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【私の転機】IDOL Cider House オーナー ホステター奈央子さん

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シアトルやポートランドで活躍する方々に人生の転機についてインタビュー

オレゴン州ステイトンで夫と共にリンゴ栽培とアップルサイダー製造を行う奈央子さん。昨年、手がけたサイダーが、世界最大のサイダーコンペティションで1位を獲得しました。そんな奈央子さんにこれまでの転機を伺いました。(2024年5月)

IDOL Cider House オーナー ホステター奈央子さん
ホステター奈央子(ほすてたー・なおこ)

東京都生まれ。実家のぬいぐるみメーカーの系列会社でのデザイン職を経て、サイスカロライナに語学留学。帰国後、ぬいぐるみ雑貨ブランド「ナオズスタッフ」を立ち上げる。2013年にオレゴン州に移住。2016年よりリンゴの栽培を本格的に始める。その後、サイダー造りも始め、2023年に「GLINTCAP」で1位を獲得。好きな食べ物は刺身と寿司。
https://www.idolciderhouse.com/
https://www.instagram.com/idol_cider_house/

– オレゴンに来る前は何をされていましたか?
私の実家は東京で3代続くぬいぐるみメーカーで、美術専門学校を卒業後、家業のデザイン会社に入りました。数年働いてお金を貯めると、アメリカに語学留学へ。当時、国際ビジネスを学ぶ大学院生で日本語を専攻していた現在の夫と出会いました。帰国後はぬいぐるみ雑貨を企画・販売する会社を設立。夫が大学院を卒業後、東京で銀行に就職が決まり結婚しました。仕事は最初の商品がいきなりヒットし100万個以上売れ、経営も順調に進み、5人ほどのスタッフを雇いました。2人の息子は都内のインターナショナルスクールに進学し、子育てとの両立に奮闘。でも、息子たちは幼稚園からずっと同じ学校で、彼らの世界が狭いのでは?と徐々に感じるようになっていきました。アメリカ人でもある彼らにアメリカの暮らしも体験させたく、長男の高校入学を前にアメリカに移住を決断。オレゴンを選んだのは息子たちの学校の校長先生のすすめです。

– 会社を閉め、仕事を手放すことは惜しくなかったのですか?
業務は弟の会社に譲渡しました。20年近く新しいデザインを追い続けることに疲れ、スローダウンしたくなったんです。これは家族の転機なので、自分の仕事で邪魔をしている場合ではないし、家族で別の国に住んでみたい気持ちもありました。

– リンゴ作りを始めたきっかけは?
移住当時、夫は金融系コンサルタントでしたが「別のことをしたい」とリサーチを始めました。ある時「アメリカにはアップルサイダー専用のリンゴがない」という記事を読み「これをやる」と言い出したんです。正直、私は興味は無くむしろ反対でしたが、夫に説得され見守ることにしました。

アメリカの多くのアップルサイダーは、大量生産の売れ残りのリンゴを絞ったジュースが原料です。このジュース単体で発酵させてもおいしくないので、アメリカのアップルサイダーは、スパイスや他の果物の果汁、砂糖を混ぜたものが主流になっています。でも、ワイン専用のブドウがあるように、リンゴにもアップルサイダー専門の品種があります。これを使えばリンゴだけで味の濃いおいしいサイダーができ、ヨーロッパではこれがトラディショナルなサイダーとされています。酸味、渋み、甘み、さまざまな味の品種をブレンドして味に深みを出すのです。現在、うちではアップルサイダー用のリンゴを20種類以上栽培しています。

– 農場はどのように始めましたか?
まず、小さな農場を期間限定で借り、接ぎ木1万5000本を手作業で植えました。木がある程度育つと60エーカーのファームを購入して木を移植。東京にいた時は、爪の中に土が入るのも嫌いだった私が、ほっかむりをし、腰や手を痛めながら夫と農作業をしました。初出荷は2018年。ただ、多くのサイダリーは安いリンゴを原料にするので、私たちのサイダー専用のリンゴは売るのに苦労しました。そこへパンデミック。息子たちは学校がオンラインで部屋に閉じこもり、注文は相次いでキャンセル、ファームの維持費はかさみ、多くの心配事から精神的に参ってしまいました。そこで、気分転換も兼ねて寿司店でバイトを始めたんです。店のオーナーの勧めから教会に通うようになりました。その後、すぐに事業が好転したわけではないですが、信仰を持つことで希望が持てるようになりました。気の持ちようが変わったというか、自分ではどうしようもできない状況を前向きに捉えられるようになったのです。

– サイダーはいつから造り始めたのですか?
コロナ禍で全くリンゴが売れない時、サイダー作りの経験があるアダム君が入社し「良いリンゴがあるから、自分たちでサイダーを造ろう」と言うので挑戦することにしました。初めてで、全てが手作業。でも、味に自信があったので、とあるコンペに出すと「トラディショナル・サイダー」部門で2位になりました。これまでの苦労が実ったと、本当にうれしかったです。そして23年には私と夫好みのドライなサイダーにアダム君が少し甘みを加えたサイダー「Pomme Crush」を製造。これが、昨年、世界で最も大きいと言われるサイダーコンペのトラディショナル・サイダー部門で1位を獲得しました。。

– 今後の目標は?
今は、夫とイベントへの参加、SNSの発信、ファームの手伝いなどをしています。私たちは農業もお酒造りも未経験で、困難を乗り越えてはまた次と、長い坂を登っているような感じです。軽い気持ちで渡米しましたが、今の私はファームとサイダー、そして素晴らしい友人に恵まれ、少しずつここに根付いてきたと思います。いつか私たちのサイダーを日本で売りたいですね。トラディショナルなサイダーとは何か、うちのリンゴは他とどう違うのか、多くの人に知ってもらえれば、日本でもチャンスがあるだろうと思います。

IDOL Cider House オーナー ホステター奈央子さん
▲真ん中の紫のラベルのボトルが世界最大級のサイダーコンペティション「GLINTCAP」で1位を獲得した「Pomme Crush」。オレゴン在住者はオンラインで購入できます。
 
*情報は2024年5月現在のものです

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