シアトルやポートランドで活躍する方々に人生の転機についてインタビュー
■ 2023年10月、在シアトル日本国総領事に着任した伊従誠さん。これまでさまざまな分野で活躍し、「転換期にあるアメリカでの仕事が楽しみ」と朗らかに話す伊従さんに、シアトルに来るまでについてお話を伺いました。(2023年12月)
東京都出身。1990年、東京大学経済学部卒業、外務省に入省。2008年、在インドネシア日本国大使館参事官。2010年、沖縄事務所副所長。2012年、アジア大洋州局地域政策課長。2013年、内閣府国際平和協力本部事務局参事官。2015年、在フィリピン大使館経済公使などアジアや安全保障分野に長く携わる。2023年9月より現職。好きな食べ物はフルーツ。
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– まず、外務省で働きたいと思ったきっかけを教えてください
伊従誠さん(以下伊従):大学に入学した1985年、ソ連でゴルバチョフ書記長が就任し、東京でG7が開催され、アメリカの貿易赤字が膨らむ中でプラザ合意が発表されました。また、アフリカ難民救済のためにロンドンで開催された「Live Aid」の中継を深夜に自宅のテレビで見たことも思い出されます。1986年にはフィリピンでアキノ大統領が就任し、チェルノブイリで原発事故が起きました。国際秩序の変化を目の当たりにし、これから外交がより重要になると考え、外務省で働きたいと思うようになったんです。何か転機があったというより、学生時代に起きた世界の出来事が、私をこの仕事に導いたと言えます。入省前年には天安門事件が起き、ベルリンの壁が崩壊。冷戦が終わり、これから世界で仕事をするのは面白いだろうと思いました。
– その後、入省した若き伊従さんは、どのようなお仕事をされましたか?
伊従:約1年の東京勤務を経て、イギリスのケンブリッジ大学大学院で国際法を学びました。帰国後しばらく経った1997年にアジア通貨危機が発生。その直後にインドネシアの担当になりました。インドネシアに融資をしようとしたIMFとスハルト大統領との間で考えが一致せず、アメリカは「融資がなければ状況は悪化する」とモンデール元副大統領を派遣しましたが、大統領を説得できません。そこに橋本龍太郎総理大臣(当時)が出向き、旧知のスハルト大統領と通訳だけで会談をして説得。IMFと合意に至りました。こうした動きの裏で仕事をしたことで、インドネシアにおける日本の影響の大きさを実感しましたし、現地の大使館が接触していたインドネシアの有力者が、その後、国を導く立場に出世するのを見て、日本の東南アジア外交の大きさを感じました。それ以降もASEANを担当するなど、東南アジアには深く関わってきました。
– 東南アジアの仕事で印象に残っていることはありますか?
伊従:インドネシアでは地下鉄の敷設準備にも携わりました。渋滞が起きると車で1、2時間かかった区間を、今では地下鉄が15〜20分で結んでいます。渋滞の解消は、経済効果をもたらします。自分が携わることで社会を少し変えられるのは、この仕事の良さです。また、フィリピン大使館勤務時代は外国人労働者を日本に迎える枠組みを作りました。少子高齢化の進む日本で、日本人と外国人労働者がどうやって共に生きるかという課題にまだ正解はありませんが、このテーマは生涯をかけた自分のライフワークになると思っています。
– これまでアメリカと関わる仕事もあったと聞いています。
伊従:2010年には沖縄事務所で副所長として日本と米軍との調整役となりました。ここで米軍の知見を得たことは、それ以降の仕事でアジアの安全保障を考える際に大きな糧となりました。その後、2019年には欧米関係を専門とするワシントンDCにあるAtlantic Councilに出向。彼らもこれからはアジアが重要と考えており、東南アジアの安全保障や経済の研究やセミナーの企画などをしました。こうしたバックグラウンドがあり、シアトルに着任した直後にも、安全保障のイベントのパネリストとして呼んでいただきました
– シアトルの印象はいかがですか?
伊従:実は、1986年にシアトルに1週間ほど滞在したことがあるんです。ワシントン大学で知り合いの教授のお手伝いをしていた父を訪ね、父の住む大学の寮で寝泊まりしました。ハスキーズのロゴ入りTシャツをお土産に買い、日本でずっと着ていたことを覚えています。当時はBoeingの街という印象が強かったのですが、今ではAmazon、Microsoft、Starbucksなどの躍進で街の経済が様変わりしたことに驚きました。スタートアップ企業も多く、活力にあふれています。一方で、豊かな自然やタコマ富士、スペースニードルなど、変わらないものもあります。また、距離だけでなく心理的にも非常にアジアや日本に近い街ですね。日系人の長い歴史もあり、日本の食べ物や文化の浸透を実感しています。来年は州知事選、2025年には新大統領が就任し、26年は建国250周年を迎え、FIFAワールドカップも開催されます。このタイミングでここに居られることに、大変ワクワクしています。
– 最後にワシントン州の読者に向けて一言お願いします。
伊従:まずは在留邦人の方々の安全確保が第一です。サービスの提供でお気付きの点があれば、いつでもご連絡ください。そして在留企業がより活動しやすいように少しでもお手伝いできればうれしいと考えています。ワシントン州は日本国政府と、経済や貿易関係に関する協力の覚書を交わしていますが、州と国家間でこのような覚書を交わすケースは非常に珍しいです。引き続き、ワシントン州と良い関係を築き、アメリカのパートナーとして共にさまざまなことに取り組めたらと思っています。
▲2023年10月、着任からわずか1週間後のイベントでアジアの安全保障について話す伊従総領事(左から2人目)。