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【私の転機】シアトル・シンフォニー ヴィオラトゥッティ団員 小久保さやかさん

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シアトルやポートランドで活躍する方々に人生の転機についてインタビュー

シアトル・シンフォニーで2007年よりヴィオラ・トゥッティ団員として活躍する小久保さやかさん。子どもの頃はレッスンが大嫌いだったという彼女に、これまでの転機を伺いました。(2019年12月)

シアトル・シンフォニー ヴィオラトゥッティ団員 小久保さやかさん
小久保さやか(こくぼ・さやか)

埼玉県出身。4歳でピアノ、5歳でバイオリンを始め、東京音大付属高校からヴィオラに転向。東京藝術大学卒。南カリフォルニア大学、コルバーン音学院、シラキュース大学、シンシナティ大学大学院を経て、2007年、シアトル・シンフォニーに入団。これまで、プリムローズ国際コンペティションをはじめ、数々のコンクールで入賞している。

音楽一家に生まれ、4歳でピアノ、5歳でバイオリンを始めました。練習は嫌だったけれど、厳しい父が怖く、「音楽をやらないとウチの子じゃない」とまで言われ、仕方なく練習する日々。ところが、小学2年生の時に父が転職し、私に指導する時間を割けなくなったので、練習をしなくなりました。一応、親に言われた通りレッスンに通いましたが、中学3年生までは全然練習しませんでしたね。

転機は高校受験です。父に言われて音大付属の高校をバイオリン専攻で受けることになりました。受験前に適当に練習し、バイオリンの先生から良いバイオリンを借りて実技試験に挑んだのですが「演奏前に弦を素早く合わせること」と言われていたのに、全く上手くいかなくて…。焦れば焦るほど弦が合わず、弦が狂ったまま演奏をスタートしてしまったのです。引き始めた瞬間から「ダメだ」と自分でも分かりました。あれほどショックで落ち込んだ演奏は初めてです。

でも、これは自業自得。自分を責め、やると決めたからには全力で取り組まないと、これほど後悔するものなのかと学びました。

– 悔しさをバネにビオラ奏者として飛躍
高校から「ビオラ奏者として入学を許可する」と言われて入学し、ビオラに転向。世の中にはビオラ奏者はバイオリン奏者に劣るという風潮があるため、ビオラ奏者であるという劣等感は常につきまといました。ですが、在学中、とあるビオラ奏者の音に魅了されて以来、ビオラ奏者であることに誇りを持つようになりました。

その後、高校をトップの成績で卒業し、東京藝術大学に現役で合格。大学入学後はお金を貯め、アメリカの大学院に進学しました。それから国内外のコンクールや、いくつものオーケストラのオーディションを受け、2007年、シアトル・シンフォニーのオーディションに合格。2年の試用期間を経て、終身団員になることが決まりました。

– 母として、演奏者として全力で取り組む
入団から約13年の間に結婚、出産。不規則で夜が遅い仕事は母として大変です。

ある時、育児書を読んでいると、「子どもの努力ではなく、可能性を褒めると、子どもは努力する気をなくしてしまう」とありました。これは、子どもの頃から「才能がある」とチヤホヤされ、安心して全く練習しなかった自分のことだと思いました。でも、私は15歳で失敗し、努力を続けなければならないと気付けて良かった。子どもには、努力している過程を褒めることが良いそうです。息子には本気で努力できる子になってほしいので、息子の可能性を褒めることは止めようと肝に銘じています。

今は、アメリカのトップ5と言われているオーケストラのオーディションがあると、受けています。もちろん受けるときは後悔のないよう、全身全霊で準備します。これからも演奏家として腕を磨き続けていきたいです。

シアトル・シンフォニー ヴィオラトゥッティ団員 小久保さやかさん
▲ アメリカの音楽の学位を持つ人の中でオーケストラ団員になれるのは、わずか1%の狭き門。写真・James Holt / Seattle Symphony
 
*情報は2019年12月現在のものです

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