| ▲オフィスがある『セイフコ・フィールド』にて |
変化に富む毎日 私が神戸のオリックス・ブルーウェーブから出向し、マリナーズへ初出勤したのは1998年1月12日。シアトルでは珍しい大雪の降る中出社したら、数人の職員がいるだけ。出社早々「今日は帰っていいから」と言われて、気合たっぷりの初日に拍子抜けした思い出があります。 それから6年、変化に富んだエキサイティングな毎日を送っています。私の仕事は国際&プロフェッショナル・スカウト部長の補佐で、スカウト候補となるアジアやラテン各国のプロ野球選手の情報を入手・分析し、直接交渉に当たる部長の業務をヘルプすることです。選手達に関する情報は膨大な上、変化が早く、仕事はとてもスピード感に溢れています。また、シーズン中は毎試合、勝敗の結果が出ますが、勝ち方負け方のパターンはひとつとして同じものはありません。そんな変化が多く、好きな野球に関わるこの仕事をとても楽しんでいます。また、ドミニカとベネズエラにあるチーム管轄の野球学校の管理もしています。 日本人という意識 職場では自分を“日本人”と意識することはありません。実際、ベースボールの世界では、メジャー、マイナー選手の半数以上はアメリカ人以外の人達。実力があれば人種は関係ありません。自分の力量、地盤というのかな、それをしっかりさせてベストを尽くしていると、周りから自然と信頼を得られるようになります。自分の責務を果たし、球団の総括であるゼネラル・マネージャーにどれだけ貢献できるか、そしてチームがワールド・シリーズに出て優勝するために、自分に何ができるかを考えながら、毎日の仕事に取り組んでいます。 一方で、日本人だからできたこともあるかもしれませんね。例えば佐々木主浩投手が初の日本人選手として入団した際、マリナーズ専属アナウンサー、デイヴ・ニーハウスのアナウンスと日本の野球放送を絡めたアナウンスを『セイフコ・フィールド』で放送しましたし、『マリナーズ』の日本語版ウェブサイトの作成もしました。自分で取材し、選手達の裏話なども紹介していましたよ。今でも日本語の表現やデザインに関して、同僚から助言を求められることがありますね。 ホッとできる環境、ノースウエスト 昨年を振り返ると、休みが取れたのは本当にホリデー・シーズンだけでした。通常、1月にキャンプの準備、2月中旬にキャンプ・イン、3月下旬に開幕。シーズン中は遠征にも出るので、自宅で夕飯が食べられるのは月に1度程度です。休みでも特別なことはしません。夏ならワシントン湖のほとりにあるメダイナ辺りの公園で、サンドイッチ持参でピクニックをするなど、のんびりと過ごしています。あと土曜がデー・ゲームだと、帰宅後に5歳と8歳の息子達と近所の小学校でキャッチボールをすることもあります。 ノースウエストは、水があって緑があって、空が青く、四季があり、住みやすさも抜群。気分をホッとさせる環境を兼ね備えたベストな場所だと思います。しばらくは日本も含めて、ほかの土地に住むことは考えられないですね。(取材・文/編集部) | | シアトル・マリナーズ 末吉英則さん 大阪府出身。’90年6月にオレゴン大学を卒業、同年10月に神戸に本拠地を置く『オリックス野球クラブ(オリックス・ブルーウエーブ)』に入社。’98年から『シアトル・マリナーズ』に出向、’01年から正社員。 |
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