パシフィック・ノースウエストの製材所ならどこにもあったものですが、環境問題などもあり1970年代からその姿を消しつつあります。Danielはそのウッド・バーナーがある場所を400カ所以上訪れ、写真と図面で紹介しているとても美しい本です。今後の2人の活躍が本当に楽しみです!

▲Daniel Mihalyo とAnnie Han
▲ギャラリー「Suyama Space」でのサイト・スペシフィック・インスタレーション “Linear Plenum”
▲Lead Pencil Studioのオフィス兼住宅“4 Parts House”

ギャラリー&書籍情報
■ Lead Pencil Studio
332 15th Ave., Seattle, WA
Tel:206-322-0227
ウェブサイト:www.leadpencilstudio.com

■ Suyama Space
2324 2nd Ave., Seattle, WA
Tel:206-256-0809
ウェブサイト:www.suyamapetersondeguchi.com/art/

■ Wood Burners
著者:Daniel Mihalyo
発行:Princeton Architectural Press
ウェブサイト:www.urban-resources.net/pages/wood_burners.html

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第13回 アート展の仕掛け人:ジェス・ヴァン・ノストランド

▲Jess Van Nostrand (photograph by Frank Huster )

私がジェス・ヴァン・ノストランドと知り合ったのは、2004年7月のキャピトル・ヒル・アートセンターでの展覧会「シー・ストール・ザ・ショー(SheStole the Show)」に参加した時だった。彼女はフリーランスの学芸員として、このショーを始め数々の展覧会やイベントを企画・開催している。彼女と仕事をしていて、いいなと思ったのは、テンポが速くて前向きなこと。いつも新しいアイデアを考えていて、必要な人にどんどん会いに行ったり、人を繋げていったりする。エネルギーが伝わってくるのだ。

ジェスはボストン生まれで、小さい頃からビジュアル・アートやパフォーミング・アートに興味があった。ワシントンDCの大学、そしてロンドンの大学院で美術史を専攻。ロンドンでヨーロッパのアート・シーンに刺激され、その後アムステルダムに移り住む。その間、オンライン・アート・マガジン「Verge」でライターとして記事を執筆。ワシントンDCに戻ってからは、学芸員、宣伝広報としてギャラリーに数年務め、2002年にシアトルにやって来る。

▲"Rimokon" (Remote Control) by Yumiko Kayukawa
(acrylic on illustration board) from "Girlie Fun Show", 2004

ベルビュー・アート・ミュージアムで数ヵ月働いた後に独立。「メイ・ウエスト・フェスト(Mae WestFest)」の展覧会、シアトルとカナダのアーティストを集めた「アート・テスト(Art Test)」など、シアトルでの2年間ですでに11もの展覧会をコーディネートしてきた。中でも、2004年9月のバンバーシュートで開催された「ガーリー・ファン・ショー(GirlieFun Show)」では、40人以上の女性作家による展覧会、ドラッグ・クイーンやミュージシャンを招いてのオープニング・パーティー、パフォーマンスで好評を得た。

現在は、ミニチュア作品の展覧会、そしてシアトルとアムステルダムのアーティストを結ぶ展覧会の企画を進行中。そして、ステージに立ってスポットライトを浴び、シンガーとして活躍する夢も小さい頃から持ち続けているとか。新しい彼女の姿が見られる日も、遠くないかもしれない。

"Queen of Swords" by Katelan Foisy (mixed media collage) from "She Stole the Show: An Exhibit for Mae"
2004
▲ "John Proposes…" by Bob Rini from the zine
"Delicate Debauchery Drove Her to Madness"

イベント情報
■Joe Bar
毎月新しいアーティストを紹介するアートショーを開催。
場所:810 E. Roy St., Seattle, WA 98102
TEL:206-324-0407
ウェブサイト:www.joebar.org

■Artist Trust
2月6日(日)9:30 a.m.~2:00 p.m.に開催されるアーティスト・トラストのオークションで、ミニチュア作品の展覧会を行う。
場所:Consolidated Works / 500 Boren Ave. N., Seattle, WA 98109
TEL:206-467-8734
ウェブサイト:www.artisttrust.orgwww.conworks.org

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第14回 少数民族の「食」と「人」を撮る:KPスタジオ

©kpstudios

ピーター・クーレイン、リサ・クーレインのふたりの写真家が運営するKPスタジオ(Kuhnlein Productions)。シアトルから80マイルほど北のアナコーテスにビジネスの拠点を持ち、彼らは写真撮影の仕事で世界中を飛び回っています。

ピーターはカナダのモントリオールで育ち、小さい頃からアウトドアが大好きで山登りなどをしながら自然に写真を撮り始め、大学では天文学を専攻。リサはワシントン州ポートアンジェルスで育ち、大学はワシントン大学で考古学を専攻。その後、それぞれ写真の道に進もうと決め、カナダ・ビクトリアにあるウエスタン・アカデミー・オブ・フォトグラフィー(WesternAcademy of Photography)に入学し、そこでふたりは出会います。

©kpstudios

彼らが2001年から取り組んでいる大きなプロジェクトは、栄養学の研究のための写真撮影。このプロジェクトはCINE(Centrefor Indigenous Peoples’ Nutrition and Environment)という世界の土着民族の栄養学と環境を研究し、西洋の影響を受けて失われつつある伝来の栄養学を保護・推進する組織の依頼で始まりました。たとえば2001年秋に行われたケース・スタディーでは、タイのカレン族、インドのバイル族とダリ族、中国のミアオ族を訪ね、彼らと共に生活をし、2,500枚にも及ぶ食材サンプルや人々の写真を撮影しました。この後も、今夏取材する北海道のアイヌを含め、2007年までに12種族9ヵ国を取材する予定が決まっています。

ちなみに、ピーターは2001年のインドのダリ族の取材旅行中にリサにプロポーズ。ピーターはリサを普通に撮影するふりをしてオート・シャッターにし、ひざまずいてリングを差し出した瞬間をパチリ。さすがに写真家のカップルらしい。

そのほか、SPF(Skagitonians to Preserve Farmland)の企画で、スカジット郡の写真家12人が集まり、この3月から1年を通じて地元のファームをテーマ別に撮影し、期間終了後に展覧会や出版を予定しているとか。また、忙しいスケジュールの中、ポートレート、アートワーク、ウエディングの撮影もこなし、活躍の場を広げています。

©kpstudios
©kpstudios
©kpstudios

スタジオ関連情報
■Kuhnlein Productions
1119 5th St., Anacortes, WA 98221
TEL:360-299-2566
ウェブサイト:www.kuhnlein.com

■CINE
ウェブサイト:www.cine.mcgill.ca

■SPF
ウェブサイト:http://skagitonians.org

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第15回 社会の矛盾を作品に投影:サヤ・モリヤス

オレゴン州ポートランド生まれのアーティスト、サヤ・モリヤス。彼女は画家の祖父、写真家の父、茶道をたしなむ祖母と母、ダンサーの叔母など、芸術家に囲まれて育ち、ワシントン州立大学美術科に進んで陶芸彫刻を専攻しました。その後、奨学金を得て、メイン州スコーヒーガンのアートスクールへ。アン・ハミルトンやキキ・スミスなど、現代芸術の先端で活躍しているアーティストから直々に芸術の本質を学びました。

ここ数年の作品は、主にクレイ(粘土素材)を使用。人間の形をしたボトルや顔が描かれた小皿、不思議な物語や会話を想像させるランプなどどれをとっても、長い間ジーっと見たくなってしまう作品ばかり。思わず、彼女の不思議な世界に吸い込まれてしまいます。何かちょっと滑稽で、寂しげで、懐かしくて……そんないろいろな感情が入り混じった、妙な後味が残ります。

彼女が作り出す世界の根底には、多くの深いテーマが隠されています。2000年のインスタレーション作品「crowdedcraft」では、顔の付いたコップやボトルの作品をキャビネットに詰め込むように展示し、それぞれにばかばかしいほど安い金額を付け、現代の価格設定について問い掛けました。それは同時にクラフト(工芸)とアート(芸術)の相違、類似を示し、それぞれの本質が何かを見せつけています。2002年の「Service」とそれに続くシリーズ作品では、片側がホステスで反対側がウエイターのゴブレット、男性サーバントのデキャンタと着飾った女性の顔が描かれた小皿などを合わせて展示し、ボトルを“giving”、小皿を“receiving”の象徴として社会構造や消費について問題提起をしています。

そんな社会的なテーマは表に出さず、難しい解釈抜きで作品を楽しく見せてしまうのは、サヤのとっても素敵な才能だと思います。現在は、3月31日からパイオニア・スクエアで開催される個展に向けて、作品制作の最後の追い込み真っ最中。4月2日(土)6:00p.m.~9:00 p.m.に行われるオープニングには、サヤ自身はもちろん、私も駆け付ける予定です。とっても楽しめる展覧会になると思いますので、ぜひ訪ねてみてください。

最後に、約1年にわたりご愛読いただきありがとうございました。これからも気軽にメールなどでご連絡くださいね!

 

イベント情報
■Saya’s solo show
サヤ・モリヤスの作るたくさんのランプが、いろいろな顔やストーリーと一緒に登場!
期間:3月31日(木)~5月7日(土)
場所:Platform Gallery / 114 3rd Ave. S., Seattle, WA 98104
ウェブサイト:www.platformgallery.comhttp://homepage.mac.com/saya/

市川江津子:
女子美術大学付属中学校・高校、そして東京造形大学で美術を学び、卒業後はインテリア・コーディネート、コーポレート・アイデンティティー・デザインなどの仕事に従事。東京ガラス工芸研究所の合宿に参加したことを機に、ガラス・アートに目覚め、1992年に渡米。デイル・チフリが設立したピルチャック・グラス・スクールにて学び、チフリ・スタジオで展覧会やプロジェクトコーディネートの業務に就く。2003年にアーティストとして独立。
ウェブサイト:www.etsukoichikawa.com

第16回 出羽生弘子:西陣の伝統が生きたテキスタイル・アート

初めまして、新しく当コーナーを引き継ぐことになりました山本純子です。これから数回に渡って素敵なアーティストやイベントをご紹介していけたらと思ってます、どうぞよろしく。

出羽生弘子さん
自身で制作したベストを羽織った生弘子さん。ベストは日本のアンティークの着物の生地を再利用している

今回ご紹介するのは、パワフルでエネルギーのかたまりといった感じの出羽生弘子(でわきくこ)さん。シアトルをベースに活動を続けるテキスタイル・アーティストです。私だけではなく女性なら誰しも「私も年を取るなら、あんな風にかわいくなりたい」と思ってしまう、その若さの秘訣を尋ねると、いつも「自分のやりたいことをして生活できている幸福感。そして、いたずらするのが好きなことと、いつも何か創ってることかしら?」との答え。

生弘子さんが生まれ育った京都西陣は西陣織で有名な地で、おてんば娘だった生弘子さんは子供の頃、織物や染め物工場をよく遊び場にしていたと言います。50年前にシアトルに来て以来、5人の子育ての合間に絞りや裁縫をするようになり、アメリカでも手に入るアンティークの生地など身の回りにある物をどうにか工夫して、自分流のクリエイティブな作品に仕上げる毎日。戦争を経験していることもあって、限られた物をいかに使うか工夫に工夫を重ね、わからない時は図書館に行って裁縫の技術を勉強、独学でスーツの仕立てまでするようになりました。1991年にグリーンウッドにブティック「一甲」をオープンし、2002年にはリタイアしたものの,最近はまたお店を開きたい心境になっているとか。

出羽生弘子さん絞り
シルクを使った絞り

生弘子さんの作品は,西陣でいたずらしながら遊んでいた彼女の子供時代を思わせる、遊び心溢れる絞りで、最先端のファッション・センスが光っています。「絞りが好きな理由は、完全にコントロールできないから。毎回解くごとに、予想を超えた新しい驚きがあるのよ。まるで布が『あんたはこう思ってたんでしょうが、私はこうよ』と言っているような」。

作品を通して,日本の文化である絞りや着物の生地が持つ独特の個性をもっと身近に感じてもらえたら、そしてその素晴らしさを伝えていけたら……。そう語る生弘子さんさんは、毎年春に行われるシアトル桜祭りで、子供から大人まで楽しみながら絞りを学べるワークショップを開いています。また、生弘子さんの作品はKobo各店にて入手可能です。

出羽生弘子さんオブジェ
フェルトの絞りオブジェ

出羽生弘子さんジャケット
日本の商人が使う前掛けを再利用したジャケット

イベント&ショップ情報
■Seattle Cherry Blossom and Japanese Cultural Festival
期間:2005年4月22日(金)~24日(日)
場所:Seattle Center / 305 Harrison St., Seattle, WA 98109
TEL:206-723-2003
ウェブサイト:www.seattlecenter.com

■Kobo
キャピトル・ヒル店
814 E. Roy St., Seattle, WA 98102
TEL:206-726-0704
アット・ヒゴ店
604 S. Jackson St., Seattle, WA 98104
TEL:206-381-3000
ウェブサイト:www.koboseattle.com

山本純子:
16歳で単独渡米、シアトルのコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学ぶ。現在はシアトルとポートランドを中心に作家活動を行う傍ら、夫と共に「Biddybeat Party」などのさまざまなイベントを主催する。ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com

第17回 ムーン・リー:郷愁を誘う2Dアート

ムーン・リーさん
ムーン・リーさん

その線の一本いっぽんの繊細さ、ガラス細工のようにはかなげな筆使い、そうかと思えばグラリともしない力強さをも併せ持つ作品を創り出す、韓国ソウル出身の2Dアーティスト、ムーン・リーさん。彼女の絵を見ていると、子供のころ、どこかで見た風景やイメージが、おぼろげなベールの向こうに見え隠れしているように思える時があります。「過去は消せないし消したくない。それが悲しい思い出でも楽しい思い出でも、こんな風に覚えていたい」と、作品同様ムーンさん自身明るく元気いっぱい。一緒にいるだけでインスパイヤリングです。

幼いころから絵を描くのが大好きだったムーンさんは、芸術分野で有名な韓国のホンギク大学にて、韓国と日本の水墨画並びに日本画を学び、1976年に卒業。そして、翌年1977年に渡米。これからという時、韓国人男性との政略結婚により、その後14年間、自由を奪われます。夫が家にいる間は自分の自由な時間はなく,絵など描こうとすると暴力を振るわれたと言います。夫が仕事に出掛けた後、彼が帰るまでが彼女の自由な時間。台所の流しの下に画材道具を隠し、床の上で絵を描く日々……。夫とのコミュニケーションが全くない代わりに、絵を描くことで“会話”をしていたのです。ふたりの娘を育てながら、家族がまだ寝ている明け方近くにも制作をしていたそうです。

つらい結婚生活でしたが、1992年、娘の後押しもあり、離婚を決意。彼女の人生は180度転回します。同年、シアトルにあるコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツに入学。そこで、以前から興味のあった版画を学びます。素材にこだわらず、白紙のキャンバス、古道具屋で見つけたキャンバス、オブジェを使ってのコラージュ、もうすでにあったイメージの上に重ねる鉛筆のデッサン、さらに和紙やアクリル絵の具を載せて、彼女独自の重なりを生み出していきます。

ムーン・リーさん/プレート
アルミの器に和紙でコラージュ

「昔はいろんなことがあったけれど、それがあって今がある。今はとても幸せ。新しい作品を創り出すのがうれしくて仕方がない」
そんなムーンさんは、現在、ベルビューで高校生や中学生を対象に絵を教えるほか,時には韓国での出張授業も行っているそう。彼女の作品は、シアトル美術館とシアトル・アジア美術館内のギフトショップ、バス・アート・ギャラリー、そして「アンスロポロジー」のブティックで見ることができます。

ムーン・リーさん/スポンジ
スポンジを使った作品
ムーン・リーさん/コラージュ
コラージュの2D作品

イベント&ショップ情報

■ムーン・リーさんのウェブサイト
www.moonleeartstudio.com

■Seattle Art Museum(Museum Store)
100 University St., Seattle, WA 98101
TEL:206-654-3120
ウェブサイト:www.seattleartmuseum.org

■Seattle Asian Art Museum(Museum Store)
1400 E. Prospect St., Seattle, WA 98112
TEL:206-654-3160
ウェブサイト:www.seattleartmuseum.org

■Bass Art Gallery & Framing
2703 E. Madison St., Seattle, WA 98112
TEL:206-324-4742
ウェブサイト:www.baasartgallery.com

■Anthropologie(Downtown Seattle)
1509 5th Ave., Seattle, WA 98101
TEL:206-381-5900
ウェブサイト:www.anthropologie.com

山本純子:
16歳で単独渡米、シアトルのコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学ぶ。現在はシアトルとポートランドを中心に作家活動を行う傍ら、夫と共に「Biddybeat Party」などのさまざまなイベントを主催する。ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com

第18回 エリザベス・ジェームソン:子供の心のままに作品で遊ぶ

エリザベス・ジェームソン
フェルトのドレス。
以下2点も同様に“Fully Fashioned”のシリーズ作
エリザベス・ジェームソン
エリザベス・ジェームソン

何かを作り上げる時のワクワクする気持ち、「私もやってみたい」と自分の作品を見て人がインスパイアされるような仕事をしていきたい。

エリザベス・ジェームソンさんはシアトルをベースに海外でも大活躍するビジュアル・アーティストで、私も彼女の大ファン。母を日本人,父をアメリカ人に持つ彼女は、子供のころ宮城県仙台市とシアトルとで半分ずつ生活していました。その時から、アーティストだった母親に何でも自分で作ることを教わっていた彼女。塗り絵、カード、包装紙、それに糊まで、買ったことはなかったそうです。何か必要なものがあっても、何でも自分のオリジナルを作っていたエリザベスさん。彼女の作品は、当時の探求心そのまま。かわいくて、楽しさが溢れています。

本格的にアートに目覚めたきっかけのひとつは,ある日、写真家の弟さんのスタジオで展示会をしようと思い立ち、十数人のアーティストと共に大々的なイベントを決行し大成功を収めたこと。1995年にはアーティスト組織/ギャラリー“SOIL”に加わり、積極的にイベントや展示会を開いていきます。そういった実験的な作業の中で、周りのアーティスト達と影響し合って成長。一度はオフィス勤めもしていたエリザベスさんですが,期待や予想もつかない、何でもできる実験的な想像の世界に魅せられて、1998年にカリフォルニア州オークランドにあるミルズ・カレッジの大学院で彫刻を学んだ後,数々のアーティスト・レジデンシーに参加しました。

エリザベスさんの彫刻のひとつに、人形サイズで、毛糸で編んだ手の部分だけとても長いドレスがあります。とても小さくて楽しい作品ですが、いくつかそれを作った後に自分のサイズにして着てみたくなり,それを着ていろんな街で歩いてみるパフォーマンスをしたことがあるそうです。街によってはたくさんの人が興味を示して彼女に話し掛けて来たり,興味を表に出さず彼女が去った後を見たりと、反応はさまざまだったそうです。「難しいことをしようとしているのではなく、ただ科学者みたいにこうもやってみようああもやってみようって探って見ているだけなんです」と、エリザベスさんはおっしゃっていました。

ムーン・リーさん/スポンジ
Like Infanta
パステル、木炭/紙、22″×30″、
1999年

シンプルな木炭のドローイング、淡い水彩の絵画、フェルトや毛糸を使ったコスチューム。シンプルな中に素材へのこだわりと探求心、そして遊び心を併せ持った彼女の作品。多才な彼女は、女性だけのロックバンド“バタースプライツ”でギターを担当し、ミュージシャンとしても活躍しています。

つい先週、アイダホ州サンバレーで、キキ・スミスさんと共にグループ展にも参加したばかりのエリザベスさん。彼女の作品は、シアトルのバラード・フェザーストン・ギャラリーで見ることができ、スレッド・ショップでは彼女の作品のほかに自作のカップケーキを毎週土曜に販売しています。ぜひ足を運んでみてください。

イベント&ショップ情報

■バタースプライツCDリリースパーティー
日時:6月24日(金)10:30 p.m.~1:00 a.m.
場所:Rendezvous / 2322 2nd Ave., Seattle, WA 98121
カバー・チャージ:$5
TEL:206-441-5823
ウェブサイト:www.jewelboxtheater.comwww.buttersprites.com

■Ballard Fetharston Gallery
818 E. Pike St., Seattle, WA 98122
TEL:206-322-9440
ウェブサイト:www.ballardfetherstongallery.com

■Thread shop
5000 20th Ave. NW, Seattle, WA 98107
TEL:206-388-4616
ウェブサイト:http://ejameson.com/

山本純子:
16歳で単独渡米、シアトルのコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学ぶ。現在はシアトルとポートランドを中心に作家活動を行う傍ら、夫と共に「Biddybeat Party」などのさまざまなイベントを主催する。ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com

第19回 ベルビュー美術館

ティーポット展示会
▲日本の茶室を再現した展示

2005年6月18日、コンテンポラリー・アートなど、さまざまなジャンルのアートを紹介してきたベルビュー美術館(BAM)が、クラフト・アート(美術工芸)に狙いを定めて再スタートしました。

実は,ノースウエスト地方を含めた西海岸にはクラフト・アートを中心とした美術館が今までありませんでした。そこでBAMを新たにクラフト・アート専門の美術館とするプロジェクトが発足し、クラフト・アートのエキスパート、エグゼクティブ・ディレクターのマイケル・モンローさんを始め、クラフト・アートを愛して止まない人達の努力で、先月のオープニングを迎えることになりました。東海岸にある、そうそうたるクラフト・アート専門美術館をしのぐ存在になるために、これからどんどん面白い企画を実現していきたいとのこと。

ティーポット展示会
▲▼ユニークなティーポットがずらり
ティーポット展示会

私の興味を引いたのはマイケルさんのひと言でした。
「クラフト・アートとは,実用、非実用と目的を問わず,素材をどれだけ理解し、使っていくかの追求であり,それに当てはまるすべてが、クラフト・アートなのです」
クラフト・アート、クラフト・アートというが、何がクラフト・アートなのか。視野の狭い見方をせずに、私達の周りに存在するすべての物を観察しなさい、作ってみなさいとおっしゃっているようで、うれしくなりました。

記念すべき最初の展示会は、“ティーポット”がテーマ。ただの食器を超越した、いろんな形やテーマに富んだ作品ばかりです。世界中で活躍する、デービット・ホックニー、シンディ・シャーマンの作品や、ノースウエストを代表する日本人作家、高森暁夫さんの作品もご覧いただけます。また、同じ階で催されているのは、世界のお茶を集めた展示。日本、イラン、韓国、チベットなど、お茶と文化が密接にある国々のお茶室を再現しています。その中でもひと際人気なのは,お馴染みのタピオカ入りミルクティー(バブルティー)。インターナショナル・ディストリクトなどで、よく人が飲んでいるのを目にしますよね。そのバブルティーを作る機械や、かわいいキャラクターや文字が印刷された容器なども展示され,現代人とお茶の文化のあり方を表現しています。ぜひ訪れてみてください。

イベント情報

■The Artful Teapot/アートフル・ティーポット
開催中~10月2日(日)
ティーポットを芸術的表現の媒体として検証する。画家、彫刻家、陶芸家など100人以上の芸術家による作品の数は250点。

■Tealicious: Global Infusion/ティーリシャス:グローバル・インフュージョン
開催中~9月18日(日)
ワシントン大学バーク博物館のアジア民俗学を担当するスティーブン・ハレル学芸員が、お茶の役割について文化的な背景を説明。

場所:Bellevue Art Museum/510 Bellevue Way NE, Bellevue, WA 98004
TEL:425-519-0770
営業時間:10:00 a.m.~5:30 p.m.(金曜~9:00 p.m.、日曜11:00 a.m.~)、月曜定休
料金:一般$7、シニア/学生$5、6歳未満は無料
ウェブサイト:www.bellevueart.org

山本純子:
16歳で単独渡米、シアトルのコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学ぶ。現在はシアトルとポートランドを中心に作家活動を行う傍ら、夫と共に「Biddybeat Party」などのさまざまなイベントを主催する。ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com

第20回 サットン、ベアズ、カラー:3人寄れば文殊の知恵

キャンピング・トラック
 
キャンピング・トラック
 
キャンピング・トラック

いつも、今度は何をやらかすのかワクワクさせるアーティスト3人組、サットン(Sutton)、Beres(ベアズ)、Culler(カラー)。一度見た後にまた戻って見たくなる、不思議でおかしな世界。「ん? これって……。あ~! へえ~」と、ついうなずいてしまいます(笑)。

3人の名字を毎回互い違いに使い分けている彼ら。名前(芸名?)もクルクル変わるなら、彼らの作風、素材、設定も、彼らに与えられた現場にある使えるすべてのものを100パーセント引き出し、ひとつのインスタレーションへと生まれ変わらせます。彼らの作品のひとつに、キャンピング・トラックの床をくり抜いてガラス張りにし、キャンピング・トラックの中での生活を役者が中に入って3日間実演するというインスタレーションがありました。しかも、天井に吊って、観客が下からその模様を見るという仕組み。どうしてキャンピング・トラックなのかとの問いには、「“家”自体がどこでも移動できるという、キャンピング・トラックの文化がおもしろい。気が付いて辺りを観察してみると、使われなくなってほとんど捨てられているキャンピング・トラックをよく目にするようになり、それらを譲り受けて作品にすることにしたんだ」との答え。インスタレーションはほとんどパフォーマンス感覚でやっており、観客と一緒になってその時間を味わえるところが一番楽しいそう。

サットン、ベアズ、カラー
 

はたまた、何枚も3人で一緒に撮ったポートレート・シリーズ。実によく撮れています。
「これ、自分達で撮ったんですか、それともプロに頼んだんですか」
「あ~、これね。シアーズの写真館に衣装道具を毎回持って行って、撮ってもらっているんだ。信じられないくらい安いんだよ」
なるほど!

アーティストを続けて行くことは、決して簡単ではありません。作品を作る時間を考えると、フルタイムの仕事には就けないし、かと言って、アルバイトなしには不安定過ぎるのがアーティストの現実。彼らも例外ではありません。どうしたらおもしろい作品をロー・コストで作れるか、そういった試行錯誤を常にしている彼ら。
「よく喧嘩もしますよ。でもそれもプロセスのひとつです」
「3人っていうのはおもしろいですよ。ひとりじゃできないことも、3人だとできちゃうんですよね」
笑いながらそう語る彼ら。あっけらかんと、何でも楽しくしてしまう力を感じました。

私が3人と出会ったのは、コーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツ。卒業後の今から5年前くらいに、デュバルでの彫刻フェスティバルをきっかけにコラボレーションをするようになりました。今では数多くの賞を受賞し、アメリカ中を駆け回り大忙しの彼ら。ますます注目していきたいアーティスト達です。

 

ギャラリー情報

彼らの作品は以下のウェブサイトで見ることができます。

■SuttonBeresCuller
www.suttonberesculler.com

■Salt Lake Art Center
www.slartcenter.org

■Little City Journal
http://littlecityjournal.com

山本純子:
16歳で単独渡米、シアトルのコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学ぶ。現在はシアトルとポートランドを中心に作家活動を行う傍ら、夫と共に「Biddybeat Party」などのさまざまなイベントを主催する。ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com

第21回 DK PAN

DK PAN
Photo by Steven Miller

DK PAN(以下DK)に最初に会ったのは8、9年前。何とも言えない静かな面持ちで何かを見守っているように見えた彼。そんな彼が舞踏家だと知って納得。舞踏を始める前は雑誌のコラムなどを書いていたそうですが、96年頃、シアトルに公演に来ていた日本の舞踏グループ「舞踏舍天鶏」の舞台を観て感銘を受け、舞踏に興味を持ったそうです。

世界的に有名な日本生まれのこのダンス・フォームが日本ではあまり知られていないようなので、舞踏になじみのない方のためにここでちょっとご説明。

第二次世界大戦後、古き良き伝統のある日本文化は西洋やアメリカからの影響に取って代わられ、“西洋のものはいいもの”というように、若者を始めいろいろな面で和の美しさが忘れられていきました。そんな中、60年代前半に日本人ならではの美しいものがあることを日本人の体の特性を生かして表現した人がいます。この人物、土方巽によってこの舞踏は生まれました。それから何十年もの間、世界中で彼の死後も踊り次がれる舞踏。「これが舞踏」という決まりはなく、よく目にする特徴は全身を真っ白にどうらんで塗っているところ。初めて見る人は「怖い」という印象を受けることが多いそうです。

DKの舞踏グループ「P.A.N.」は彼を筆頭にさまざまな状況によって形態を変えるダンス・パフォーマーの集まり。DKは人が人として生きる様、つまり生、死、社会、戦争などの人間が根本に持つトピックを舞踏という道具を使い、少し悲しくそして少しおかしく表現します。

「どうしてあなたの作品はシリアスな反面、いつもおかしくて笑ってしまいそうになってしまうところがあるのですか」と問うと「ブルースという音楽をみてわかるように、ブルースは本当は楽しくておかしいはずの音楽なんだよね。“辛いことを忘れて笑おう”っていう音楽なんだ。それと同じに僕が表現するパフォーマンスもそういった人生そのものを辛いだけの角度でだけで見ないで、笑えるものとして人に見てもらいたいんだ」とDK は答えてくれました。

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Photo by Steven Scott

舞踏は先ほど触れたように、主にヨーロッパ、アメリカでアヴァンギャルドなアートとして指示を受けてきました。DKはどうして日本の舞踏に西洋の文化がこんなにも引かれているのか、とても興味があるそうです。

「西洋文化にあこがれを持った日本人と、それとは逆に“日本の美”“力”を表現した舞踏。その舞踏に西洋文化が逆に影響を受けている。それだけでも何とも魅了的な存在」。さらに彼はこう付け加えます。「舞踏はパンクに似ていて、数々の日本の伝統芸術のようには“伝統”にならないであろう。『こうでなければ舞踏ではない』とか、そういった形にはまらない、いつも変わり続けていくエネルギー、姿勢だと信じている」。

彼の作品でもうひとつ気になるところは、エゴを感じないこと。何とも真剣な様子で何か苦しく訴えているように見えるけれど、穏やかな水面にいつでも波紋を投げ入れられるかもしれない石を拒むといった表情はいっさいありません。「何でも来い」といったオープンで瞬発的なエネルギーが溢れているのです。

「この短い人生の中で僕が舞踏家として人としてできることとは何か、いつも模索していきたい。パフォーマンスをしている時の観客とのエネルギーを損なわせないように、いつもオープンな雰囲気を舞台で造っていきたい」。そう語ってくれたDK PANとP.A.N.のこれからの作品も楽しみです。

今年10月には韓国のダンス・フェスティバルに招待されていて、その足で日本でも公演をする予定だそうです。

 

 

ギャラリー情報

彼らの作品は以下のウェブサイトで見ることができます。

■DK PAN / P.A.N.
http://pan.futureruins.org

山本純子:
16歳で単独渡米、シアトルのコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学ぶ。現在はシアトルとポートランドを中心に作家活動を行う傍ら、夫と共に「Biddybeat Party」などのさまざまなイベントを主催する。ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com

第22回 デービッド・ルービン

ヘンリーアートギャラリー
ヘンリーアートギャラリー
▲ヘンリーアートギャラリーで建てた家とその家の内部

「いったいどうやってひとりで建てたの!?」。初めて彼のヘンリー・アート・ギャラリーでの作品を見た時に、思わずそう言ってしまいました。家一軒をひとりで美術館の中に建ててしまった光景。デービッドさんの作品は力強くて、楽しくて、そして少し切ない。家の内部は、朝起きて朝食をゆっくり取る間もベットを直す間もなく仕事に飛び出していったような、ひとり暮らしの男の部屋を丸ごと再現しています。

人はどうやって今ある生活に至るのか? いくつもの小さな選択を重ね、人は自分達を今の場所に置く──どの街のどの店で、どんなものを買ってどんな車に乗って、どんな仕事に就いてどんなものを食べているのか。そういった“小さな選択”の意味を日常的に意識している人は少ないでしょう。気が付くとしなければいけないことに追われて一日が過ぎていく……。

“小さな選択の連続”。これが彼の作品に流れるテーマでもあります。

デービッドさんが育った町はおんなじ家が延々と建ち並ぶニューヨーク州の郊外。外も中も大してお隣と変わらない。台所、テレビ、窓も同様……。そんな中で育つうち、彼は人生の選択についてとても興味を持つようになります。気がつくと税金を払ったり、牛乳を買ったり、仕事を探したりして、私達の生活は日々流れていく。みんな誰もが子供だったのに、いつ子供から大人への選択を始め、どうやってこんなにもいろいろな人生を、違う生活を、“外も中も大してお隣と変わらない”中でオリジナルな自分を見い出しているのか?

ヘンリーアートギャラリー
ヘンリーアートギャラリー
▲スーパーマーケットでのインスタレーション

彼の作品にある、スーパーマーケットを舞台に大きな木のブロックで人を囲んだインスタレーションも、そういった小さな選択の積み重ねに対する彼のアプローチ。木を切る作業、それは単調で途方もなく時間がかかる反面、とても瞑想的。その作業に身をゆだねていると、自分がどこから来たのかを再確認する時があるそうです.「ぼくは中流家庭に生まれ、親がそして曾祖父母が労働者として生きて来た様を見て育ちました.だからたいていの僕の作品には、そういった肉体労働を伴う小さな選択の積み重ねで生きている、そして働いている人の生き様を描いているものが多いのです」と、デービッドさんは語ってくれました。

彼の作品はいつもインスパイアリングですが、話してなおさら私の“小さな選択の積み重ね”について考えさせられました。

デービッドさんはイタリアのトリノにあるガス・アート・ギャラリーで作品を発表しているほか、ワシントン州ではヘンリー・アート・ギャラリー、ピュアラップのアウトドア・ギャラリーなどでもエキシビションを開きました。これから特に目が離せないアーティストのひとりです。

 

 

ギャラリー情報

彼の作品は以下のウェブサイトで見ることができます。

■ガス・アート・ギャラリー
ウェブサイト:www.gasart.it/gallery/it/artists/artista_34.html#bio

山本純子:
16歳で単独渡米、シアトルのコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学ぶ。現在はシアトルとポートランドを中心に作家活動を行う傍ら、夫と共に「Biddybeat Party」などのさまざまなイベントを主催する。ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com

第23回 ディーン・チャウ

ディーン・チャウ ディーン・チャウ

小さな小さな、色鮮やかなクレヨン。誰でも一度は子供の頃、真新しいクレヨンに心をときめかせたことがあると思います。その小さなクレヨンに、小さな彫刻を施す細かい作業。「いつでも私の作品は、パーソナルでインティメイト」と言うディーン・チャウさん。ベトナム人の父と中国人の母を持つ彼女は、複雑な移民の手続きを経てベトナムからアメリカへ、そして、フィリピンの難民キャンプで1年近く過ごした後、1986年にシアトルへ、家族と共に来たそう。いろいろな場所を転々とした幼児期ですが、あまりにも小さかったので、すべての事が、彼女の記憶の中にうっすらとしかないといった感じだそうです。小さい頃から絵を描く事が好きだった彼女は、あまり裕福ではなかったので、いつも鉛筆と紙で遊んでいたと言います。多感な成長期に、アメリカで育ったディーンさんは、成長すればするほどアジア人としての自分というものにとても興味を示します。アメリカ人として生きている反面、アジア人の部分を無視できない自分。今も昔も人種の問題は、大して変わっていない事に気付きます。人は人と「違う」という部分は取り上げて意識するのに、「同じ」という部分もたくさんありながら、そこには触れないという現実。だから、例えば「食べる」「寝る」「創造する」というとてもジェネラルな「誰でもここは同じ」部分を題材として取り上げ、自分のパーソナルな思い出やルーツを組み込んで自身の作品の中に表現し始めました。ジェネラルな題材なだけに、単純なものにならないようにするのが大変という彼女。自分の父親の若かりし頃の写真をもとに描いた絵も、自分の淡い記憶(思い出)と古い写真とをあわせた作品のひとつ。

私も個人的に大好きで、彼女のお気に入りでもある作品シリーズ、クレヨンの彫刻はそういった彼女の子供の頃の思い出と誰でも同感できる部分が、うまくひとつに表現された作品。

ディーン・チャウ

ディーン・チャウ

今年のバンバーシュートで発表したインスタレーション「Common Grounds」はお米をジーンズで包み、積み上げた作品。外側はアメリカ人の自分だけど、中を見るとアジア人の自分が顔を出す。アメリカ(ジーンズ)で育った彼女が失ったアジアの文化(お米)が、川にも壁にもなり得る作品。「1粒でも大切にって育てられてきたので、お米を粗末にしたら、母に怒られてしまいます(笑)」。ショーの後、展示会参加者や観客に1袋ずつプレゼントして作品が無駄にされないようにしたそうです。

さりげない中にいろいろな意味合いが隠されているディーンさんの作品。

シアトルのアーティストラストが主催する栄誉ある賞、「GAP Grant」を今年受賞した彼女は、もらった賞金で幼い頃に過ごしたフィリピンの難民キャンプ跡にリサーチをしに行くそうです。

2006年の4月にパイオニア・スクエアのカフェ「Zeitgeist」で、9月には母校であるコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで展示会を予定し、大忙しの彼女。これからも頑張ってください!

 

ギャラリー情報

■Urbis Artium Gallery(2005年12月のみ)
49 Geary St., #202, San Francisco, CA 94108
TEL:415-369-9404
ウェブサイト:www.urbis-artium.com

■ディーン・チャウ・ギャラリー
ウェブサイト:www.diemchau.com

山本純子:
16歳で単独渡米、シアトルのコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学ぶ。現在はシアトルとポートランドを中心に作家活動を行う傍ら、夫と共に「Biddybeat Party」などのさまざまなイベントを主催する。ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com

第24回 野村陽子

野村陽子

ふわふわとした柔らかい感触のうえに、なかなか崩れにくい強さを併せ持つフエルト。「歴史のあるフエルトだから、はやりや流行を気にせず使える、それでいて新鮮な物を作れたら」。野村陽子さんは京都出身のフエルト・アーティスト。私も大好きで彼女の作品をひとつを持っていますが、陽子さんの作品は、いつか子供の頃に絵本を読んだ時のように、思わずほおずりしたくなるような安心感とわくわく感を与えてくれます。

日本にいた頃は、10年間日本のカバンのトップ・メーカーでデザイナーをしていた彼女。そこで、カバンを作るのに欠かせないパターン作りや製作のすべてを習得、休む間もなくファッションの最前線で活躍し、パリやミラノ・コレクションなどを始め、世界中を飛び回っていました。

働き過ぎで一時はカバン・アレルギーになってしまったほど。そのまっただ中、電撃的に出会ったのが今の夫ジェームスさん。疲れてご飯もろくに食べていなかった彼女に「ちゃんと食べないと」と毎日ご飯を作ってくれたそうです。

結婚後、渡米を期に、カバンの仕事から遠ざかり穏やかな生活を送り始めます。でも小さな頃から何かを作るのが大好きだった彼女は自由な時間を使い、再び小物を作り始めたそう。

野村陽子野村陽子
陽子さんのバック

日本に一時帰国したある日、フエルトを使った展示会を観て感銘し、自分も挑戦したいと思うようになったのがきっかけ。嫌というほどカバンを作ってきた彼女ですが、フエルトでとなると初めてのこと。原毛からフエルトにする過程、それを形にしていく技術すべてを独学で研究。それまで牛革や生地からパターンを切り取って作ってきたカバン。原毛は素材そのままの、いわば「0(ゼロ)」の状態。その何もない「0」からフエルトにし、そしてカバンやスカーフにしていく面白さに夢中になります。

何でもこだわりをもって一生懸命に取り組む、そんな彼女の真剣さが伺える作品の数々。常に「使えるもの」を作りたいと言う彼女。現在、働いているKOBO(工房)で展示会をして話題になったのがきっかけで、フエルト・アクセサリーを本格的にスタート。「これからは、染め物の専門家とコラボレーションして、まだ色を付けていない素のままの白い原毛を藍染めして、新鮮で流行を気にしなくても使えるものを作っていきたい」と陽子さん。

野村陽子陽子さんのスカーフ

KOBOではキュレーター兼マネージメントを任され、オーナーのびんこさんと共に勢いのある、ユニークなイベントを企画している彼女。「これからどんどん新しい日本の若いアーティストをアメリカで紹介していきたいと思っています。日本の若いアーティストにはアメリカにない伝統や技術がありながらユニークでオリジナルなエネルギーを持っています。そんな風を吹き込むお手伝いをしたいんです」とのこと。

何でも一生懸命に取り組む陽子さんのフエルトの作品からも、KOBOでの企画からも目が離せません。「作品を作っている時にテーマを思い浮かべて、このバックやスカーフを持ってくれている人を想像するのですが、実際に作品を買って行ってくれる人が自分の想像通りのイメージの人だととてもうれしいですね」という陽子さんの作品。1月半ばまでColombia City Art Galleryにて展示中、その他にバラードのVelouriaやKOBO at Higo、KOBO Capital Hillにて作品を見ることができます。

 

ギャラリー情報
■Holiday Show at Columbia City Gallery
開催中~2006年1月15日(日)
場所:Columbia City Gallery
4864 Rainier Ave. S.
Seattle, WA 98118
TEL: 206-760-9843
ウェブサイト:www.columbiacitygallery.com

■Velouria
2205 NW Market St.
Seattle, WA 98107
TEL: 206-788-0330

■Kobo
814 E.Roy St.
Seattle, WA 98102
TEL: 206-726-0704
ウェブサイト:www.koboseattle.com

山本純子:
16歳で単独渡米、シアトルのコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学ぶ。現在はシアトルとポートランドを中心に作家活動を行う傍ら、夫と共に「Biddybeat Party」などのさまざまなイベントを主催する。ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com

第25回 土井善男、清水なおこ:料理を引き立てる器

土井善男、清水なおこシアトルでの展示会にて

皆さんは、いつもどんな器を使ってお料理やお茶を楽しんでいますか?

とても料理の上手な私の友人が、彼女の料理を通して紹介してくれた器があります。落ち着きのある青掛かった白い陶磁器にコバルトブルー(呉須)の淡い線、陶磁器の透き通るようなつやのある表面に、わざときめの荒い砂を混ぜて表面に変化をつけて、手作りの温かさを一層味わい深くしてくれています。

土井義男、清水なおこ善男さんの作品。和紙を切って貼り付け、呉須を染み込ませたもの

ほかの陶器と一緒に使っても決して主張することなく、控えめな中に気品漂う器……。京都府亀岡市在住の陶芸家、土井善男さんと清水なおこさん夫妻にお会いしたのは、昨冬のことです。京都精華大学美術学部造形学科で陶芸を専攻中に出会ったおふたりは、長い弟子入り期間を経て5年前に独立。夫の善男さんは、いくつもいくつも機械的に作品が生まれていく電動ろくろに魅せられて、陶芸に興味を持ったそう。善男さんの作品は器の線がとてもモダンで、北欧のアンティーク・インテリアにもピッタリ合うような、ヒップな雰囲気を持っています。単色の器が多い一方、和紙を使って染料を染み込ませながら、シャープなのに柔らかい、独特の模様を重ねていく作品もあります。妻のなおこさんの作品は、骨董品のような雰囲気がどこか懐かしく、かわいらしいシンプルな絵柄が控えめに描かれています。墨を和紙にじんわり染み込ませているようなにじみ具合が、使う側をホッとさせてくれます。

土井善男、清水なおこなおこさんの作品

以前はどちらかと言えば土っぽさの強い陶器に引かれていていた私ですが、彼らの器に出合って、「こんなに使う側のことを考えて作っている陶器があるのか」と感動! 何気なく毎日作る食事やお茶が器によって引き立つ様子に、使わせていただくたびに驚いています。和風なのに、バゲットやパスタも絶妙に演出してくれるんです。「何のお料理でも、作り手とそれを食する側が使いやすく、そしておいしく楽しめる器を」というのが、彼らのこだわり。ひたむきで優しいお人柄、お互いを助け合いながら制作活動をされている思いやりがそのままが作品に反映されています。

彼らの作品を使いたいというプロの料理人が多く、地元京都では料亭、割烹料理店やレストランで幅広く愛用されているとか。東京で器専門店、デパート等で開かれる展示会に出品しているほか、広島、神奈川でも忙しく活躍されています。シアトルでは昨年11月、「工房」アット・ヒゴ店で展示会を開催しました。おふたりの作品は同店で購入できます。

 

ギャラリー情報
■Kobo at Higo
602-608 S. Jackson St., Seattle, WA 98102
TEL:206-381-3000
ウェブサイト:www.koboseattle.com

■宙
〒152-0003 東京都目黒区碑文谷5-5-6
TEL:03-3791-4334
ウェブサイト:www2u.biglobe.ne.jp/ ̄to-sora

山本純子:
16歳で単独渡米、シアトルのコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学ぶ。現在はシアトルとポートランドを中心に作家活動を行う傍ら、夫と共に「Biddybeat Party」などのさまざまなイベントを主催する。ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com

第26回 ヤン・シャオミン:若者を描く

ヤン・シャオミン若者(2005年)
楮紙、墨、木炭、岩絵具、アルミ箔

“若者”というと、皆さんどんなイメージを抱かれますか? 年配者はいつの時代も「今時の若い者は……」と言うものですよね。誰もが通って来た道でありながら、はかなげで、寂しそうで、センシティブ、あるいは力強さ溢れてフラストレーションの固まりとも言える時期。

ヤン・シャオミン若者(2005年)
楮紙、墨、木炭、岩絵具、アルミ箔

ヤン・シャオミンさんの作品は、そんな私達の誰もが傷付きながら成長して来た過程を、線の1本1本まで繊細に、忠実に、そして力強く浮き彫りにします。控えめながら輝きを放つアルミ箔を張り詰め、真っ黒な墨を用い、優れた描写力で人物の形にする……。「私にも、こういう青春真っ只中の時期があった」と、初めて拝見させていただいた時は、昔の自分自身に会ったのではないだろうかと錯覚して、思わずドキッとしました。若いころは、少し滑稽で、生き生きしているのに卑屈で、といった矛盾だらけの毎日だったような気がします。ヤンさんの絵には、自分の部屋あるいは電車の座席に座り込んで、自分達が生まれて来た実感と疑問を、時には不安定に、時には敏感に、社会の中でじっと見据えているかに見える若者達の姿があります。私はこれを、若者にも年配者にも見て欲しい。お互いが持っている固定観念.若さゆえに賢くも愚かでもあったあの若きころを、そして今現在もその延長線であることを、互いに気付くきっかけになるような気がします。

ヤン・シャオミンスタジオにて

ヤンさんは、中華人民共和国泉州出身、福建省工芸美術学院、北京中央美術学院を卒業後、華橋大学芸術学部教員に、といった超一流エリート・コースを駆け上がって来たところで、すべてを置き捨てて1988年に来日。和光大学芸術学専攻を修了し、以後18年間を日本での作家活動に費やしてきました。中国の大学で教えていた時、心のどこかで、「何かしなければ」という内なる言葉がどうしても気になっていたといいます。そのまま穏やかに暮らすことも簡単だったはず。それを踏まえたうえで、日本に来ることを決めたヤンさん。

中国人として日本に移り住み、中国人として生きてきた彼。でも、時が経つにつれて、ひとりの人間として生きることの大切さを強く感じるようになったそうです。「私の作品も、アジアのアートとして見て欲しくないんです。人種、地域、思想をも超えて、理解してもらえたら」とおっしゃっていました。まだまだ新米の私ですが、思わずアメリカ(異国)で日本人(外国人)の作家として生きる自分とヤンさんとの状況が重なり、あらゆる面でとても共感し、勇気と力をいただきました。

ヤン・シャオミンヤンさんのスタジオ

現在では母校、和光大学にて、北宋山水の模写を一般公開講座で教えています。「美術館で見る絵画を自分で描くことによって、何か別の物が見えてくるのでは」と、一般の方達に絵画を理解してもらおうという試みです。彼の名は多くの出版物で見ることができますが、その中のひとつ、武蔵野美術大学の教科書では、掲載されている外国人たった3人のうちのひとりとなっています。これから、日本以外の国でも活動していきたいとのこと。シアトルでもぜひ個展を開催していただきたいものです。

ギャラリー情報
■香染美術
〒166-0004 東京都杉並区阿佐ヶ谷南1-10-1
TEL:03-3314-9106
ウェブサイト:www.kouzome.com

■東邦画廊
〒104-0031 東京都中央区京橋3-9-2 宝国ビル2F
TEL:03-3562-6054
ウェブサイト:http://kgs-tokyo.jp

山本純子:
16歳で単独渡米、シアトルのコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学ぶ。現在はシアトルとポートランドを中心に作家活動を行う傍ら、夫と共に「Biddybeat Party」などのさまざまなイベントを主催する。ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com

第27回 ブライアン・スミス:ダンボールで作るアート

ブライアン・スミス
“Jacob”
ブライアン・スミス
“Jacob” detail

いつでもどこでも手に入る、そして必要とされた後はあっけなく捨てられるダンボール。あまりにも簡単に手に入り、毎日の生活で何とも思わなくなってしまう物が多過ぎるこの社会。そんな中、何を作るにしても新しい物からはなく、前に使った人の形跡の残っている“拾った物”にこだわり、素材の追求を続けているシアトルのアーティストが、ブライアン・スミスさんです。

ブライアンさんは、街中で譲り受けたさまざまな種類のダンボール箱を切り刻んで、パズルのように組み合わせて複雑なパターンを創り上げます。まさかダンボールでできているとは夢にも思わないほど、隙間なく組み込まれている1枚1枚のパーツ。近くに寄ると「本当にダンボールだ!」と感動し、うれしくなってしまいます。こんなにも色鮮やかなダンボールが探せばあるんだということにも驚き!

ブライアン・スミス
“Stow away”
ブライアン・スミス
“IF SEAL IS Broken, Check Contents”

ワシントン州東部、農業が盛んなパルース(Palouse)出身のブライアンさん。子供のころ、行く先々で見た人や物の絵を紙に描くことが遊びのひとつでした。18歳で陸軍に入隊し、3年間ドイツに駐在。「軍隊というところは“自分”があってはいけない場所なんだ。自分を表現するなんて、もってのほか。そうやって教育されて3年間が終わるころには、自分を表現したくてたまらなくなっていたんだ」。そう語るブライアンさんは、アートについて全く知らなかったものの、子供のころに絵を描くのが好きだったことから、絵の技術を磨くために美術大学に行く決心を固めます。

コーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツでは、技術だけを学びたかったはずなのに、知れば知るほどアートの奥深さに感嘆せざるを得ない彼。「こうでなければいけないことなどない」。そのことに気付き、実験的にいろいろな素材にチャレンジしていきます。ダンボールに興味を持ったのも、そんな理由からでした。当たり前のように毎日捨てられるダンボールの山を見て、それをどうにか使えないものか長い間の試行錯誤の後、何層にも重ねたダンボールをサイコロのように切り分け、ワイヤーで縫い合わせてパネルを作ることに成功したのです。

「リサイクル素材で作品を作っていることは、私にはとても重要だが、それを見る側の人達へ押し付けようとは思いません」
ゴミや環境の問題が日に日に深刻化しているこの社会の中で、言葉ではなく態度で示しているブライアンさんからのメッセージ。いつも彼の作品を見ると、いろいろな角度でインスパイアされます。

イベント情報
ブライアン・スミスさんの作品は、下記のイベントで観賞できます。
■Work is at the Max Hotel
日時:4月21日(金)~5月26日(金)
場所:Auburn City Hall / 25 W. Main St., Auburn, WA 98001
問い合わせ:253-804-5049

山本純子:
16歳で単独渡米、シアトルのコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学ぶ。現在はシアトルとポートランドを中心に作家活動を行う傍ら、夫と共に「Biddybeat Party」などのさまざまなイベントを主催する。ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com

第28回 リッキー・ウルフ:水彩に浮かび上がる円

リッキー・ウルフ

リッキー・ウルフ

「アートだけで生活していくのが私の夢」
リッキーさんはいつも、口癖のように私に言います。

「若かったころは何も考えず遊びほうけていた。ポーンと何年も旅行をしたり、サンフランシスコ・アート・インステュチュートに行ったのに何も考えずあっさりアートを諦めたり。思い付くまま、気の赴くまま、生きてきた。今考えても、“無駄”な時間を過ごしたとは少しも思っていない。今の自分というのがあるのも、その時間のおかげだと思っているから」

アートひと筋の今では、想像もつかない彼女の若かりしころ。その反面、そんな遊び心いっぱいの彼女を作品の中で垣間見ることができます。

彼女の絵は、石膏のような質感を持つ表面を何層も重ね上げ、水彩絵の具を流し込むもの。重なり合う表面は、1層を完成させ、その上に次の層を載せていく作業が繰り返されています。淡い水彩絵の具の中に深く彫り込まれているのは、はっきりとした、それでいて変化のある、オーガニックな円形。まだ固まっていない表面に、輪ゴムやウォッシャーでパターンを押し付けていきます。そんな立体的で光沢のある表面に時々現れる、版画の線のような錆びれたマークは、銅板版画のエキスパートでもある彼女の得意技。「新しいテクニックを開発するのが楽しくてしょうがない」と、いつも目を輝かせて楽しそうに作品を説明するリッキーさん。

リッキー・ウルフ

リッキー・ウルフ

スタジオにいない間、どのように自分を育むか。それがない限り、スタジオにこもっても何も生まれない。毎日の生活を最大限に楽しみ、充実させていくことで、自然と作品にもそれが反映されてくる。

アート活動をする私自身、時々スランプに陥ったり、スタジオに行くのを避けたりすることがあります。リッキーさんと話していると、そういったクリエイティブになれない時間や“無駄”な時間にも意味があるということを、再確認できます。「無駄なことなんて何もない。思うように行かない時は、思うように行かないことを楽しめばいい」と。

パートタイムで働くのであれば、アートを教える仕事に就きたいと、ずっと思い続けていたリッキーさん。それが現実となり、今ではアートと教員の仕事で生計を立てられるようになりました。現在、プラット・ファイン・アート・センターで、コラージュやドローイングのクラスを、子供から大人まで幅広く教えています。「今度の目標は、アートだけで暮らして行くこと。先生になるのも昔の目標だったんだから、アートで生活していくことも絶対叶うわ」。

常に希望に満ちあふれた彼女のエネルギーには、毎回会うたびにうれしくなります。彼女の作品は、シアトルほか、ロサゼルス、ポートランドでも行われる展示会で見られます。

ギャラリー情報
リッキー・ウルフさんの作品は、下記で観賞できます。

■Design Source International Gallery(6月16日まで)
18025 SW Lower Boones Ferry Rd., Portland, OR 97224
問い合わせ:503-684-8100

■Collins Pub(6月30日まで)
526 2nd Ave., Seattle, WA 98104
問い合わせ:206-623-1016
ウェブサイト:www.thecollinspub.com

■Rental/Sales Gallery / Seattle Tower
1220 3rd Ave., Seattle, WA 98101
問い合わせ:206-343-1101
ウェブサイト:http://seattleartmuseum.org/visit/visitRSG.asp

■Ralph Hays Contemporary Designs / The Seattle Design Center
5701 6th Ave. S., #156, Seattle, WA 98108
問い合わせ:206-763-8668
ウェブサイト:www.seattledesigncenter.com

■Fresh Paint Art Gallery
9355 Culver Blvd., #B, Culver City, CA 90232
問い合わせ:310-558-9355
ウェブサイト:www.freshpaintart.com

山本純子:
16歳で単独渡米、シアトルのコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学ぶ。現在はシアトルとポートランドを中心に作家活動を行う傍ら、夫と共に「Biddybeat Party」などのさまざまなイベントを主催する。ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com

第29回 ヒグチケイコ:ボイスの芸術

リッキー・ウルフ
リッキー・ウルフ
リッキー・ウルフ
体全体で音を表現するヒグチケイコさん

今年の冬、高校時代の友人であるヒグチケイコさんのパフォーマンスを東京に見に行きました。ケイコさんは、東京を拠点にヨーロッパ、アメリカでも活躍する声のアーティスト。歌や曲、というよりも、響き、音といった、抽象的、あるいは実験的な印象を受けます。

毎回、違う演奏家達と共演。「こんな感じ? こんな感じでしてみる?」との掛け合い、いたずらっぽさ、束縛のないオープンさ。毎日の生活の中でなんの気なしに出ている音、そして、自分では出したくても出せないような奇怪(?)で懐かしい音を、楽器の即興と共にコラージュしていく。ところどころで彼女自身が使うトロンボーンも、吹くというよりは、それを通して音をさらにバイブレーションさせている、という具合。時には呪文のように、時には虫の息のように、彼女が奏でる音を聴いていると、こちらまで音で遊びたくなってくる。見ている側も、ミュージシャン同士の音での会話、彼らの顔の表情、両方を見張るようにしてしまう……。

ケイコさんは昔から歌が上手で、低めの声は耳にとても心地良く響き、どこまでも高い音が出ます。子供のころから歌うことが好きで、モノマネなんかも得意。声を使って仕事をしたいと聞いた時、誰もが納得したものです。シアトルで高校を卒業後、ボストンのバークリー・スクール・オブ・ミュージックに通い、帰国後もちょくちょく外国へ公演に出掛けます。「音階というのは存在するけれど、声にはそれを超えた無限の可能性がある。声は、誰もが持っているコミュニケーションのツール」と、彼女。

ひとりで音を出すのも自分の作品としておもしろいけれど、人と共演している時に生じる“不具合さ”もまた好きだそう。人とパフォーマンスをしていると、自分の思う通りにはなかなかいかない。自分がこう出しても、相手はそれを覆してくる。その“不可解さ”が、コントロールの効かないオープンなパフォーマンスになるのです。

彼女と話していると、毎日の私達の生活に重ねて見ることができるような気がします。こうしたい、ああしたいと、目標や目的を持って行動する私達。しかし、それは環境や周りの人々によって影響され時、“不具合”が生じます。その場その場で起こるハプニングを、いちいちコントロールしようとすればするほど、物事は困難になることが多々あるような……。その中で、どう転んでもなるようになる、と受け流している彼女。何事も真剣に、その反面、いつでも柔軟性のある陰と陽が重なり合った姿勢は、彼女の生き方そのものなのかもしれません。

リッキー・ウルフ
よく共演されるチェロリスト、モリシゲヤスムネさん

「声は、心と体のバランスに非常に深く関わっている」。パフォーマーの傍ら、プロのアーティストからアマチュアまでいろいろな方にボイス・トレーニングを教えているケイコさん。将来やりたいと考えていることは、セラピーとしての声のトレーニングを勉強すること、とおっしゃっていました。

写真家としても活躍する多才な彼女は、どこにいても何をしていても、パフォーマンスに繋がっていきます。写真を撮ったり、踊ったり、歌ったり。何でも、どう解放していくかがとても大事、とケイコさんは言います。この6月には、東京などで公演される演劇に声のパフォーマンスで出演します。

イベント情報

ヒグチケイコさんが参加するイベント、パフォーマンスの情報は、以下のウェブサイトで確認できます。
ウェブサイト:www.geocities.jp/cleokkk/

山本純子:
16歳で単独渡米、シアトルのコーニッシュ・カレッジ・オブ・アーツで本格的にアートを学ぶ。現在はシアトルとポートランドを中心に作家活動を行う傍ら、夫と共に「Biddybeat Party」などのさまざまなイベントを主催する。ウェブサイト:www.junkoyamamoto.com