白原由起子さん：シアトル美術館学芸員

▲シアトル・アジア美術館の火消しばんてんを展示したギャラリーでは、“火”から生まれた芸術品であるやき物も展示。 「火からの連想でやき物。一見関係なさそうなモノも入れたりして、自分も遊んでいます」と白原さん

東京、ロンドン、そしてシアトル

日本と韓国美術専門の学芸員としてシアトル美術館で勤務し始めたのは、約2年半前のことです。それまでは東京の根津美術館やロンドンにある日本美術の研究機関で研究員をしていましたが、当時から質の高い所蔵品を持つシアトル美術館のことは知っていたので、学芸員のポジションの空きがあると聞いて興味を持ったのは言うまでもありません。館長のミミ・ゲイツさんやスタッフの方々と面接をして採用が決まり、2002年1月からの仕事に備え、2001年12月半ばにロンドンからシアトルへ移りました。

到着して挨拶のために美術館に顔を出したら、その場で会議に参加するようにと。しかも「これらを読んで、１月初めにプレゼンテーションしてくれる？」と資料をドサッ。初日から本格的な仕事に突入しました。

「由起子はいつシアトルに来たの？」「さっきです」なんて会話があったのは、ひと通り会議が終わってからでした（笑）。

▲火事場で着る火消しばんてん。通常「う」「ほ」など組の名前が書かれているが、写真のようにイラストが描かれたものもあった

重要文化財レベルのコレクションが揃うシアトル美術館

学芸員としてシアトル美術館で働き始めてから改めて感じるのが、所蔵品の質の高さ。美術館創立者であるリチャード・フラー氏は1930年代、日本の根付けから収集を始め、今では日本から海外に持ち出すことのできなくなってしまった貴重な美術品を集めました。シアトル美術館は、このフラー氏のコレクションを筆頭に所蔵品を着実に増やし、日本にあれば重要文化財に値する高いレベルの美術品を数多く有する、とても恵まれた環境にあります。

ボランティア・パークにあるシアトル・アジア美術館での日本美術の展示内容は、少なくとも2、3カ月ごとに何かが変わっています。「アジア美術館でいつも何かが起こっている」という状態を作ることで、より多くの方々にリピーターになってもらいたいと思うからです。

勤務場所や住居が東京、ロンドンそしてシアトルに移ったからといって、私自身の美術を楽しむ気持ちや選美眼に変化が起きたわけではありませんが、ノースウエストに住むアメリカ人がアジア文化をとても自然に受け入れていることは最初、新鮮に映りました。インテリアやファッション、料理にさりげなく和風のものを取り入れて、日常生活のレベルで異文化との融合を楽しんでいるんですね。
また、ここに住む多くのアーティストの中には、当美術館に展示している古典作品に発想を得て新しい作品を生み出す方達もいます。そういった新しい美術の創造に、何らかの形でお手伝いすることができることを大変うれしく思っています。

研究者として、学芸員として

この仕事は「知れば知るほど、わからないことだらけ」という謙虚な態度で知識を得ようとする研究者の面と、今までに得た知識や経験に基づいて、それを展示会の形で皆さまにご紹介する学芸員の職務という両側面を持っています。この両輪のバランスを取りながら、これからも日本と韓国美術のさまざまな「美」をお見せする質の高い展覧会を目指していきたいと思っています。ちなみに大きなプロジェクトとして控えているのが、2007年の神戸－シアトル姉妹都市50周年を記念する展覧会。南蛮美術、初期洋風絵画のコレクションで有名な『神戸市立博物館』からたくさんの名品をお借りして、意義ある展覧会にしようと準備を進めていますので、ぜひ多くの方においでいただきたいですね。

シアトル美術館学芸員 白原由起子さん 神奈川県横浜市出身。「“きれい”、“汚い”ってどういうこと？」と幼稚園の頃から美に対して敏感で、日本の大学と大学院では美学・美術史学を専攻。学部卒業後、一度は商社に就職するが、1990年以降は大学に戻り、美術館の研究アシスタントや大学の美術史の非常勤講師、ロンドンの日本文化研究所の研究員など、美術畑ひと筋。2001年に哲学博士号（美術）を取得。ダウンタウンのシアトル美術館とボランティア・パークのシアトル・アジア美術館で日本と韓国美術を担当している。 Seattle Art Museum / 100 University St., Seattle, WA TEL:206-654-3100 Seattle Asian Art Museum / 1400 E. Prospect St., Seattle, WA TEL:206-654-3100 ウェブサイト：www.seattleartmuseum.org