子供達の新学期が始まって3日目。珍しく家族揃って食卓を囲んでいる時(普段は各自が勝手にテレビを見ながら食べているので)、学校はどう? と聞いてみた。 「今日ケンはね~、学校の運動場で……」 「う、うるさい! だまれ、ダン!」 ダンと主人のディックは目配せをしている。なんだか怪しいぞ。 「何なのよ! いったい何があったの?」と問い詰めてみると、放課後ケンは悪友のチャッドとつるんで練習中の女子ソフトボール部をやじり、それが先生に見つかって呼び出されたらしい。その後、校長先生から送られてきた手紙にはこんなことが書かれてあった。 「クラブ活動に参加している生徒に対してハラスメント的な言動があったため、授業が終わる3時10分から学校が閉まる5時までは学校の敷地内への立ち入りを禁止する。故意にその時間内に敷地内に入った場合は、不法侵入の罪で警察に通報する」 根がマジメな私はビビってしまい、ケンを怒ったのだが、ディックはこのぐらいのことでそんなに怒るなよ、と笑っている。 そうなのだ。ディックが中・高校生の頃は私達が想像もつかない悪さをしでかし、停学なんて当たり前。次々に問題を起こし、高校は3回も転校しているのだ。いくら’70年代初めという時代とはいえ、校内ではドラッグ・ディーラーとして知られ、山積みのKegとマリファナの煙が蔓延するパーティーを次々と主催していたらしい。そんな筋金入りのワルと比べたら、女子ソフトボール部にちょっかいを出すなんてカワイイもんだ。しかし、だからと言ってケンの無罪放免は教育上良くないと思い「しばらく友達の家に遊びに行くのは禁止よ!」と怒鳴ってみたが、誰も聞いてくれなかった。まったく無視(トホホ)。 その事件の1週間後、ディックから私の仕事場に電話が掛かってきた。 「ケンがまた問題を起こしてさ~。月曜の朝、校長先生と面談になったよ」 絶句する私。どうやらクラスで出席を取っている時に「Here」という代わりに、悪ぶって「Right Hurr」と言ったのが発端らしい。「Here」を「Hurr」と発音するのはギャング言葉で、学校のZero Tolerance Policyに抵触したのだ。学校側はケンがギャングのメンバーではないか、ほかの生徒に悪影響を与える不良ではないのかと思い、校長面談に発展したらしい。 夫のディックは普段から言葉遣いが悪く、また私は外国人なのでどの言葉がどのくらい悪いものかが判断できず、我が家ではスラングが飛び交っている。スラングごときで目くじらを立てる学校はバカバカしいと思っているディックは、あろうことかケンに「面談にはWigger Suitを着て行こうぜ」なんて提案している。私は仕事の都合で出席できないので、いったいどうなることか心配していたら、案の定、校長先生に会うなり「What’s up?」とやらかしたらしい。 その後は真剣に話し合ったらしいが、家に帰るなり、その時の校長先生の戸惑った顔がおかしかったなんだと、ケンと2人でゲラゲラ笑っている。親がこれでは子供が先生を敬う気持ちにならないのも当然だ。結局ケンはIn-school Suspensionということで、校長室で1日宿題をして過ごし、この事件は落ちついたのだが……(つづく)。 注釈 ディック……私の主人で49歳。某カーステレオ・ショップのオーナー。 ダン……生意気盛りの14歳。でもウソをつけない正直者でもある。 ケン……イタリア系の母親の血を引くイケメン顔の12歳。最近は女の子に夢中。 Keg……15ガロンのビールが入った鉄製の樽型容器。アメリカの若者のパーティーでは必需品らしい。 Zero Tolerance Policy……許容ゼロ方針。学校での暴力や暴力につながる言葉、服装、態度は一切許さないという方針。日本刀の形をしたペーパーナイフをうっかりバックパックに入れて登校したケンの友人は、1週間の停学処分を受けた。 Wigger Suit……黒人のように振舞う白人(ラッパーのEminemが良い例)が着るスポーツタイプのジャケットと短パンのコンビネーション。 What’s up?……「How are you?」の代わりに使われる軽いスラング。 In-school Suspension……校内停学 |
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