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Super Prime Beef Inc. Livestock and Operation Manager 矢嶋 開瞳さん

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シアトルやポートランドで活躍する方々に人生の転機についてインタビュー

ポートランドから車で東に約3時間、オレゴンのレキシントンにアメリカ和牛ブランドの「和州牛」を育てる農場があります。ここで牛の管理や飼育をしている矢嶋さんに転機を伺いました。(2023年2月)

Super Prime Beef Inc.
 矢嶋 開瞳さん
矢嶋 開瞳(やじま・かいとう)

岐阜県下呂市出身。North Carolina State Universityを卒業後、大正富山医薬品株式会社(現:大正製薬株式会社)に就職。2017年、実家の矢嶋畜産に入り、飛騨牛の一貫生産に携わる。その後、North Carolina State UniversityでAnimal Scienceを学び、21年より現職。好きな食べ物は和牛料理、アメリカ牛料理。https://www.washugyu.com/

実家は飛騨牛の畜産農場です。子どもの頃から動物が好きで、獣医になりたかったのですが、受験がうまくいきませんでした。これが一つ目の転機です。生物を学びたいのに、入試のために物理の勉強をしなければならない受験制度に疑問を感じたことや、2人の兄に留学経験があったことから、私もアメリカ留学を決意。シアトルのコミュニティーカレッジを経て、ノースカロライナ州立大学に進学し、動物学を学びました。

ところが、父の具合が悪くなり、卒業後は帰国することに。ただ、父は実家を継げと言わず、そのまま仕事を続けたので、私は日本の製薬会社に入社しました。この会社は海外事業部があり、英語力も生物の知識も生かせると思ったのです。

-畜産・和牛では父にかなわないと痛感
しかし、入社から1年と少し経った後、急遽、実家の農場の従業員が辞めることになりました。日本の農場では1人当たり4、50頭の牛を育てるのが普通なのに、実家では父母とその従業員の3人で200頭飼っており、1人でも欠けると仕事が回りません。私は正式に父の下で働くことになりました。これも転機です。

実際に両親と働くと、生産・管理・経営、どれを取っても父にはかないませんでした。この道30年以上の父は、知識が豊富で技術もあり、いかに自分が畜産や和牛について無知かを思い知ったんです。もっと学ばなければ父に追いつけないと思い、実家がある程度落ち着いた2020年、再びノースカロライナ州立大学に戻り、アメリカの畜産について学びました。

– 日本の経験を生かし、アメリカ和牛を育てる
大学の卒業から大学院の入学まで半年ほどあり、インターンをすることにしました。和牛に関する仕事をしたかったのですが、アメリカでそのような仕事は少ない上、コロナ禍で求人もありません。私のメンターが「インターネットで和牛に関する会社を見つけたら、求人がなくても片っ端からレジュメを送れ」と背中を押してくれて、ネットで検索してはレジュメを送り続けました。

そんな中、返事をくれたのが、アメリカ和牛(アメリカ牛と和牛を掛け合わせた牛)ブランド「和州牛」の一貫生産を行う日系企業のSuper Prime Beef(以下SPB)です。アメリカでは、種牛専門の農場、子牛農場、牛を大きく育てる農場、卸業者、小売と細かに分業され、自分の育てた牛がどこで売られているのか分からないことがほとんどです。しかし、SPBでは、和州牛の生産を一貫して行い、さらに姉妹会社が販売をする。つまり、自分の育てた牛がどこの精肉店やレストランで出るかまで分かる、アメリカでは大変珍しい会社です。ここなら幅広い仕事ができるので、ぜひ腰を据えてやってみたいと、進学をやめて就職することにしました。

今は和州牛の管理と飼育のみならず、餌の管理や、種牛の他の農場への貸し出しと買い付けも行い、毎日が学びで面白いです。1頭の牛が出荷できるまでには長い時間がかかります。「良い仕事をした」と思えるのは20年近く先でしょうね。日本で培った和牛の血統・育成・肥育の知識を生かし、より高品質で味のあるアメリカ和牛を提供できるよう、これからも探究していくつもりです。

Super Prime Beef Inc.
 オレゴン州レキシントンの農場
▲矢嶋さんが和州牛を育てるオレゴン州レキシントンの農場。約2000頭のアメリカ和牛がいます。アメリカ和牛の飼育は、アメリカの牛と比べ、手間と時間がかかります。
 
*情報は2023年2月現在のものです

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