民主党への政権交代で、歴史的大統領の誕生となるのか。世界中から熱い視線が集まる2008年米大統領選挙をわかりやすく解説。
(文/佐々田博教)
第1回★アメリカ大統領選挙の仕組み選挙人制度による間接選挙 今月号から1年間、大統領選挙の基本知識と今回の選挙の焦点について説明していきます。どうぞよろしく。まずは大統領選挙のプロセスです。 大統領選挙は11月に行われますが、1月から6月にかけては民主党と共和党の予備選挙があります。予備選挙では各州で党員が投票(党員以外が投票できる州もある)し、勝った候補が9月の党大会で公認候補に指名されます。 本番の大統領選挙では、各州の人口に応じて選挙人(Electoral College)が割り当てられます。例えば、最も多いカリフォルニア州は55人、最も少ないモンタナ州などは3人です。各州、一般投票で最も多い票を集めた候補が、その州の選挙人の票すべてを獲得。全州での得票結果で、選挙人票の総数が最も多かった候補が、大統領に選出されます。 この複雑な選挙人制度は、識者が一般有権者を代表して選挙人として投票し、直接民主主義の弊害を防ぐことが本来の意図であったのですが、今では形だけのものになっています。そんな中、2000年の大統領選挙では、一般投票の得票数で上回ったアル・ゴア候補が、選挙人票数で勝ったジョージ・ブッシュ候補に敗れる事態が発生。これでは民意が選挙結果に反映されないということで、その原因となった選挙人制度の廃止が唱えられたのですが、未だに実現していません。 巨額のマネーが動く アメリカの大統領選挙の特徴としては、とにかくそのスケールが大きいことがあげられます。各候補の出馬表明が出始めるのが本選の約2年前。予備選挙まで各候補は全国的なキャンペーンを展開し、党大会後は、党をあげての総力戦が展開されます。 また選挙資金の面では、2004年の大統領選挙でブッシュ陣営が2.7億ドル、ジョン・ケリー陣営が2.4億ドルを使い、予備選挙でも各候補が巨額の資金をつぎ込みました。特にお金が掛かるのがテレビCMで、30秒のCMをたった1回放送するだけで1万数千ドルにもなることがあるそうです。 日本の自民党総裁選挙は、長くてもせいぜい2カ月(前回は国会会期中だったので、わずか5日間でした)で、選挙費用も数億円程度らしいですから、大きな違いです。アメリカでは、予備選挙の活動期間が長期化し、選挙費用も高騰しているため、大統領選挙のスケールはさらに拡大していくと思われます。 来月号では、民主党と共和党の違い、今回の大統領選挙候補者の顔ぶれについて紹介します。 スーパー・チューズデーを制するのは誰? 1月3日にアイオワ州で最初の予備選が行われ、公認候補をめぐる激しいサバイバル・レースの火ぶたが切られました。1月15日時点で、民主党はバラク・オバマ上院議員1勝(アイオワ州)、ヒラリー・クリントン上院議員1勝(ニュー・ハンプシャー州)、共和党はマイク・ハッカビー前アーカンソー州知事1勝(アイオワ州)、ジョン・マケイン上院議員1勝(ニュー・ハンプシャー州)、ミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事1勝(ミシガン州)。なお、ミシガン州での民主党予備選の投票結果は、党本部によって無効とされてしまいました。2月5日には20以上の州が一斉に予備選を行う「スーパー・チューズデー(Super Tuesday)」が予定されており、予備選最大の山場になると予想されています。 |
第2回★予備選挙の候補者ベトナム戦争の英雄、マケイン 今回は予備選挙の候補者の顔ぶれを見てみましょう。 まず共和党から。ジョン・マケイン上院議員は、海軍士官として参加したベトナム戦争で5年間の捕虜生活を耐えたことで、解放後は英雄扱いを受け、政治家に転身しました。87年からアリゾナ州の上院議員を務めています。中道的な政策を取り、無党派層にも人気です。 牧師の資格も持つマイク・ハッカビー前アーカンソー州知事は、非常に保守的な社会政策を掲げ、支持基盤はキリスト教右派などの保守勢力です。ロン・ポール下院議員は、所得税の撤廃やIRS(内国歳入庁)の解体など極端な経済政策やイラクからの早期撤退を唱え、異彩を放っています。 ミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事や、映画俳優のフレッド・トンプソン氏、同時多発テロ事件で強いリーダーシップを発揮したルディー・ジュリアーニ前ニューヨーク市長らは、すでに脱落。ロムニー候補は、財界での人気と潤沢な資金が武器でしたが、政策に一貫性を欠いたのが敗因。ジュリアーニ候補は、当初は本命と目されていましたが、予備選の序盤を捨てる戦術が裏目に出て、撤退を余儀なくされました。 「経験」のヒラリーと「変化」のオバマ 次に、民主党の有力候補を見てみましょう。元々弁護士だったヒラリー・クリントン上院議員は、夫で元アーカンソー州知事のビル・クリントン氏が大統領に当選し、ファースト・レディーとなりました。01年からニューヨーク州の上院議員を務めています。もし当選すれば、元ファースト・レディーの女性大統領誕生という異例の結果となります。政策面で最も力を入れているのは、ファースト・レディー時代から提唱している国民医療保険の導入です。 史上初の黒人大統領を目指すバラク・オバマ上院議員もまた、支持を広げています。オバマ候補はケニア移民の父と白人の母を持ち、ハーバード大学を卒業後、弁護士として活躍し、イリノイ州の上院議員になった立身出世の人です。政策面で目立つのは、イラク戦争からの早期撤退の実現と国内労働者の保護。黒人カリスマTV司会者、オプラ・ウィンフリー氏の強力な支援を受け、特に若者の間で支持層が拡大しています。 このほかに、04年の大統領選挙で民主党の副大統領候補だったジョン・エドワーズ元上院議員や、ビル・リチャードソン現ニューメキシコ州知事、ジョー・バイデン上院議員などがいましたが、すでに撤退を表明しました。 来月号では、共和党と民主党の違いについて説明します。 民主党の候補者選びは大混戦の様相 2月5日のスーパー・チューズデーでは20以上の州で予備選が行われ、共和党はマケイン候補が9つの州で勝利し、候補者指名に大きく前進。民主党はオバマ候補が12の州で勝利しましたが、クリントン候補がニューヨークなどの大票田を含む8つの州で勝利したため、ほぼ互角の結果となり、決着は今後に持ち越しに。このほか、民主党のエドワーズ候補、共和党のロムニー候補とジュリアーニ候補などの有力候補らが撤退を表明しました。 ちなみにワシントン州では2月9日に党員集会での投票が行われ、オバマ候補(民主党)とマケイン候補(共和党)が勝利。民主党の候補者選びは、これまでにない接戦の様相を見せています。 |
第3回★共和党と民主党の違い日米関係重視の共和党 国内の社会福祉に力を入れる民主党 ヒラリーとオバマの戦いはまだまだ続く 3月4日にテキサス州、オハイオ州などの大票田を含む4州で予備選挙が行われました。この結果、連敗したマイク・ハッカビー候補が撤退を表明。マケイン候補が共和党の候補者指名を確実にしました。民主党のクリントン候補にとっては、負けると撤退必至という厳しい戦いだったものの、結果的には3州で勝利し、オバマ候補との勝負は振り出しに。次は4月22日のペンシルバニア州での予備選挙が大きな勝負となりますが、民主党の候補者争いの決着は、まだまだ先になりそうです。投票結果が無効とされたフロリダ、ミシガン両州では、民主党の予備選挙のやり直しが議論されています。もし、やり直しの投票が行われることになれば、候補者争いに大きな影響を与えそうですが、実現の可能性は低そうです。 |
第4回★今年の選挙で注目される主な問題長引くイラク戦争 医療・景気対策、地球温暖化や移民問題の対処 ヒラリー、ペンシルベニア州予備選制す 4月22日に行われたペンシルベニア州の予備選では、当初から優勢が伝えられていたヒラリー・クリントン候補が、得票率10ポイントの差をつけ、勝利を飾りました。しかし、ここ1カ月の間に、ニューメキシコ州知事を含む特別代議員32人がバラク・オバマ候補支持を表明したので、代議員獲得数でオバマ候補が大きくリードした状況は変わっていません。5月にはオレゴン州を含む5つの州で予備選が予定され、白熱した争いが続きますが、民主党候補者選びの長期化による党内の分裂が、本選に悪影響を与えるのではないかと懸念されています。一方、早い段階で候補者を決定した共和党では、ジョン・マケイン候補が着々と票固めを進めています。 |
第5回★最大の争点、イラク戦争イラク戦争とは 各候補の主張 民主党の候補者、決定か 長期化した民主党の候補者選びもようやく決着がつきそうです。5月6日の予備選挙では、ノースカロライナ州でオバマ候補が圧勝し、インディアナ州ではクリントン候補がわずかの差で勝利。この結果、両候補の代議員獲得数の差がさらに広がり、新たにオバマ候補を支持する特別代議員も増えたことで、オバマ候補の民主党候補者指名がほぼ確実となりました。クリントン候補は最後の予備選が行われる6月3日まで撤退しないことを表明しているものの、オバマ候補はすでに本選の相手である共和党のマケイン候補を視野に入れた選挙戦を始めています。しかし、クリントン候補の支持者が、本選でオバマ候補に投票しないという事態が起きるのではという懸念も消えていません。 |
第6回★経済政策と移民問題アメリカ経済が落ち込んだ原因 今回の選挙で、イラク戦争に次いで重要な問題となっているのは急速に冷え込み始めたアメリカ経済をどう立て直すかという問題です。アメリカ経済の停滞の原因は、主にふたつあります。ひとつは、原油価格の高騰。これは、インドや中国などにおける需要の急増、中東での政治不安、ドル安などが主な要因です。これによってガソリンや石油製品の値段が上昇し、企業活動や家計を圧迫しています。 ふたつめは、昨年深刻化したサブプライム・ローンの問題。これは、住宅への融資を証券化することによって、信用度の低い借り手への融資を可能にするというものでした。しかし、返済ができなくなった人々が、家を差し押さえられるケースが急増し、銀行や証券会社にも巨額の損失が生じています。経済の停滞によって、失業率も増加。そして、アメリカ経済に密接に関わっている移民についても議論されています。特に、最近増え続けている不法移民をどう扱うかが問題となっているところです。 各候補のスタンス 共和党のジョン・マケイン候補は、経済対策として現ブッシュ政権が行った減税政策を支持し、その恒久化を訴えています。また、法人税を現行の35%から25%にカットするなど、主に民間企業をターゲットとした減税政策によって景気回復を図る方針です。自由貿易協定(FTA)の締結にも前向きで、自由貿易を拡大することで、経済成長を促し、雇用も増えるとしています。サブプライム・ローンで家を失った人々に対する政府援助には否定的です。 民主党のバラク・オバマ候補も景気回復のために減税政策が必要だとしていますが、ブッシュ政権が進めた減税政策は高所得者を優遇するものだと反対しており、労働者、老人、低所得者向けの減税を訴えています。また、マケイン候補とは対照的に、FTAの締結には強く反対。すでに締結されているFTA(NAFTAなど)についても、今後修正が必要であるとしています。これは、経済のグローバル化が国内労働者の雇用を奪ってしまうという考え方に基づくもので、自由貿易には強く反対しています。さらに、サブプライム・ローンで苦しんでいる人には、積極的に資金援助を与えるという政策です。 移民問題に関しては、両候補の政策に大きな違いは見られません。国境警備予算の増額、メキシコとの国境における柵の建設などが必要という意見ですが、保守層が主張するように不法移民を排除するのではなく、彼らが市民権を取得することを認めるべきという意見です。マケイン候補は不法移民問題に対してリベラルな姿勢を取っており、共和党支持者の保守層に批判されています。 副大統領候補は誰になる? 6月3日にサウスダコタ州とモンタナ州で最後の予備選が行われ、オバマ候補が民主党の代議員数の過半数を獲得しました。この結果を受けて、ヒラリー・クリントン候補は撤退宣言をし、オバマ候補を支持することを表明。これで、共和党のマケイン候補と民主党のオバマ候補が11月の本選で争うことになりました。6月上旬に行われた世論調査では、オバマ候補の支持率がマケイン候補の支持率を小差でリードしているという結果が出ています。今後は、両候補が副大統領候補(ランニングメート)に誰を選ぶかが注目されるところです。副大統領候補は、選挙戦で大統領候補の弱点を補う重要な役割を果たすため、両候補とも慎重に人選を行っています。。 |
第7回★医療保険と環境問題に対する各候補のスタンス公的保険は拡大すべきか? 今回の選挙の争点となっているものとして、医療保険と環境問題があります。 民主党のバラク・オバマ候補は、こうした状況は深刻な問題だとし、すべての子供、そして民間の保険に加入できない人全員に、政府の公的保険を適用するべきと主張。公的保険拡大の財源は、富裕層への増税でまかなうとしていますが、これには富裕層からの強い反対が予想されます。 共和党のジョン・マケイン候補は、健康保険はあくまで民間の保険会社が提供すべきで、公的保険拡大には反対しています。現行の福祉制度の改善と減税を行うことで、すべての国民が民間の医療保険に加入することができるという意見です。マケイン候補の公的保険拡大への反対姿勢は、医療・保険業界から多額の政治献金を受けているからだという見方もあります。 温室効果ガス削減に向けて さらに地球温暖化など、地球規模の環境問題が深刻化していますが、現ブッシュ政権は、温室効果ガス(GHG)削減や石油に代わる代替エネルギーの開発などに極めて消極的です。こうした背景には、現政権と石油業界とのつながりがあるとも。しかし、同じ共和党のマケイン候補は、GHG削減には積極的で、石油消費量削減の対策として原子力発電所の建設を訴えています。このようにマケイン候補は、前号で取り上げた移民問題と同じく、環境問題でもブッシュ政権とは一線を画した立場です。しかし、ブッシュ政権同様、GHG削減を目指す国際条約(ポスト京都議定書)の批准には、中国などの途上国が含まれず不公平だとして反対しています。 オバマ候補は、各企業が排出できる温室効果ガスに上限を設けることで、2050年までに1990年時の排出量の80%を削減することが可能とする主張です。さらに自動車の燃費基準を2020年までにより厳しいもの(40マイル/ガロン程度)にする、代替エネルギーの研究開発への政府支援、植林・森林保全の促進などを訴えています。しかし、企業の協力を得ることができるかどうかは未知数です。 優勢のオバマ候補にマケイン候補が猛追 白熱した長い予備選が終了して1カ月ほど経ちましたが、党大会(民主党は8月25日~28日、共和党は9月1日~4日)までは目立ったイベントは行われないので、大統領選の盛り上がりも小休止といった感じです。 しかし、マケイン、オバマ両候補は精力的に各地を回り、票固めを行っています。7月に実施された世論調査では、オバマ候補がマケイン候補を小差でリードしているという結果が出ていますが、前月に比べると差が縮まってきており、マケイン候補が猛追していることがうかがえる情勢です。 ここのところ、アメリカ経済の停滞がさらに深刻化しているというニュースが報じられています。各候補は今後、以前に増して、より具体的な対策の提示を要求されることになるでしょう。 |
第8回★アメリカ政治の分極化分極化が意味するものとは 両候補の政策への影響 マケイン候補、逆転して優勢か!? 本誌が出るころには、両党で党大会(民主党8月25日~28日、共和党9月1日~4日)が開かれ、各党の大統領候補が正式に決まるでしょう。党大会では、いよいよ副大統領候補も指名されます。オバマ候補は7月末、中東や欧州などを歴訪し、海外での知名度の高さと外交能力をアピール。メディアの注目もオバマ候補に集中していますが、8月初めの世論調査ではマケイン候補が逆転したとする調査もあり、これまでオバマ候補がリードしていた状況が一転してきました。今後、数回行われるテレビ討論会で両者が直接対決する機会も増え、党大会が終われば、11月の本選に向けて本格的な選挙戦が繰り広げられます。 |
第9回★ネガティブ・キャンペーン大統領選挙の結果を左右する影響力 マケイン候補による中傷広告 副大統領候補が決定! 民主党・共和党両党の党大会が開催され、オバマ候補、マケイン候補がそれぞれ正式に大統領候補として指名されました。そして副大統領候補に選ばれたのは、民主党がバイデン(上院議員・デラウェア州)、共和党がサラ・ペイリン(アラスカ州知事)の両氏でした。バイデン候補は、民主党の重鎮。外交問題に精通した人物で、外交経験が浅いと見られているオバマ候補には頼もしいパートナーです。一方、ペイリン候補は44歳の女性州知事。マケイン候補に欠けている若さと保守的姿勢を買われ、クリントン氏を支持した白人女性へのアピールを期待されています。対照的なふたりの副大統領候補が、選挙にどのような影響を与えるかに注目です。 |
第10回★対日政策共和党のほうが日本寄り? 今回の各候補の見方はどうか 金融危機はマケイン候補に逆風!? 大統領選の投票間近に発生した出来事が、選挙結果を左右したことが過去にも何度かありましたが、今回もアメリカ発の世界的な金融危機が発生し、大統領選に大きな影響を与えています。両候補とも経済は専門ではありませんが、特にマケイン候補は経済が苦手と見られており、しかも市場の規制緩和を主張していました。金融市場における適切な規制の欠如が招いた今回の事態は、マケイン候補には非常に不利なものになっているようです。10月半ばの世論調査では、オバマ候補が10ポイント以上リードしているという結果が出ています。しかし、まだ誰に投票するか決めていない有権者も多くいますので、このような人達にどれだけアピールできるかが勝負のカギとなるでしょう。 |
第11回★オバマ政権、始動圧勝に終わった大統領選挙 アメリカの大統領ができること 日本の首相との違いは? |
最終回★選挙総括と米国政府の今後金融危機打開へ向けた国民の選択 オバマ政権の顔ぶれ
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