シアトルやポートランドで活躍する方々に人生の転機についてインタビュー
■ 文字の成り立ちや文字文化の解説と、書道の美しさや楽しさを併せて伝える活動を日米で行っている宇佐美志都さん。2025年は、拠点をシアトルに戻す予定です。そんな宇佐美さんにこれまでの転機を伺いました。(2025年1月)
福岡県出身。福岡教育大学特設書道科卒業。高校の書道教師を経て白川静博士の文字文化研究所に入所。2003年、最年少で文字文化認定講師を拝命。2009年、ロンドン芸術大留学。2010年、東京にギャラリー開設。2025年からシアトルに再度居住予定。好きな食べ物は刺身。
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ー書道との出会いを教えてください。
3歳頃から母に書道を教わり、その後は年齢に応じて他の先生方にも指導を仰ぎました。母方の親戚に書道関係者が多く、書道は身近なものだったんです。中学時代、地元の福岡教育大学に書道科があると知り、そこに進学して書道の先生になると決意しました。将来への具体的な道が見えたので、一つ目の転機と言えます。その後、実際に福岡教育大学特設書道科に進学し、高校の書道の先生になりました。
– その後どうされたのですか?
実は、高校生の頃から母が入退院を繰り返し、学生の傍ら家事や看病をしていました。その上、大学生の時には父が脳梗塞になったのです。実家は明治時代から味噌やしょうゆなどの醸造業を営んでおり、父の仕事にも関わらざるを得ませんでした。今から20年以上前のこと。当時20歳の私は、男性中心社会の中で、難しいことが多く大変でした。こうした家庭の状況から、学校勤務は1年で辞めるしかありませんでした。そして私が25歳の時、母が他界。母の死をもって、父もいずれは死ぬことが現実味を帯びて感じられるようになりました。そこで、母と父の子である私が次世代に何を遺せるだろうかと考え、会社を設立することにしたのです。
– どのような会社ですか?
文化部で書道の仕事のマネジメントを、食品部ではしょうゆなどの販売を行う会社です。家業を続けながら、書家としての活動を継続するために、二つの事業を融合させました。先代からのつながりで生産をした商品を受け継ぎ、自分で名前を付け、書でラベルを作り、パッケージ化しました。また、書家としては東京や福岡で個展を開催していきました。
– 家業や書家の活動の一方で、文字文化認定講師になった経緯は?
大学時代に文字の成り立ちや根源など学術的なことに興味を持ち、字書三部作と言われる白川静先生の著書『字統』『字訓』『字通』に陶酔しました。白川先生は古代文字から漢字の成り立ちを紐解き、東アジア文化研究に寄与した文字学者です。京都に文字文化研究所があり、母の亡くなる少し前から通い始めました。全国から書道の先生や漢字学者などが集まる研究所で、当時、26歳の最年少で、白川先生から文字文化認定講師を拝命。以来、文字の成り立ちや文字文化に関する執筆や講演も行うようになりました。
– 浴衣のデザインも手掛けたとか。
20代後半、アパレルブランドCOMME CA ISMの浴衣をデザインする機会がありました。これが思いがけず大ヒット商品に。全国の店舗で顧客と会うことで、自分の作品を他者と分かち合う体験をし、世界が広がったようでした。そして30代に入り、ロンドン芸術大学にテキスタイルを学ぶために留学へ。大学時代、もっと学びたかったのに家庭の事情で学べなかったことから、家業が落ち着いたタイミングで、自分のお金と時間を使って自分のために学ぶことにしたんです。世界各国から集まる学生と共に学び、西洋文化の入り口に立ったという意味ではこれも転機です。帰国後は東京にギャラリーを設立。CMや官公庁、マスメディアなど、書の仕事の幅を広げていきました。
– アメリカに来た経緯は?
しょうゆの販売の仕事でLAと日本を往来する生活を何年か続けた後、2014年にシアトルに拠点を移しました。翌年、長女を出産。母親になる過程で、地域の方々にお世話になる機会があり、コミュニティーに還元したい気持ちが芽生えました。そこで、ベルビュー図書館で子ども向けの「筆あそび教室」を定期的に開催するように。17年には一旦、日本に帰ったのですが、その後も毎年3カ月はシアトルに滞在する2拠点生活を送ってきました。
– シアトル滞在中はどんな活動をされてきたのですか?
日本人には漢字の指導をし、現地の小学校のアートの授業やサマーキャンプでは、墨や絵の具を使いながら漢字の成り立ちを説明して東アジアの文化や精神を教えてきました。書道は鑑賞者に作品を見ていただくものですが、私は書道の芸術性と併せて文字文化も教えます。漢字には東アジアの哲学や慣習、文化や概念が詰まっています。それを伝えることは在外子女にとってはアイデンティティーの構築に、アメリカ人には異文化や多言語を理解する入り口になります。そして言語を読み書きすることは相互理解、大きく言えば世界平和につながるのではないでしょうか。さらに、漢字の成り立ち・墨磨りメディテーションを英語で語るYouTubeチャンネルを立ち上げ、オンライン教室も開校しました。保護者相談も承っています。2025年には再度、拠点をシアトルに戻す予定です。今後も、皆さまが日本の文字文化に親しみ、心の安寧の機会を設けられるよう従事できたら幸いです。
▲カークランドの小学校でのアートの時間の様子。どんな風に漢字ができたのかを解説しながら、筆で文字を書く楽しさも伝えます。