シアトルやポートランドで活躍する方々に人生の転機についてインタビュー
■ オレゴンコーストのニューポートにある、小さな町の歴史博物館。そこで学芸員を務めるのが大槻さち子さんです。さらに地元のカレッジでは美術史や日本文化論の授業も担当。ここに来るまでの紆余曲折を、さち子さんに伺いました。(2024年9月)
兵庫県出身。金沢美術工芸大学大学院修了。1999年、韓国に渡り日本語教員を務める。その後、日本で学芸員として勤務し、2007年にオレゴンに移住。2011〜2016年、Lincoln County Historical Societyで学芸員。15年よりOregon Coast Community Collegeで講師を務める。2023年より再びLincoln County Historical Societyで学芸員に就任。好きな食べ物は豆腐とそば。
https://oregoncoasthistory.org/
– アメリカに来る前は何をされていましたか?
父方の親戚の家がお寺で、子どもの頃はお祭りの際などにはよく手伝いに行きました。寺内に国宝の本堂や重要文化財などがあったことから、高校生の時に学芸員になりたいと思い、大学では芸術学を専攻。ボストンでの語学留学を挟み、大学院で仏教美術を研究しました。その一方で、日本語指導の講座も受けていたんです。視覚でコミュニケーションを取る美術を学ぶうちに、言語というコミュニケーションツールに興味を持ちました。学芸員としての就職先がなかったのですが、韓国人の友人が日本語講師の仕事を紹介してくれたので、韓国で就職しました。私が大学院で研究していた仏像や仏画の中に韓国から来たものがあり、韓国の文化にも興味があったんです。
– そこからどのようにアメリカへ?
韓国の短大で日本語や日本文化を教えていた時、オレゴニアンと出会い結婚しました。その後、夫婦で日本に帰り、私は念願だった美術館の学芸員として就職。でも、夫がオレゴンに帰ることになり、私もこちらで2007年から暮らしています。2009年には双子を出産。双子の育児は自分の時間が全く持てない上、大人との会話がなくてつらかったです。
– リンカーン郡歴史協会で仕事を始めたきっかけはなんですか?
2011年、このままでは育児ノイローゼになると不安になり、外に出ようとアルバイトを探し始めました。そんな折、知人が地域の歴史協会の学芸員募集の記事を見せてくたのです。それまでの専門と分野は異なりましたが、似たような業務でしたし、コレクションの管理、リサーチなど、周りの力を借りながら取り組むことができました。さらに、新しい博物館の立ち上げやオープニングの展覧会にも関わらせてもらいました。やりがいのある仕事だったのですが、5年くらいすると心身共に燃え尽きたようになってしまって…。別のことをしたくなり、ラーメンとおにぎりのポップアップショップを始めました。
– なぜ学芸員の次がラーメンとおにぎりだったんですか?
当時、博物館の仕事と並行し、地元の短大で日本語や日本文化を教え始めていました。学期末に学生と味噌汁とおにぎりを作ると盛り上がったんです。異文化を知る方法として食が有効と気が付いたのですが、それなら短大や博物館よりファーマーズマーケットの方が多くの人を対象にできると思ったんです。ラーメンを選んだのは、私が食べたいから(笑)。でも2年ほどでやめました。たいした儲けにならなかったこともありますが、子どものスポーツの予定と合わなくなってしまったのです。私が挑戦したかったのは、白人が多数の田舎町で異文化に接する機会を提供し、人々の知的好奇心を刺激すること。その点で店は一つの転機だったと思います。異文化への先入観の壁を低くする方法として食べ物は有効と実証でき、改めて相互理解教育の重要性に気付けました。その後は短大での仕事に軸足を移し、現在も美術史(アート鑑賞、Women in Art、日本美術史)や日本文化論の授業を担当しています。
– その後また、歴史協会の学芸員に復帰されたんですね。
2022年、新たに着任した館長から声をかけていただきました。最初はボランティアとして手伝ったのですが、改めてこの仕事が楽しいと思えたので、2023年春より再び学芸員として仕事を始めました。以前と異なり、展覧会や教育普及に力が入れられるようになったんです。2024年6月まで開催した展覧会「Prosperity of the Sea:Maritime Wishes, Beliefs and Lore」では、長年温めていたアイデアを形にできました。博士課程の時から絵馬など願いの造形の調査研究をしていたこともあり、船絵馬(船の無事や大漁を祈願して奉納した絵馬)や、姉妹都市である北海道紋別市から頂いた大漁旗などを中心に、日本の海の安全と繁栄を願いを主題に構成しました。また、現在開催中の「Cycles of Nature」では、人間の自然への関わりをテーマに練っていた企画が実現しました。
– 今後、手がけてみたいことは?
「Prosperity of the Sea:Maritime Wishes, Beliefs and Lore」は、日本の海の文化を知れる展示なので、米国内の博物館などで巡回できる機会を探していますし、今後は書籍化も考えています。また、2023年から、地元図書館で参加型のアートプロジェクトも行っています。リンカーン郡はオレゴンの中でも貧しく、学生のホームレスも珍しくありません。そこで、フードパントリーの機能を持ちつつ、多様な食文化を体験できるインスタレーションを手掛けました。今も毎月100人以上がパントリーを利用しています。この町でいかに多様な視点を得てもらい、その学びをいかに発展してもらえるか。食やアートを通じ、社会貢献できる方法を模索していきたいです。
▲今年の6月までPacific Maritime Heritage Centerで行っていた展示の設営風景。アメリカではあまり紹介されたことのない大漁旗や船絵馬を通じ、日本文化を紹介しました。